1 山
コンピュータが人間より高価になった。
だから装甲猟兵のほとんどが人間というのも、当然の帰結だったのだろう。
-§-
暗褐色の岩山を駆ける。
中型肉食恐竜のデイノニクスを思わせる陸戦兵器――猟機。その狭い視界に、蹴り上げられた砂利が散る。
隊伍の一機が石に足を取られて急な斜面を滑落した。崖まで落ちて転落していく。誰も振り返らないし足も止めない。ブレーキに手をかけることさえしなかった。
窮屈なコックピットに背中を丸めて詰め込まれ、機体の姿勢に神経を尖らせる。
カタログ上は姿勢安定システムも操縦補助システムもあるらしいが、俺たちの駆る猟機にはどちらもついていなかった。自分の感覚で制御しなきゃならない。間抜けの末路はご覧の有様だ。
「落伍者に構うな! 我々の目的は破壊工作にある。敵は時間だけだ!」
隊長機に通信機越しに怒鳴られる。
誰よりも滑らかに、まるで車輪で走っているかのような安定性を見せる猟機。あれがAIの為せる業だ。隊長は人間ではない。
俺たちはAIに命令されて、AIの手足として引き金を引く。
「敵が時間だけなわけねーだろ」
隊員がぼやく。この声は確か、面白黒人だったかな。名前なんて覚えていない。
敵は時間だけじゃない。
俺たちをけしかけるAIもそうだし、無能な銃後の連中もそうだ。
そして、稜線のうえで砲列を組んでいるあいつらも。
「乱数機動!」
隊長が機敏に指示を下す。同時に、ぱっぱぱぱ、と稜線で光点が横に広がっていった。
周辺が爆発して土と砂利が飛び上がる。死に物狂いで散りながら、走るペースは緩めない。
俺の前を走っている隊長機は最高速度を保ったまま、ぬるりと顎を開けて舌を伸ばした。舌ではなく機関銃だ。銃架を展開した。
「応射!」
慌てて俺も右手で機関銃のハンドルを握って押し込む。ハッチが開いて、機関銃を吊り下げるアームが伸びた。銃架が展開される。ごうごう流れる地面が見えた。
ぴょんと水平に跳びながら機関銃を砲撃部隊めがけてぶっ放す。山に当たって土煙が上がった。
隊長機の火線のさきでは誘爆が起こる。さすが高価なAI、ものが違う。
「乱数機動だ、伍長!」
怒鳴られた。
応射するために水平維持をしたのがお気に召さないらしい。まあ、そうだろう。実際、俺の周囲に砲弾がすげぇ集中してきた。くそったれだ。
敵もAIを揃えているから、迂闊な動きをすれば瞬く間に捕捉される。あんなふうにな。集中砲火を食らった別の仲間が爆発した。
当然、乗っている人間は死ぬ。
俺も死ぬんだろうな。
走る。曲がる。跳ぶ。
隊長は鮮やかに撃ち返し、俺たちは少しずつ死んでいく。
今日も俺の番は来なかった。
猟兵隊は敵性砲撃部隊に肉薄する。
時代錯誤な高射榴弾砲の隣に立っているのは、装甲に貼られたステッカーが違うだけの、同じ猟機。
猟機の銃眼から怯えた人間の目が見えた。汗と垢にまみれて目やにのひどい、薄汚い顔だった。
「ブースト展開!」
隊長機は砲撃部隊に切り込んで、ただ通り過ぎていく。
「高速離脱! 滑空体勢を取れ!」
俺もブーストを展開し、
「死ね、AIの狗め」
足のブレードを伸ばして、蹴り込むように銃眼を刺し貫いた。ぴくぴく震えて血を吹く猟機を踏み台に、隊長の長距離ジャンプに合流する。
空中で、生き延びた仲間に次々と追い抜かれる。
余計な動作を入れて減速したせいで遅れが出た。
小さなウィングで揚力を調整しながら谷を越える。十数分の小休止だ。
「あー。クソがしてぇな」
「おい、やめろよお前」
面白黒人に釘を刺された。




