07 落ちた勇者と王国の将軍
王都出発まであと3日となった。
アリサには昨日から水系魔法の基礎を仕込んでいる。
俺が留守の間は、あのバカ犬クーフーリンが特訓をつけているようだ。
「わいは魔狼の子孫やで。魔法の一つや二つ教えられるわ」
と自信満々にのたまっていた。
今日も朝からアリサは、我が家を訪れている。
「それじゃ、行ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
こういうのも悪くはない(俺はロリコンじゃない)と思いつつ、バラック小屋を出た。
バラックの中から自称魔狼の末裔のダックスフンドの声がする。
「ほな、アリサ。今日も特訓やで」
「はい、クーちゃん。今日も頑張りますよー」
「その意気やで。そしたらまずは、このコップに水を溜めてみるんや。慎重にやで」
俺も出発に向けて色々準備しなければならないことがあったので、正直、助かっている。あの犬が初めて役に立ったかもしれない。
今日は、ギルドで受注するクエストを決めている。
『ゴブリン小隊の襲撃』だ。
数日前からパーティメンバーを募集していたが、今日が決行日だったはずだ。
誰かと組むのは気乗りしなかったのだが、致し方ない。
装備も『木のこん棒』だけだったし、迷惑をかけるかもしれないとも思ったが、アリサが父親とはぐれたのは、ゴブリンに襲われた時だ。
なにか、アリサの父親につながる手掛かりが見つかるかもしれない。彼女は早く元の世界に返してやらねばならない。
このクエストは、いわゆる国営だ。つまり王国が抱える各地の諸問題の対処に、冒険者を使いたい時に依頼されるもので、報酬も期待できる。
俺はクエスト受注のため、いつものナイスバディの受付嬢を呼んだ。
「ゴブリン小隊襲撃に参加したい」
「え!?ダリルさん!ここ最近、なんか変ですよ?」
「やむにやまれぬ事情があってね」
「そうなんですね。頑張ってください」
もう少し、俺の話を聞いてくれ。
ギルド前の集合場所に行ったところ、すでに数人が集まっていた。
ゴブリン小隊襲撃に参加する冒険者は、だいたいが初級から中級に上がるくらいの者が多い。
鎖帷子を身に着けた戦士や革の胸当てを付けた弓使いなど、そこそこの装備をした者も多い。俺はこん棒一本だが。
このクエストには、冒険者だけではなく、王国の軍人も少数が参加するとのことだった。
集合場所に近づいてくる王国軍人の一隊が見えてきた。将校が一人、馬に跨っている。
「よう、ダリル。久しぶりだな」
俺に声を掛けた人物を見て、驚愕した。赤い髪を逆立て、銀色に輝く鎧を身に着け、馬に跨る人物を。
「オルフ⋯⋯将軍」
「つれねーな。昔みたいにオルフって呼べよ」
13年前に共に魔王を討伐したパーティの一人。パーティのタンク役を務めた戦士のオルフだった。
彼は魔王討伐からの凱旋後、もともといた王国近衛兵団に復帰した。そして、その功績を活かして、現在は近衛兵団団長、王国の将軍の一人となっていた。
オルフが馬から降りて近づいてくる。
「今回のゴブリン襲撃に、近衛兵団から一個分隊を参加させる。それで作戦の説明に来たって訳だ。まさかダリルが参加するとは思わなかったが」
「ああ。俺も今朝まで参加を悩んでた」
「お前、最近おかしな動きしてるらしいな。急にクエスト受けだして。こっちまで報告が来てるぞ」
「しがない冒険者一人の動きが報告されるのか」
「しがないってもお前、もとは勇者だろ。目立つんだから気を付けたほうがいいぞ。最近、王都では派閥争いが激化している。その上、王政自体に反対している反乱軍が郊外に浸透してきている。きな臭い匂いがぷんぷんしてんだ。いつ、火がつくかわかんねぇ」
「そうか。気を付けるよ」
「おっと。そろそろ集まったみたいだな」
オルフが集合場所の壇上に上がって、今回のクエストの説明を始めた。
「一週間前、王都周辺の森林にて、浸透してきた反乱軍とゴブリンの小隊が偶然にも接触し、戦闘となったことが判明した。夜間の接敵だったため、戦闘は混乱、両者撤退を余儀なくされたことは、王国にとって不幸中の幸いだ。我が王国軍の本隊は、撤退した反乱軍の追撃に向け、索敵中である。」
森で見つけたゴブリンの痕跡と馬の駆け抜けた跡は、この戦闘が原因だったのか。となるとアリサの父親は、ゴブリンに殺されたか、戦闘に巻き込まれたか。ゴブリンと反乱軍、どちらにしても危険極まりない。
「そこで冒険者諸君には、ゴブリン小隊の追撃のサポートを依頼したい。偵察によると、ゴブリン小隊は王都西方の森に野営地を建設中とのことである。」
「小隊の規模はおおよそ30匹。本来であれば、近衛兵団が出る幕ではないが、今回の作戦には近衛兵団一個分隊が参加する。作戦はこうだ」
作戦は、冒険者パーティ2つでゴブリン野営地を包囲、見張りの歩哨を排除したら合図を送り、近衛兵団が無防備の敵陣に突入する。あとは冒険者パーティはサポートにまわる。
ようは成功したら近衛兵団の手柄、失敗したら冒険者パーティのせい。冒険者なんて正規軍からしたらそんなもんだ。
「それでは健闘を祈る」
オルフが説明を終え、俺に近づいてきた。
「魔王討伐後、13年間も平和な時代が続いている。近衛兵団と言っても、お利口なだけで実戦経験は浅い。頼んだぞ。ダリル」
「今回のは貴重な演習って訳だな」
「そういうな。王国のためだ」
オルフは今回、参加する一個分隊に檄を飛ばすした後、再び馬に跨って、その場をあとにした。