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2.オネエですが非モテに変わりはないようです

「優子さん。衣装を貸してくれてありがとう。助かったわ。」


 お披露目が滞りなく終わり。帰ろうとする優子さんを呼び止める。


 実は背格好が似ている優子さんに女装ルームで使う衣装を貸して貰ったのだ。女装ルームでロッカーを借りて放り込んであったものをクリーニングに出して持ち帰ってきている。


「クリーニングなんていいのに。でも、そうね。ヒデタカさんのところへは置いておけないものね。引き取るわ。お礼は前にも言ったけど、私の部屋で着せ替え人形をすることよ。」


 軽薄なイケメンの印象のヒデタカは実はかなり真面目でこの部屋に女を連れ込んで来たことが無い。親に見られたく無いという理由でメイク道具も置かせて貰えないのだ。だから使わないメイク道具は極力処分して残ったものは自分の部屋のタンスの奥に締まってあるのだ。


「前にも言ったけど、アタシは女の子が好きなのよ。それはヤバイわよ。」


 2人っきりの部屋で大人っぽい優子さんの手が着替えの時に身体に触れた状況を想像する。


「何処がヤバイのよ。お兄ちゃんに比べれば男臭くないし、力も弱そうなのに。」


 オネエ姿が強烈な印象を与えてしまったのか。それとも背が低く男らしさの欠片も無い俺の身体を見て油断しているのか。男として見られて居ないらしい。


 ため息をつく。


 クラスでオネエデビューを果たして上手くいったとしても女性にモテる可能性は皆無だ。そこまで求めるのは贅沢というものか。仕方がないよな。


「当日はどんな姿をしていけばいいの? まさか女装してこいとは言わないよね。」


 気を取り直して詳細を詰める。伺う日は2学期が始まったあと。俺がオネエデビューを果たしたあとの次の休みの日が良いそうだ。


 基本的に高校の制服を着たオネエの設定だ。メイクの練習をする女装ルームで不審に思われない程度に女装の練習も積んできたが、これ以上女性用下着を着けたいとは思わないので釘を刺す。


「ダメなの? じゃあそうね。普通にお兄ちゃんの友だちとして来れば。鍵も掛けられるし部屋は中で繋がっているから、知られずに移動することもできるわ。」


 鍵まで掛けて完全な密室の中で2人っきりになるつもりらしい。本気で男として見られて居ないぞ。これはもうへこむしかない。


     ☆


「おかえりなさい。その頭・・・高校デビューなの? 素敵ね。」


 リビングルームで産まれたばかりの妹を抱いている母親が目を丸くする。帰り道に美容室に寄り、髪を茶色に染めてきたのだ。


 何を言われるかと身構えていたのだが、返ってきたのは肯定の言葉だった。今どき髪を染めたくらいで煩く言わないか。


「ありがとう。似合うかな。お祖父さんにも高校生活を楽しめと言われたから染めてみたんだけど、派手すぎるかな。」


 再婚した相手の家の当主である祖父にお会いしたときにそう言われたのである。小学生のときに父親が亡くなり妹たちの世話と奨学金のための勉強で自分の時間が持てなかったことを調べてあったらしい。そのときに頂いた小遣いがオネエになるための軍資金になっている。


「そんなこと無いわよ。普通すぎるくらいかもよ。今どきの子はもっと派手だわ・・・新人看護師でも平気で茶色に染めてくるのよ。」


 俺も見たことがあるが、まるでアダルトビデオのナースのように真茶色に髪を染め上げ、好意的に考えれば汗を掻いても大丈夫にだろうがシッカリメイクをして、黒い下着の線が透けて見える女性看護師が実在するのである。入院患者が勘違いしないのだろうか。


「オバサンみたいなことを言わない言わない。旦那さんに飽きられるよ。嫌だからね。今の生活を手放すのは。」


 父親といえば海外出張中だ。1年の半分以上を海外で過ごすらしい。現地妻とか居てもおかしくないよな。大丈夫なのだろうか。

















 それは母親が結婚する前に新しく父親となる相手の実家に訪ねたときのことだった。


 中学生になったばかりの妹に小学生の妹の世話を任せて、高校生になったばかりで真新しい制服に身を包んだ俺と滅多に見られない着物姿の母親が「加納」と表札が出ている立派な門の前に到着する。


「凄いお屋敷だね。」


 新しい父親がお金持ちということは知っていたが、ここまでとは思わなかったのだ。右を見ても左を見ても隣の家の塀は遥か遠くに霞んで見える。東京にまだこんな屋敷があるんだ。


「・・・こんなの・・・帰りたい。」


 まるで小さな子供のようにボソボソと言っている。母親もここまで大きいとは思ってなかったようだ。


「いいよ母さん帰っても。呼ばれたのは俺だけなんだろ。」


 こんな母親の姿を見られただけでも収穫があったというものだ。俺だって怖い。怖いけど別に怪物が住んでいるわけじゃないのだ。それに新しい父親も中で待っているはずだ。


「・・・そんなわけには。」


 1人で帰るのも心細いのか俺の制服を掴んで離さない。


「解ったよ。そんなに心細ければ手を繋いであげる。」


 俺は震える母親の手を取り、インターフォンのボタンを押した。


 お手伝いさんらしき女性の声が聞こえ、俺が名前を名乗ると大げさな音で門が開いていく。


 車が2台は通れそうな門をくぐると右手に沢山の車が並んだ駐車場があり左手の奥に邸宅の扉が見える。


「ねえ。やっぱり止めようよ。」


 俺が手を引っ張っても微動だにしない。体重は俺とどっこいどっこいだから踏ん張られると動かないのだ。


「母さん。別に怪獣が出てくるわけじゃないんだから、何を言われても心の耳を塞いでいればいいじゃないか。」


 俺も奨学金を貰い生活苦だったので心無い言葉を浴びたことは1度や2度じゃない。心の耳を塞ぐこともできるようになっている。相手も解ってないことが多いのだ。無理に聞いてやる必要はない。


 扉の中に入るとお手伝いさんが案内してくれる。お手伝いさんの話だと中には誰も居ないらしい。新しい父親の姉と母親は揃って演劇鑑賞に出掛けているそうだ。


 連れ子にまで挨拶する義理は無いということだろう。馬鹿にしていると思わないでも無かったが、胸を撫で下ろす母親の姿を見たら何も言えなくなった。


 一際、大きな部屋に入ると新しい父親が待っていた。母親は俺の手を振り払うと駆け寄っていく。酷いと思ったけど愛し合っているところを見せつけられたようで恥ずかしくなってしまった。


「じゃあ行ってくる。」


「何も聞かなくて良いのか?」


 そのまま母親を置いて出て行こうとした俺を新しい父親が止める。


「カノングループの会長で俺のお祖父さんだよね。それで十分だよ。孫娘には甘いんだっけ。」


 男孫と女孫では扱いが違うだろう。それに義理の孫なのだ。会ってコミュニケーションを取ろうとしてくれるだけでも随分マシな人間なはずだ。


 まあ何か言われたら、心に蓋をしてしまえばいいのだ。それよりも新しい父親の主観が入ってしまうのが一番嫌だ。それでなくとも厳しい人だと何度も聞かされている。


 そんなの会ってみなければ解らない。出来れば白紙の状態で会いたかった。このお屋敷だけでも威圧感が凄いのだ。下手なことを聞かされるよりは何も聞かないのが一番良い。


「良く知ってるな。」


「まあね。」


 アレっ。何処で聞いたんだっけ。


     ☆


「この通帳は?」


 和室には着物を着た祖父が座椅子に座って待っていた。机の反対側の座布団に座り、挨拶をすると着物の懐から俺の前に通帳と印鑑が出て来た。名義は俺の名前になっていた。


「なんだと思うかね。」


 質問を質問で返すのは失礼だと思わないのだろうか。仕方が無い。何かを試されているのだ。


「そうですね。・・・カノングループに関わるなという意味でしょうか。」


 いきなり連れ子の俺に金を与えるなんて、それくらいしか考えようがない。新しい父親の籍に入れば法律上相続権が発生するから、グループの経営に口を出されるのは困るということだろう。


「素晴らしい大正解だ。このお金は高校生活を楽しむために使うといい。正解したご褒美に今度はもっと良いものを用意しておこう。」


 なんだろう。この禅問答にまだ続きがあるのだろうか。何か嫌な予感がした。


 結局その予感はどんピシャリと当り、俺がオネエデビューする要因のひとつになったのだ。


 通帳と印鑑を取り上げてジャケットの胸ポケットに仕舞った。


「中身を見なくても構わないのか?」


「そこまで失礼な人間では無いつもりです。相応しい金額が入っているものと思っています。」


 カノングループの総資産も知らなければ、祖父の資産額も知らないのだ。材料が無さ過ぎて何も判断できない。それに金額を見たリアクションで軽蔑されるのもゴメンだ。


「ほう。珍しい人間だな。」


「褒め言葉と受け取っておきます。」


 この辺りはバイト先の社長が教えてくれたことである。社長が褒められたんだと思っておく。


 スマートなやり方だと思い、真似をさせて貰ったのだ。

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