1.出来上がったキャラを披露しました
夏休みの終わりにユウタがプロデュースして俺が磨き上げたオネエキャラを友人たちにお披露目することになった。
場所は1人暮らしをしているヒデタカの家だ。金持ちだけあってファミリー向けの分譲マンションの一部の壁をとっぱらい、キッチンと繋がった大きなリビングに大きなテーブルが置いてあった。
「アタシのコンセプトは『少女漫画にしか居ないオネエキャラ』なのよ。」
ネット検索でオネエを調べてみると、俺が認識していたテレビで見るオネエと全く違う情報が出て来た。女装をしないゲイで女言葉を使うオッサンのことを指すらしい。
それが本当のことでもクラスでウケないオネエをやっても仕方がない。そう言ってもテレビに映っている洗練されたオネエはどう考えても直ぐに真似できるものでは無い。
「トモヒロ君が少女漫画を読むの?」
上条友香が顔を近づけてくる。うわぁ。長い睫毛に小さなサクランボのような唇だ。さらさらストレートの髪の毛は背中までありシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
俺と同じ持ち上がり組で中学時代は学年一の美少女と噂され、断った告白数が3桁に上ると言われているのは伊達じゃないよな。
「トモトモは読んだこと無いと思うけど『オネエちゃんといっしょ』って漫画を参考にしたのよ。」
彼女が俺らのグループに居るのは3人のうち誰かの本命だと思われていることで告白されることが少なくなっているかららしい。モテるのも大変だ。
「何で決め付けるのよ。アレでしょ料理部のオネエがダンス部のボーイッシュな女の子に恋する話。」
意外にも読んでいるらしい。少女漫画なんて、と鼻で笑われるかと思ったんだがな。逆に俺はネット検索に出て来たので参考資料として漫画喫茶で読んでみたクチだ。
「そうそう。女の子として育てられ、こんなふうに女子力の高いオネエだけど恋する相手は女の子なのよ。」
俺は持ってきた重箱をテーブルに並べる。料理は自宅で作ってきた。ついでに母親の手料理に飽きた妹たちの分まで作らされたけど。どうも母親よりも上手らしい。
飾り付けは妹たちの弁当に作ってあげていたものと殆ど同じだ。母親は看護師をしていて夜勤もしていたため起きる時間もバラバラだったので俺が保育園の妹や小学生の妹の給食の無い日のお弁当を担当していたのだ。
特に俺と3歳違いの妹は保育園の妹と同じ飾りだと幼稚過ぎると嫌がるため、可愛い系の飾り付けができるようになった。その経験が生かされている。
「可愛いっ! 本当にチーちゃんって器用よね。私こんなの作りたいんだけど作れない。」
この中で一番年上の女性が黄色い声をあげて重箱を覗き込む。
その豊かな胸が弾み、チラリと覗く胸元に思わず目が行ってしまう。ダメだろ。今の俺はオネエなんだから男視線を向けてはダメだ。
「僕は冷凍惣菜をお弁当に詰めている順子姉にはハードルが高すぎだと思いますけど。」
噂など当てにならないもので時々顔を出すこの女教師はユウタの従姉らしい。従姉弟同士は結婚できるからかジャレ合っている姿を良く目にする。学校側が何も言わないと思ったら、そんな裏があったんだ。
「煩いわねユウタ。バラさないでよ。作ろうと思えば作れるわよ。お弁当くらい。でも夜中まで家で採点なんかした日なんて朝起きるだけでも大変なんだから。」
聞いたことはあるが教師は裁量労働制で仕事を家にまで持ち帰るらしい。
「見た目だけじゃねえよな。味も保証できる。チヒロの作った玉子焼きは絶品だもんな。チヒロが女だったら嫁に欲しいと思うもん。」
「ウレシイっ! 今日も沢山作ったから残ったら冷蔵庫に入れて行くから、後で食べてね。」
ヒデタカは俺の料理が気に入ったらしく、お昼の時間になると食堂に連れ込み、お弁当のおかずを奪っていくのだ。代わりに食堂のおかずを押し付けられるので多目に作っていくようになった。
「うわ。その格好キモっ。」
俺もそう思う。オネエの様式美らしく握った両手を口元に持っていき。少しだけ内股にするのだ。俺もキモイと思うからあまりクネクネした動作は取らない。せいぜいこのくらいが限界だ。
「タツヤ! それは禁句だ。」
ユウタがタツヤの言動を止める。
「アタシは別にイイわよ。それくらいなら。酷いことを言われたら『アタシのこと気になるのね。』とかオカマ的仕返しを考えてあるわ。ツッコミ役も必要でしょ。それにヤンキー担当のタツヤが静観しているほうがオカシイと思うわよ。」
アタシに抱きつかれて赤くなっているタツヤが可愛い。拙い拙い思考がオネエになっているわ。気をつけないと。あくまで俺は偽物だ。本物のオネエになるつもりは無い。
「チー君。一応聞くけど、それで化粧しているのよね?」
綺麗なお姉さん風の女の子が俺に近付いてきてジッと見つめてくる。赤くなっていないだろうか。
「うわっ! キンモー。」
俺を振り払って逃げ出したタツヤが遠慮無く突っ込んでくる。タツヤ自身笑顔だ。あまり悪意が感じられないから全然平気だが凶悪な悪意で言ってこられた場合に上手くスルーできるだろうか。
「お兄ちゃんは黙っていて。ねえどうなの?」
この娘はタツヤの妹の山品優子さんだ。中3なのに綺麗に化粧をしていて大人の雰囲気を醸し出している。山品家の家系がそうなのかやや釣りあがった目元がキツイ印象を与えている。
「アタシのは優子さんのようなバッチリメイクじゃないけど。駅のトイレで薄化粧を施してきたわ。唇のは色付きリップよ。」
練習の一環として、実際に自宅から学校がある駅の間にある乗り換え駅の男子トイレでメイクしてきたのだ。朝は時間が無いから結構メイクも必死だ。
家族に知られるわけにはいかないから、メイクの練習場所はこのヒデタカのマンションを軸にメイクを教えてくれる女装ルームに通った。
女装のコミュニティーに入ることは物凄く躊躇したが男同士でイチャつく場所が無いところを必死に探し出したのだ。
途中、肌荒れをおこして1週間全く練習ができない期間があったが女装ルームのママさんの指導の元なんとかバッチリメイクから超薄化粧までマスターした。
女装ルームのコミュニティスペースでのナンパにも笑顔で対応できるくらいになった。女装の仕方も一通り教えて貰ったけど、学校は制服なので活躍の場は無いのだ。
「凄い完璧ね。」
「やるときは徹底的にやって楽しむ。これがアタシのモットーなのよ。」
今までは『この瞬間が大事』が俺のモットーだった。
中学時代に妹たちの世話に掛かりっきりになっていたときに各種委員会活動の手伝いで培ったことだ。特に中3の文化祭の実行委員の手伝いは楽しかったな。
これからは徹底的に楽しめるのだ。だからオネエも楽しんでしまえるのかもしれない。
「私が教える必要はなさそう。薄化粧は苦手なの。逆に教えて欲しいくらいだわ。」
優子さんが悔しそうな顔をする。この場で優子さんに悪い点を指摘して貰い、後々直していくつもりだったのだが必要ないらしい。
「ううん。出来れば教えて、これは夏場向けに絞ったメイクよ。冬場向けはこれからなの。それにシチュエーションに沿ったバリエーションも欲しいところよ。」
女装ルームは夏休み限定で入会した。2学期に入れば碌に遊びに行く暇も無くなってしまう。
動画サイトにはメイクの動画もあるが、最近の動画は見せ場を重点に作成されており、役立つ動画を探すだけで一苦労だ。できれば本物の女の子に教えて貰いたい。
それくらいの役得があっても構わないだろう。