05 貧乏勇者の旅支度
昨日はアリサを宿屋に預けたあと、珍しく酒を飲まずに眠りについた。
思わぬ出費に金がなかったから飲まなかっただけだが、朝の目覚めは悪くない。
こういうのもたまにはいいもんだと思う。
しかし、エルザの教会がある町『セトロス』への出発まであと7日。それまでに準備が整わなかったら、ゲームオーバーだ。
二人で王都の冬を越すのは不可能だ。
今日は朝からギルドに向かおう。
俺は、ちゃっちゃと粗末な朝食をすまし、家を後にする。
ギルドには普段、昼過ぎに来ることが多い。
朝のギルドは、冒険者でごった返している。そりゃまともな冒険者なら朝から出発するもんだ。
とりあえず、今日の目標はグリフ銅貨30枚分の報酬だ。アリサの宿屋代が20枚、旅の資金用に10枚だ。
普段のスライム狩りクエストならざっと30匹オーバーのスライムを一日で狩ることになる。ちょっと無理だな。
俺は、今日依頼がきているクエストを確認する。ギルドの掲示板には、依頼書が所狭しと張られている。
『ゴブリン小隊襲撃パーティ募集』⋯⋯これは少し難易度が高い。それに誰かと組むのも好みじゃない。
『隣町までの商人警護依頼』⋯⋯これは往復で3日かかる。俺たちが王都を出発する日についでに出来ればよかったが、そうそう都合よく依頼はないだろう。
となると、この『グリフリザード討伐依頼』か。
グリフリザードは、グリフ王国の地方特有の爬虫類、ようは巨大トカゲだ。全長3メートル程になる。危険なのはその鋭い爪と炎を吐くことだ。
依頼主は肉の卸売り店。グリフリザードの肉は、淡泊な味だが柔らかく、料理によく利用される。報酬は1匹につきグリフ銅貨40枚。いきなり目標達成だ。
しかし俺の廃材に釘を打ち込んだ特製『木のこん棒』で倒せるものか。不意打ちで頭部に一発、倒れたところを2、3発殴って、ナイフで喉を抉る。勝つる。
俺は、いつもの受付嬢のところに依頼を受注しにいった。今日はどうしたんですかと大分驚かれた。
ギルドを出たところで、アリサが立って待っていた。俺に気が付くと走って近づいてくる。
「おはようございます」
「どうした?こんなところで」
「ダリルさんは、ここに来るだろうなって思って。朝から見張ってました」
「(なにそれ怖い)そうなんだ。なにか用かい」
「私をダリルさんの冒険者見習いにしてください」
「はぁ?冒険者見習い?」
「はい。冒険者になってお父さんと元の世界に帰る方法を探します」
「だめだ。冒険者は危険な仕事だ。君にはまだ早い」
「そう言われるとは思いました」
「それに君に伝えることがある。これからのことだ」
俺は、二人で王都の冬を越えることはできないこと、アリサをエルザの教会に預けるつもりでいることを伝えた。
「そうですか」
アリサは俯いている。
「仕方ないんだ。わかってくれ。
お父さんを探したい気持ちはわかる。でも時間がないんだ。時期が悪すぎた」
「わかりました。これ以上、ダリルさんに迷惑を掛けれません」
「ありがとう」
「⋯⋯ダリルさん。旅の準備を手伝わせてください。薪拾いでも荷物運びでもなんでもしますから」
本当は、城壁の外にも連れて行きたくなかったが、アリサの熱意に負けて、泣く泣く承諾した。
「俺が戦っている最中は隠れていろ。絶対に出てくるな。
それともし戦闘に巻き込まれたら、荷物を置いて、とにかく城門まで走るんだ」
「わかりました」
俺はアリサに念押し、グリフリザードの住む草原に分け入る。
アリサにはとりあえず、荷物持ちでもさせておこう。
グリフリザードを探す間、同時受注したいつもの『スライム狩り』もこなす。
倒したスライムを紐に括り付け、アリサに手渡す。
「なんですか?このぷにぷにの、気持ち悪いのわぁ」
最初はアリサもおっかなびっくりだったが、しばらくスライムを持っていたら、慣れたようだ。想像以上に強い子である。
20分程で草原を歩いたところで、水場を見つけた。
おそらくここはグリフリザードの水場だろう。
俺たちは茂みに身を隠して、グリフリザードが現れるのを待つ。
ズッズッズッと足音が聞こえた。
巨大なトカゲが水場に現れるのに、それほど時間はかからなかった。
グリフリザードは、水場に顔を近づけて、二又に別れた舌をちろちろと出し、水を飲んでいる。
「よし。こちらにまだ気づいていない。ここで待ってろ」
小声でアリサに伝え、俺は息を殺してグリフリザードの後方に回る。
そして『木のこん棒』を構えて、巨大なトカゲににじり寄る。
まだこちらに気付いていない。
もう少し、もう少しでこん棒が届く。
不意に巨大なトカゲの顔がこちらを向く。気付かれた。
俺はこん棒を振りかぶりながら、一気に距離を詰める。
トカゲの頭めがけて胴体の横をすり抜けた瞬間、唐突に後ろから何かに殴られた。
グリフリザードが胴体をしならせて、尻尾で殴ってきたのだった。
威力は大したことはないが、13年間の運動不足がたたって、俺はバランスを崩して転倒した。
転倒した俺に今度は、グリフリザードが鋭い爪を突き立てようと接近してくる。
にじり寄ってくる巨大な頭部に、転倒した状態からこん棒をお見舞いしてやったが、当然倒せるだけの威力はなく、多少ひるむ程度だった。
グリフリザードは、俺に近づくのをあきらめ、後ろに下がり、えずく動作を始めた。
これは⋯⋯炎を吐く予備動作か!?
やばい、やばい、やばい
躱そうと立ち上がった時、何かが走ってくるのが目に入った。
アリサが走ってきている。出てくるなって言ったのに!
アリサが叫ぶ。
「だめぇぇぇぇ!!」
その瞬間、とてつもない冷気を感じた。アリサからグリフリザードに向かって空気が氷結する。
全く制御できていない剥き出し魔力ではあったが、気付けば爬虫類であるグリフリザードの頭部の一部が凍り付いていた。
その瞼は凍り付いて開いていない。
俺はすぐさま立ち上がって、腰に差していたナイフを抜き、巨大な頭部の下、その急所である首に突き刺し、大きく抉った。
すぐには死なないが、確実に死ぬ、そんな一撃だった。
もがき苦しむ巨大トカゲを背に、俺はアリサに話しかける。
「なぜ、出てきた」
「ごめんなさい」
アリサは泣いていた。
「すまない。助かった」
それにしても、アリサの魔力は驚くべきものであった。母親譲りなのであろう。この才能を伸ばせば、大魔法使いが王国に一人誕生することになる。⋯⋯だが。
「だが二度とするな」
そうアリサに言って、俺は息絶えたグリフリザードの尻尾を掴んで引きずった。
アリサはまだ泣いていた。
「ほら、帰ろう」
やはり彼女は城壁から出さないほうがいい。
にしても、ここから徒歩20分の王都まで、この巨大トカゲを引きずって帰ることになるのか。このクエスト割に合わなくないか。