04 元勇者の選択
「私のお母さんは、ユウナって言います」
アリサがそう言った時には、はっきり言って驚いたなんてものではなかった。
ユウナは、13年前に魔王を倒したパーティの一員で、異世界から来た魔法使いだ。
魔王を倒した後、ユウナは元の世界に帰ると言って、パーティと別れたが元の世界に帰ることができなかったのか。
疑問にはすぐに答えが出た。
「お母さんは、元の世界に帰ってこれました」
「ユウナは帰れたんだな。良かった」
13年間ずっと気になっていた答えを聞くことができて、安堵する。
アリサは話を続ける。
「お母さんは帰ってきて、すぐにお父さんと出会って、結婚しました」
「そうか」
これは、はっきり言って複雑な心境だった。
2年間の冒険を支えてくれたユウナに、俺は少なからず好意を寄せていたのだろう。思い返せば、初恋といってもいいかもしれない。
ただ、彼女が幸せなら良かったのだと飲み込んだ。それだけ俺と彼女は、場所も時間も離れすぎていた。
「ユウナは元気にしているのかい?」
「2年前に亡くなりました」
「えっ」
それ以上語らないアリサの目は潤んでいた。
重い沈黙に耐えかねたクーフーリンが口を開く。
「ま、あれや。美味いもんでも食いに行こうや。嬢ちゃん、腹空いとるやろ?」
俺たちは、王都の中央通りに店を構える料理店に足を運んだ。日はすでに傾き、気温はぐっと落ちていた。
この店は俺が毎晩安酒を飲んでいる店とは違って、貧民層にはそこそこお高い店だ。
この少女を汚い店には連れていけない。俺は、なけなしの越冬資金に手を付ける羽目になった。
「それで、アリサはどうしてこの世界に転移してきたんだ?」
犬のフリをしたクーフーリン(どう見ても犬だが)は床で、ソーセージにかぶりついていた。お前が腹減っていただけじゃないのか。
「わかりません。12歳の誕生日に、お父さんが指輪をくれたんです。お母さんの形見だから大事にしなさいって。でも私にはすこしおおきくって」
そういって紐を通して、首に掛けている指輪を見せてくれた。
銀色のシンプルなデザインに、読めない文字が書かれている。異国の文字だろうか。
「これを受け取って⋯⋯気が付いたらこの世界に来てました」
「そうか」
「お父さんも一緒に」
「お父さん!?どこ!?」
「気付いてら二人で森に倒れていて。そこからこの街の城壁が見えたので、お父さんと一緒に歩いてきましたが、途中ではぐれちゃいました」
「はぐれた?」
「緑色の肌をした小人に追いかけられて」
ゴブリンか。確かにここ最近、森にはゴブリンの小隊の痕跡が残っていた。
「お父さんは強いから大丈夫」
アリサは自分に言い聞かすようにそう呟いたが、不安な表情をうかべていた。
「アリサ、パフェ食べるか?」
「うん」
ウェイトレスに声をかける。
その後、アリサをバラックに泊める訳にもいかなかったので、宿屋へ向かい、アリサを置いてきた。
前払いでグリフ銅貨20枚。スライム約20匹分。俺の4、5日分の収入だ。
越冬資金を使い込んでしまった。今年の冬は厳しくなりそうだ。
アリサは別れ際、俺を呼び止めた。
「あ、あの⋯⋯いろいろお世話になっているのに、お願いばかりなんですが⋯⋯お父さんを探すのを手伝ってくれませんか?」
「⋯⋯力にはなれないと思う」
そう答えた。
バラックへの道すがら、俺の横を歩くクーフーリンが口を開く。
「これからどないすんのや?」
「何がだ?」
「このまま放っとく訳にもいかんやろ」
「俺には何もしてやれない」
「せやかて」
グリフ王国に本格的な冬が到来するまでおよそ1か月。
少女と生活する資金はない。無理をすれば凍死か餓死か。
「エルザの教会に預けようと思う」
「エルザっていうと、あれやな、魔王討伐の神官やな」
エルザは、魔王討伐パーティの一人。回復を担当した神官だ。
グリフ王国の外れに位置する町『セトロス』の教会で働いている。
彼女の教会には孤児院があり、エルザは孤児たちになつかれていた。
エルザのことだ。アリサの力になってくれるに違いない。それにひょっとすると元の世界に帰る方法も⋯⋯
問題は、町までの距離だ。大人の足で1週間。アリサを連れて行けば、2週間は見たほうがいい。
本格的な冬になる前に、アリサを預けて、王都に帰還する。
準備に掛けられる時間は、1週間ほどしか残されていない。
「さっきはアリサがおったから黙っとったんやけど……」
クーフーリンが不意に口を開く。
「なんだ?」
「さっきのウェイトレス。いいケツしてたでぇ。わいの位置からは丸見えやったわ」