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18.始まったいやがらせと、双子との距離感。


 机にはトカゲの干物。鞄には牛乳ぞうきん。椅子の座面には接着剤。

 目的も理由もわからない嫌がらせを受け始めて早一週間。セシリアは妙な境地に至っていた。


(オッケー! 今日も完全に嫌われてる感じね!)


 机の上に置いてある『消えろ』と書かれた手紙を、手早く丸めてゴミ箱に捨てる。そして、椅子と机の中のチェックをして席に着いた。次にノートを開いて妙なものが挟まっていないかチェック。寮から持ってきたので当然だが、今はまだ何も挟まってはいなかった。


(前はガラスとか挟まってて、指切っちゃったからなぁ)


 ノート類は目を離すと、すぐ悪戯されてしまうので、要注意だ。なので、定期的にチェックする必要がある。

 最後に彼女は自身の周りをぐるりと見渡して、息をついた。


(よし! 今日もチェック終了!)



 要するに、セシリアは慣れたのである。

 このいじめのような悪戯をされる日常に……



 あれからセシリアは、窓が並んでいる校舎の壁際は歩かなくなったし、人通りが少ない道も避けるようになった。常に誰かと一緒にいるように心がけ、何かあってもすぐ対処できるように着替えや代替品も準備万端にしてある。

 もちろん、犯人捜しも怠っていない。

 ノートに挟まれたものは、全て証拠品として保管しているし(虫の死骸などはさすがに捨てたが……)、何が事があるたびに目撃者も探している。セシリアの事を恨んでそうな人間にも当たりをつけているし、鞄を放置してしばらく様子をうかがったこともある。

 しかし、それでもなお犯人は見つかっていなかった。目撃者でさえも、一人も見つかっていない。


(人の鞄に何かしようとしてたら、もう少し目立ってもいいはずなのになぁ……)


 毎朝そんな疑問が頭を掠めるが、それでも何も見つかってはいない。

 手がかりはゼロだ。

 ちなみに、あれからギルバートにはしこたま怒られた。以前の、史上最大の姉弟喧嘩を彷彿とさせる彼の剣幕に、セシリアは若干泣きそうになったぐらいである。



 まぁ、そんなこんなの一週間だったが、その間にいいこともあった。



「本日もよろしくお願いしますわ!」

「うん。がんばるね」

「はいはい」


 放課後。機嫌のいいリーンの声に頷いたのは、マキアス家の双子だった。

 場所は、舞台の会場であるシゴーニュ救済院前の空き地。彼女たちの後ろでは、よりよい舞台を作るため、依頼を受けた大工たちが作業に取りかかっていた。横には台本合わせをするクレイグ劇団の団員の姿もある。

 実は数日前から、リーンが企画した舞台の準備を双子が手伝ってくれていたのだ。

 話を聞けば、マキアス家は会場であるシゴーニュ救済院の出資者の一つらしく、救済院で舞台をやるとの話を聞きつけた彼らの父親が、二人に「手伝ってやりなさい」と手紙を書いたらしい。

 最初は双子も父親の手紙を無視していたらしいのだが、話を聞きつけたリーンが改めて協力を仰ぎ、二人もそれを了承したということだった。

 グレイク劇団の団員に混じりながら、セシリアはリーンの言葉を思い出す。


『どうして二人に協力を仰いだのかって? そりゃ、アンタの「双子と仲良くなりたい」って作戦に協力したいと思ったからよ!』


『もちろん、タダで使える雑用係を逃がしたくないって気持ちもあったし? 息子たちが協力しているだろう舞台なら、マキアス家当主が自らで宣伝してくれるだろうという計算も、あったといえばあったけれどね』


『それに、息子たちが協力している舞台を、生半可なものにするわけにはいかないでしょう? そう考えたら、マキアス家からの協力金も仰げるかもしれないし!』


 一石三鳥。いや、彼女にとっては一石二鳥だが。

 とにかく、どこまでも貪欲な彼女である。本当にリーンのこういうところだけは、いろんな意味で見習いたいと思ってしまう。



 台詞合わせも終わり、セシリアは未だ制作途中の舞台の側で息をついた。衣装は着ていないものの、動きながらの台詞合わせだったので、それなりに体力は消耗している。頬を流れる汗が唇の端から入り、ちょっとしょっぱかった。


(つっかれたなぁ……)


 そう息をつくと、急に目の前が陰る。顔を上げるとそこにはアインがいた。手には二つの木のカップが握られている。


「ん」

「あ、うん。ありがと」


 差し出されたカップを受け取る。どうやら彼らは今、飲み物を配っている最中らしい。手にあったもう一つのカップも、側にいた休憩中の俳優さんに渡していた。


(アイン、案外ちゃんと手伝ってくれるんだな……)


 セシリアは去って行く彼の背中を見ながら思う。てっきり嫌がると思っていたので、これは意外な発見だった。ツヴァイと比べて無愛想だが、嫌々手伝っているという風にも見えない。

 あれからアインともちゃんと仲直りをした。完全に打ち解けているという感じではないが、肩を蹴ったことはきちんと謝ってもらったし、普通の会話ぐらいなら出来るようになっている。

 これも全て、取り持ってくれたツヴァイのおかげだ。


「セシル、お疲れ様」

「あ、ツヴァイもお疲れ様!」


 話をすればなんとやら。背後から顔を覗かせるツヴァイに、セシリアはにこやかに応じた。アインとはまだまだだが、ツヴァイとはそこそこ仲良くなってきたと感じる今日この頃だ。

 ツヴァイは断ることなくセシリアの隣に座ると、可愛らしい顔をふわりと崩した。


「さっきの台詞合わせ見たよ! すごいよね。なんか本当に俳優さんって感じだった!」

「そうかな?」

「うん! 女の人の役なのに妙にハマってて、一瞬本当に女の子に見えちゃったよ!」

「あははは……」


 そりゃ、ハマるに決まっている。

 苦笑いするセシリアをどう取ったのか、ツヴァイは彼女に向かってぐっと身を乗り出した。


「本当だよ! すごく、演技派だなって思っちゃった!」

「ありがとう」

「僕もあんな感じで出来るかなぁ。本当に不安なんだけど……」

「大丈夫だよ。ツヴァイなら問題なく出来るよ」

「そうかなぁ……」


 雑用係の他に、ツヴァイにも端役が用意されていた。おそらく、見に来るだろうマキアス家当主に配慮した形なのだろう。

 とはいえ、外見がいいので舞台に出ている時間は長いし、セシリアたちほどではないが台詞もそれなりにある役だ。緊張するのも無理はない。

 ちなみにアインは「死んでもやらない」と役の話を断っていた。


「そういえば。嫌がらせの犯人、見つかった?」

「それはまだ……」


 首を振るセシリアにツヴァイはうーんと眉を寄せる。


「セシルに嫌がらせするって、結構命知らずだよね。誰なんだろ……」

「命知らずって……」

「だってほら、セシルって悪者とかドーンって倒しちゃいそうじゃない? ドーンって!」


 ツヴァイは拳を突き出して『ドーン』を表現する。それはそれで可愛いのだが、彼はセシリアをゴリラか何かと勘違いしている気がする。


「ま、どうせお前のことだから、痴情のもつれとかじゃないのか?」


 そんな声がして二人は同時に前方を見る。そこには呆れ顔で仁王立ちをするアインの姿があった。


「女のケツばっかり追ってるから、そんなことになるんだよ!」

「女のケツって……」

「本当のことだろ?」


 こっちはこっちで別の勘違いをしている気がする。


(私ってそんなに軟派な男に見えるのかな……)


 セシリアとしては『王子様』らしく振る舞っているつもりなので、それはそれで地味にショックなヤツである。

 アインはげんなりとするセシリアから視線を外し、今度はツヴァイに目を向けた。同時に足下にある箱をコツンと蹴った。


「そういえば、この箱ってどこにしまうんだ?」

「あ、それは、倉庫じゃなくてボビーさんに返すヤツだよ!」

「ボビーさんって誰だよ……」

「ほら、あの鉢巻き巻いてる……」


 ツヴァイは立ち上がり、アインの側に寄った。そして大工の集団を指さし、ボビーさんとやらを説明する。


(二人とも本当に仲いいよなぁ)


 まさにニコイチといった感じだ。性格も結構違うのに妙に息が合っていて、なにより互いをとても大事に想っている。『同じ』ではなく『互いに足りないところを補っている』感じの双子だ。


「あぁ、もうわかんねぇから『共有』してくれ」


 説明がうまくいかなかったのだろう、アインが焦れた様子でそう声を上げる。その声にツヴァイは「うん。わかった」と右手を差し出した。その手首には宝具が巻き付いている。

 アインがその右手を握ると、二人の宝具が一瞬だけ淡く輝いて、そしてすぐに収束した。

 そしてその直後、アインが妙に納得した顔つきになる。


「あぁ、あのじいさんか……」

「うん、その人。結構気難しいから気をつけてね」

「知ってるよ」


 アインは人差し指で頭を小突く。

 それは、今の瞬間に二人の認識が『共有』されたことを意味していた。

 セシリアは感心したような声を出す。


「その力って便利だよね。記憶とかも共有できるんでしょ?」

「うん。感情以外のものならなんでもね。手を繋いだ方が共有しやすいから手を繋ぐけど、別に離れてても問題ないし! こんなことも出来るんだよ?」


 そう言ってツヴァイは、得意げにセシリアの持っていたコップを手に取り、アインと手を繋いだ。

 再び輝き出す宝具。

 そして数秒も経たないうちに――


「すごい!」


 アインの手にはツヴァイが持っているものと同じコップが握られていた。コップに刻まれた木目もそのままである。

 彼はコップをその場に置きながら呆れたような声を出した。


「あんまり人に見せるなよ」

「えへへ。つい、自慢したくなっちゃって」


 照れ笑いを浮かべるツヴァイにアインは目を眇めたあと、肩を竦ませ、足下に置いてあった箱を持ち上げた。


「俺はとりあえずこれ返してくるな」

「あ、うん。いってら――……」


 しゃい。と続けるはずだった言葉は、悲鳴と何か重たい物が崩れる音にかき消された。

 三人はその音のした方向に目を向け、同時に足を踏み出した。


書籍もコミカライズもどうぞよろしくお願いします。

ポイント等も、いつもありがとうございます。

面白かったときのみでいいので、これからもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イジメのラインナップ、鞄に牛乳ぞうきんが一番嫌かも…(´;ω;`) それにしてもセシリアに嫌がらせなんて、本当に命知らずですね。 オスカーとギルにボコボコにされそう…。 舞台も着々と準備が…
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