55.ボンデージ姿を想像しました
お読み頂きましてありがとうございます。
「じゃあ『中田』さん。ご案内よろしくお願いします。」
あっという間にファッションショーの準備の時間になった。同級生の女生徒たちにもお願いしていたのだが代表して『ロリコンオヤジ』の奥様に頭を下げる。
「はい。承りました。」
非常に礼儀正しい。俺の周囲には居ないタイプだ。『ロリコンオヤジ』にはもったいなさすぎだ。
「なに?」
俺の視線に気付いていたのか。それともジッと見られていたのか。キモイな。
「可愛い奥様ですね。」
「やらないぞ。」
俺の視線から庇うように抱き寄せる。いいよな。俺と順子さんじゃあ。ああはいかない。
「ケチですね。大丈夫です。同じ学校なんですから、貴方の居ないときにチョッカイかけることにします。」
マジな顔で言うつもりがついつい笑ってしまった。『ロリコンオヤジ』はガックリと肩を落とした。
「・・・君、本当にサドだよ。」
☆
「ねえ。少しくらい視線を外そうと思おうよ。」
体育館には男女共更衣室があるので、それぞれ着替えることになった。
「いいじゃないか。男同士なんだし。それよりもそんな可愛いパンツ、何処で買ってくるんだ。」
もちろん俺は男子更衣室だ。ユウタは見てない振りをしてくれるがヒデタカはジロジロと全身を興味津々とばかりに見てくる。
パンツまで手作りを主張する優子さんをなんとか宥めて、市販の女装用パンツで我慢して貰ったのだ。どうやって採寸するつもりだったんだろう。
市販の女装用パンツは股間の盛り上がりも女性用のソレっぽく見えるように加工されたものだ。
他にも『キャラメ・ルージュ』から支給される特注品も持っているが派手過ぎるのだ。ショータイムでスカートからチラリと見える・・・いや見せるために作られている。
「ネットのショッピングサイトよ。」
誰もが使っているであろう有名なショッピングサイトの名前を告げる。
「えっ。あ・・・あんなところに、そんなものまで売っているのかよ。」
「探せばタツヤが履けるハイヒールやボンデージファッションまで売っているわよ。」
「それは・・・ちょっと見たくないかも。そうか・・・チヒロへのプレゼントはそこで買えばいいんだよな。」
いや俺も見たくないけど。現実にあるのだ。
「何か買ってくれるの?」
「もうすぐ誕生日だろ。」
「うんそうだけど、もしかして女装用品を買ってくれる気なの? 嫌よ。プレゼント渡されて着て見せてくれとかは。」
『キャラメ・ルージュ』でも時々居るのだ。そんなときは貰うだけ貰っているがエッチなのは、そのまま廃棄している。大抵はアクセサリーだから次来店してくれたときに付けて見せることはあるがヒデタカのはエッチなやつだろう。
「ダメなのか?」
「当たり前でしょ。アタシは風俗嬢じゃないの。アタシの欲しいものはSNSにリンクが付けてあるから、あの中から選んでくれると嬉しいわ。」
欲しいモノリストには女性が欲しがるようなブランドモノのバッグやアクセサリーなどが一覧にされている。間違っても女装用品は入って無い。『キャラメ・ルージュ』のキャストは客に夢を見せる必要があるのだ。
その辺りはパインママからキツく言われている。
「ち、違うよ。エッチなやつじゃない。ダイアモンドの指輪とか貰っても困るだろ。」
ヒデタカはお坊ちゃまらしく両親に聞いたそうだ。その答えが指輪だなんて何を考えているんだか。しかもダイアモンド。婚約指輪じゃあるまいし。
「あのねえ。忘れているのかもしれないけどアタシはユウタにプロデュースされたオネエなの。いつかは辞めるときがくるの。30代や40代になったアタシの女装姿が見たいの?」
スキンケアは続けていくつもりだが考えたくも無いけどハゲる可能性もあるのだ。お祖父様を見れば、十分に薄くなりそうである。
「それはそれで綺麗なひとに見えると思うがなあ。」
ダメだこりゃ。
高校を卒業したら辞めるつもりだったのだが女優デビューしたから商品として売れる間は続けざるを得なくなっている。困ったものだ。
☆
「どうして『ロリコンオヤジ』が司会者席に居るの?」
着替えが終わり、下手の舞台袖に居た優子さんのところまで来ると上手に設えた講堂の壇上に『ロリコンオヤジ』が居たのだ。
「司会役の女の子がビビってしまってトイレから出てこなくなったのよ。そうしたらMCは得意だからやってくださるそうなんです。」
やっぱり事前に言っておかなくてはいけなかったかな。『ロリコンオヤジ』を除けば、幾ら有名でも俳優なんて見分けつかないだろうと放置したのがマズかったらしい。
「それ拙いよ。順子先生をゲストとして出させて貰うだけでも申請が必要だったんでしょ。絶対、後から何処からか文句が出るよ。」
基本、文化祭は生徒だけで実施することに意味があるのだと名目上は言われている。大人、特にプロフェッショナルな人物に頼むなんて持っての外だ。
きっと奥さんに格好良いところを見せたいという動機なのだろう。めんどくさいなあ。
「10分ほど開始を遅らせてちょうだい。後はアタシがなんとかするから。」
俺は舞台裏の通路を通り、上手に行くと壇上に居た『ロリコンオヤジ』の耳を引っ張り、舞台を降りて階下の来客席に座っている奥様のところまで連れていく。
「痛い。痛いって、全く何をするんだ。あー痛かった。」
「『中田』さん、ご案内をお願いしましたよね。この糸の切れた風船をなんとかしてください。手綱を握って制御するのは貴女の義務なんです。よろしくお願いしますね。」
彼女も文化祭の趣旨は理解しているはずなのだ。止めなかった時点で同罪だ。
「は・・・はい。」
『中田』さんの奥様は恐縮して縮こまってしまった。
「彼女は何も悪くないだろ。ひとがせっかく・・・。」
「良いところを見せようと思った・・・ですか。いい加減にしてくださいっ。この場は家政科部の女性たちのためにあるんです。勝手に手伝うなんて持っての外なんです。それとも『闇営業』しなければならないほど、お金に困っているんですか?」
俺は理解していないバカに追及を続ける。
「なんだと貴様。言っていいことと悪いことがあるんだぞ。」
本気で怒ったらしく俺の胸倉を掴み上げてくる。もちろんワザと怒らしている。
「知ってますよ。社長が便宜を図り、用意した仕事をこなせば次第に仕事は増えるでしょう。バッシングが何です。その何倍もバッシングを社長が引き受けているんですよ。解ってますか?」
彼が内外からバッシングを受けていることは知っている。若い奥さんを貰ってニヤけているだけじゃないことは解っている。彼の行動が嫌な人間も確かにいたのだ。
「そ、それは・・・。」
そこからは少し口調を柔らかめにして続ける。
「解ってますよ。Motyのリーダーが大変なのは解ってます。他のメンバーは我儘だし、元リーダーの社長は無理難題を押し付けてくるし、本当は社長に下でメンバーをやりたかったんですよね。解ってますよ。でもね。もうイイ大人なんですから、子供みたいなことを言っていてはいけないんです。奥様もいらっしゃる大人なんです。大人らしく振舞いましょうよ。」
俺は志保さん側と社長側から仕入れた情報を総合的に組み合わせて結論を導き出してみせる。あながち間違ってないはずだ。
彼は掴み上げていた俺を下ろすとその場に座り込む。立っている俺が頭を撫でてあげると下を向いてしまった。
いかんいかん。女装しているオネエが言うセリフじゃなかった。『イイ大人なんだから』なんて、俺がもっとも言われたくないセリフだ。恥ずかしくなってくる。
絶対に30代になる前には女装は辞めるぞ。そう心に誓った。
「そうよっ。もっと大人だと思ったのにっ。」
駄目押しとばかりに奥様が彼を責める。だけどそれは悪手だ。
「駄目です。『中田』さん。それは貴女のセリフじゃありません。彼を甘やかしてあげるのも貴女の義務なんです。年の差なんて関係無い。どんな男でもどんな大人でもヘコむときはあるんです。そんなときは優しくしてあげてください。」
俺は彼女に席を明け渡すと、見得も外聞も無くなったのかバカな男が彼女に抱きついている。いいよなあれ。
「トモくん。随分と女性心理に詳しくなったわね。」
志保さんがニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。
「志保お姉様も甘やかすだけ甘やかして放置するのは止めてください。厳しくするところは厳しくしないと、ほらこんなに甘えん坊に育ってしまったじゃないですか。」
「それは私の役割じゃないわ。ちゃんと和重には厳しく躾てるわよ。」
そうかなあ。和重さんには厳しすぎるような気がするんだけどなあ。まあ和重さんは飄々としてるから落ち込んでいるところなんか見たことがない。志保さんの前だけで見せているのかもしれないけど。




