36.オネエは諦めたようです
「何故。トモトモが・・・。」
上条さんが女優?
学年一の美少女なんだからスカウトされたとしてもおかしくはない。
おかしくは無いが銀座のホステス役。いくらなんでもイメージが違いすぎる。
「ヒデタカ君の知り合いと聞いておったがチヒロくんとも知り合いかね。」
「はい。同級生です。ね。」
驚いていないところをみると随分前から控えていたらしい。初めからヒロインとして紹介するつもりだったのだろう。
手を差し出すとおずおずと繋いでくる。
「この擦れて無いイメージが今回の役柄にピッタリなんだ。ヒロインは田舎から出てきたばかりで、ヒデタカ君演じるボーイがスカウトした人材という設定なんだよ。」
俺も『西九条れいな』のイメージに捕らわれていたらしい。てっきり普通のイロっぽいホステスをイメージしていた。志保さんは役に入ってしまえば清楚な女性にもなれるのだ。今の俺とは正反対だ。
しかも、あの上条さんだ。この場で俺が男だとバラして恥辱まみれになったとしても、翌日にはケロッとした顔で現れるに違いない。
こんなケースは考えてなかった。全くの想定外だ。
ヒデタカの言う『勝手に勘違い』がここまで広がった後にバラされたらと思うと身の縮む思いだ。まあオネエなんだから笑われてナンボだ。なるようになるだろう。
「だがチヒロくんの天真爛漫さを上手く映画に引き出せれば、これまた良い映画になるだろう。実は迷っておったんだよ。今日チヒロくんを目にして、純朴とは何なのだろうと。」
監督さんが解らないんじゃどうしようも無い。素の俺でいくしかない。まあ最後にバラされてエンドマークだろうが話題になればヒデタカのためになるに違いない。そう思うことにした。
「トモトモ。頑張ろうね!」
「うん。」
上条さんの表情が良く解らない。元々、良く解らない女性だが今日はさらに良く解らない。
バラすならバラせばとイヤミを言おうにも全然優越感が感じられないのだ。どちらかと言えば無表情に近い。逆に怯えているようにも見える。
俺が上条さんの性格を読み違えているのだろうか。アキエちゃんの言う俺を一途に思ってくれている上条さんが本当で思い違いなのだろうか。やっぱり良く解らない。
☆
まずは水着審査だ。
水着はパッドが無いタイプでニップレスだけが用意されていた。
悲しいほど似合わない。当たり前だがペタンコだ。少しだけお腹に力を入れて胸を張る。
よし。無いは無いなりに格好はついた。化粧も同じでいく。水着に合わせて修正するだけに留めた。
「トモトモ。どうしたの?」
とっくの昔に舞台に上がっているはずの上条さんが舞台袖に居た。
「こんなの恥ずかしい。」
いやいやそれを言ったら女装水着姿の俺はどうなるんだ。
「じゃあ、手を繋いで行こ!」
一瞬、この場に置いていくことも考えた。でもバラしてもバラさなくても上条さん相手に勝てるはずも無い。上条さんは出られなかったのに俺が負けましたは格好悪すぎる。
「どうするの?」
「ダンスで隣と合わせるように少し遅れても構わないから、左右対称になるように動きを合せて付いてきて。」
後は音楽に合せて『キャラメ・ルージュ』の1つ前のショータイムの振り付けで歩いていく。大抵は8拍子だから、頭の中でリズムに乗れさえすればいいのだ。
舞台袖に居たスタッフに音楽を鳴らして貰うようにお願いするとしばらくしてリズムが掴み易い音楽が流れだした。
「笑顔でね。いくよ。ファイ・シックス・セブン・エイト。」
上条さんはダンス部で一生懸命に練習しているのが良く解るくらい。良くついてきてくれた。会場のお客様も手拍子で応えてくれる。なんとか形になったようで良かった。
「今の振り付けはチヒロくんが即席で作ったのかね?」
「いえ別の曲の振り付けを強制的に充てただけですね。トモトモは知らない振り付けなのに良く付いてきてくれたわ。凄いねダンス頑張ってるんだね。」
俺が笑いかけるとようやく笑みが零れた。相変わらず笑うと可愛いな。
「2人とも凄い。銀座のバーなのにショータイムを入れたくなってきたよ。」
監督さんが冗談を言う。銀座のホステスのイメージじゃないよな。
でも銀座と言ってもイロイロある。ショーパブもあればガールズバーもあるし、昔の文豪が通ったというホステスの居ない老舗のカウンターバーも残っているらしい。
「いいんじゃないですか。お客様と一緒に踊ったりできるスペースもありそうですし。」
陽子さんのお店も通路はゆったりと取ってあった。昔はカラオケ用の舞台もあったというが今は無いということだった。
「そうだな。昔の銀座のバーには社交ダンスを踊るスペースがあったというからよいかもしれんな。」
本気にしているよ。監督さん。




