06 少女の魔法適正
王都出発まであと5日
一昨日のグリフリザードとの戦いで、自分の落ちぶれっぷりを再確認した。
はっきり言ってグリフリザードくらい余裕だと思っていた。アリサが出て来なければ危ないところだった。
これは大分まずい状況だ。
どうしようもない危機感と焦りから、俺は昨日から走り込みと素振り(相変わらず武器はこん棒だが)を始めた。
鈍った身体を少しでも動くようにしなければ。おかげで今日はひどい筋肉痛に苦しんでいる。
本格的な冬が到来する前に、エルザの教会へ辿り着かなければいけないタイムリミットがなければ、酒の一杯でも煽って、自分の堕落っぷりを楽しむことも出来ただろう。
トレーニングを終えて、少し遅目の朝食を取ったあと、あのバカ犬が話しかけてきた。
「おうおう、気張っとるやんか。そんな姿、初めてやな」
「まあな。だいぶ焦ってるよ」
「無理すんでないで」
まさか犬にたしなめられるとは。
「そういや昨日な、街の王立図書館でアリサ見かけたで」
「え?」
「いや、わい暇やん。図書館よう行くんやで」
「そこじゃねーよ。ていうか犬が本読むなよ」
「結構、司書の嬢ちゃん達には好かれてんのやで。やだーかわいいってな。羨ましいやろ」
正直、羨ましいが、無視して話を進めよう。
「アリサはこっちの文字読めないだろ」
「わいも司書の嬢ちゃんに撫でられているところやったから、遠くから見とっただけなんやけど、読めてる感じやったで」
てっきり、アリサは一昨日のショックから抜け出せずに宿屋に引きこもっているもんだと思っていた。
しかし、王立図書館で一体なにをやっているのか。
今日は少し仕事を早く切り上げて、王立図書館に行ってみるか。
とにかく、今は旅立つ準備を進めなければ。
ギルドに到着し、クエストを確認してみたが、良さそうなものはなかった。
とりあえず今日は、スライム狩りをこなすことにした。
結果、スライム7匹を狩って、グリフ銅貨7枚分の報酬を受け取る。
帰りに王立図書館に立ち寄る。
王立図書館は、王都エッケワーンの中央通りに建てられたゴシック様式の荘厳な建物であるが、一般に開放されている。
王国の歴史や文化、近郊の魔物に関するもの、魔法に関する書物などその蔵書は多岐にわたる。
アリサの姿は館内にはなかった。
裏庭が望める窓に近づいたとき、少女が裏庭に一人で立っているのが見えた。アリサだ。
あんなところで一人で何してるんだ。
裏庭に出て、近づいてみる。
アリサは、魔法に関する書物を左手に持って、右手を前に突き出し、目を瞑って集中していた。
魔法を使おうとしているのか。
「なにをしている」
俺は語気強めに彼女に言ったら、アリサは驚いて跳ね上がった。
「え、あの、ちょっと気になって」
「魔法は制御できなければ危険なものだ」
「ごめんなさい」
「特に君の魔力は強い。使おうとするな」
あのグリフリザードに向けられた剥き出しの魔力を見るに、彼女の魔力は、中級魔法使いと同程度だ。それを制御もできずに持っているともなると危険極まりない。赤ん坊にナイフを持たせるようなものだ。
「あれはやっぱり魔法なんですか」
「ん?ああ、そうだ」
アリサが目を輝かせている。これはまずいな。
どうやら彼女は戦いのショックよりも、魔法に対する好奇心のほうが大きいようだ。
「ダリルさんは魔法を使えるんですか」
「少しな。君のお母さんに比べたら、微々たるものだが」
俺にも炎系の魔法適正が少なからずあった。
「ダリルさん。さっき魔法は制御できないと危険って言いましたよね」
アリサがしてやったりといった顔をしている。本当にまずい。
「私に制御の方法を教えてください!」
やっぱりそう来たか。
だが、確かに制御できないと危険だな。不意に町中で暴発されても困るし、彼女も怪我をしかけない。
「わかった」
「やったー!」
アリサがここに来てから一番の笑顔を見せて、飛び跳ねている。
「だが俺は、防御とサポート系の魔法しか教えない」
「ええー!」
「自分を守るだけの力でいいんだ」
彼女の魔力は強力だ。それに魔法適正もあるだろう。
だが強力な攻撃魔法を身に着ければ、いずれ誰かに利用されたり、戦いたくもない戦いに身を投じる羽目になるだろう。そんな力なら、ないほうがいいんだ。
アリサを連れてギルドに戻る道すがら、俺は彼女になぜ、文字が読めるのか尋ねた。
「お母さんが教えてくれたんです」
そう、彼女は答えていた。ユウナさん、もっと教えることがあるでしょう?
ギルドに着く頃には、すでに夕刻を迎えていた。
この時間帯のギルドは閑散としている。重装備に斧を持った戦士が一人と黒いローブを纏った魔法使いが一人しかいない。
ギルドの受付嬢には二度見されたうえ、一日に二回も来るのは初めてですねなどと言われた。
ギルドには、駆け出し冒険者用に魔法適正を試すことができる装置がある。
この装置で魔法適正を見極め、駆け出し冒険者はそれぞれの適正にあった職業につく。
魔法適正がなければ戦士や弓使いに、適性があればその得意属性を活かした魔法使いや召喚士になる。
装置は、上下を金で装飾された硝子の球だ。中で一本の炎が燃えているため、ランプに見えなくもない。ただ中には炎のほか、湿った土が敷かれている。
ようは四大元素である火、水、土、それと空気が入っているという訳だ。そして使用者のかざした手から伝わる魔力によって、中の様子がいかようにも変化する。
炎系魔法の適正がある俺の場合は、炎が大きく燃え盛るという訳だ。
二つや三つの属性に適正を持つ者も少しおり、その場合はそれぞれの事象が混ざりあって発現する。
「アリサ、まずはこの球に手をかざして目を瞑るんだ」
「そして意識をかざした手に集中する」
アリサは言われた通りに意識を集中していた。
試験の最中、アリサはずっと目を瞑っており、中がどうなっているのか見ていなかった。
「私、どうでした?」
「ああ、水系魔法の適正があるようだ」
アリサには紛れもなく水系魔法の適正があった。それは彼女が初めて魔法を現出させた時、グリフリザードの頭部を氷結させた時からわかっていた。氷の魔法は、水系魔法の亜種みたいなものだ。
ただ彼女が意識を集中している間、硝子の中の水が宙を舞っていたが、それだけではなかった。
水が宙を舞ったかと思うと、炎が舞い、土が渦を巻いたかと思うと、風がそれらを混ぜ合わせる。ぐちゃぐちゃだ。
全属性適正。
こんなのは見たことがない。国中、探して一人見つかるかどうかという逸材だ。はっきり言って鳥肌が立った。
しかしこれを彼女にどう伝えてよいものか。彼女を守るにはどうしたらよいのだろう。
黒いローブを纏った男が、何者かに報告する。
「はい。全属性適正です」
「⋯⋯」
「ええ。しかもかなりの魔力を感じました」
「⋯⋯」
「あの男も一緒です」
「⋯⋯」
「監視を続けます」
「⋯⋯」
「はい。閣下」