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4.オネエでもこんなときは役立つようです

「メイクが崩れているわ。アタシが直してあげる。そこに使っていい化粧品を置いて目を閉じていて。」


 ようやく泣き止んだので身障者用トイレの大きな鏡の前の棚を指すと素直に従ってくれた。


 女装ルームでは女子力向上を狙って他人にメイクを施したこともあるから大丈夫なはずだ。


 俺の化粧ポーチからコットンのメイク落としを出して使い、目の回りに滲んだアイラインを落としていく。お湯で落とせるタイプだったようでキレイに落とせた。更に洗面所の水で両手を冷やし、順子さんの目にあてる。少し腫れぼったさが引くといいんだけど。


「う・・ん・。気持ちいい。」


 若干隈も出来ているのでファンデーションを少し厚めに塗り重ねていく。後はアイラインを引き直して終わりだ。全体で5分も掛かってない。我ながら凄い早業だ。


「どうかな? マスカラは使わないんだよね。」


 元から睫毛が長くて十分綺麗な所為なのか。棚の上にはマスカラが無かったのだ。


「うん。いい感じよ。流石プロね。」


 しばらく鏡を覗き込むようにしていたと思ったら、鏡の中の俺に視線をくれ合格点を出す。


 何か勘違いしているらしい。メイクアップアーティストでもニューハーフでも無い。只の偽オネエなんだけどな。


「順子先生。行けるかな? そろそろアタシ行かないとユウタたちが待っている時間なのよ。」


 駅の改札口で待ち合わせて彼らが立っていると自然に集団が形成されていくので俺自身は比較的目立たないで校内に入れるという寸法だったのだ。


「そうだったわね。早く行きましょう。」


 順子さんはあからさまに無理をしている様子だったが有無を言わさずトイレから連れ出された。


     ☆


「華麗なるオネエデビューだったな。」


 予定よりも少しだけ遅く待ち合わせ場所に到着した。ユウタもタツヤもヒデタカも待っていてくれた。


「何のことよ?」


「痴漢を捕まえたんだってな。SNSで拡散されているよ。」


 ユウタのスマートフォンを見せて貰うと高校名のタグが入った痴漢の男と俺のツーショットの写真がアップされていた。制服からバレたらしい。まあ名前まで特定されているわけでは無いから、そこまでじゃないと思いたい。


 自分のスマートフォンを操作すると高校名のタグだけでどんどんと数字が増えていく。凄い勢いで拡散されていっているようだ。


「じゃあ予定通り皆で行きましょう。」


 そう言って3人に取り囲んで貰う。


「大元の投稿にチヒロの名前を返信(チク)っておいたから高校中のヤツらは皆知っていると思うぞ。アレだけ派手のデビューしたんだから堂々と行こうぜ。」


 本当だ。2つ3つSNSの文章を読んでみると俺だという憶測が飛び交っている。


 道理でユウタたちの回りにはいつものように取り巻きが居ないわけだ。恐る恐る周囲を見回すと好奇の視線が全て俺に向っていた。なんてことだ。


 ゆっくりと深呼吸をする。


 腹を括るしかないらしい。


「ぐぇっ。何をするんだ順子姉。」


 ユウタの腹に順子さんの正拳が突き刺さる。怖ええ。


「チーちゃんは私を助けてくれたのになんてことをするのよ!」


「・・マジ?」


 視線がこちらを向いたのでユウタの腕を自分の腕に絡め取った。周囲の学生たちがどよめく。これで好奇の視線の半分はユウタに向ったと思う。


「そうよ。アタシをこんなに(有名に)した責任を取って貰うわよ。」


 ここまでくればヤケだ。偽オネエっても誰も知らないんだから、ユウタなんか誤解されればいいんだ合気道の小手返しの要領で相手の側面から手首を決めてしまえば逃げられまい。


 ユウタは顔を引き攣らせながらも諦めたのか腕の力を抜く。そのほうが痛くないことを知っているらしい。本当に何でも知っているよな。


「ねえ。お礼がしたいんだけど。何がいいかな。」


 順子さんも心が落ち着いたのか笑顔をのぞかせた。


「そんなのいいわよ。こうやって、集団の1人として周りに居てくれるだけでも心強いもの。」


「そういうわけにはいかないの! 食事がいいかな。それとも映画でも観に行こうか。」


 やはり男と思われていないようだ。女教師が特定の男子学生とそういった付き合いをするのはご法度のはずである。


「じゃあね。しばらくでいいから電車通学に付き合ってくれないかな。折角、同じ路線を使っているんだから1人で居るよりも2人のほうが心強いもの。」


「そんなことでいいの? じゃあ今度は私が守ったげる。」


 まあ同じ痴漢が乗り合わせてくるとは思わないが、この大きな胸目当ての他の痴漢が居るとも限らないのだ。それとなくガードしたほうがいいよな。


 それに短時間とはいえ、こんな美人と2人っきりの時間を過ごせるんだ。役得だ。オネエのままというのは問題だが気にするまい。


 昇降口で順子さんと分れると教室に向う。


「あー痛かった。可愛いわりに何気に強いよなチヒロって。ガードを引き受けてくれたようでありがとう。順子姉は頻繁に痴漢に遭遇するみたいなんだ。」


 上履きに履き替えたときにユウタに逃げられた。


 流石に学年で1番モテると言われているユウタだ。俺の意図などお見通しだったようだ。ユウタと順子さんは同じ路線でも方向が真逆でどうすることも出来なかったらしい。


「それは大変ね。アタシが近く居れば絶対に痴漢が寄ってこないから大丈夫よ。」


 痴漢どころか人が近寄ってこないかもしれないけどな。

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