02 傷心勇者と捨て犬
ダメ人間の朝は早い。
大抵は朝5時ころ、前夜の無茶の代償として、頭痛と具合の悪さに目を覚ます。
そして最低の気分にもがきながら、再度眠りにつこうとするが眠れるわけもなく、しばらく寝床でのたうちまわる。
ようやく昼頃に寝床から立ち上がって、カビの生えかかったパンを頬張り、城壁沿いのバラックを抜け出す。
バラックは、廃材を組み合わせて作った粗末な小屋で、王国の貧困層は城壁沿いにバラックを組んで生活をしている。いわゆるスラム街ってやつだ。
俺の住んでいる王国は、正式名称『グリフ王国』。
首都は、ここ『王都エッケワーン』で、80歳近いサルバドル国王陛下が治めている。15年前、俺に魔王討伐の勅命を出した人物だ。
もっとも最近は、病床に臥しており、宰相閣下が政治を代行しているようだが⋯⋯。
バラックを出た俺は、ギルドに向かう。
王都には、国営のギルドが数か所存在し、様々なクエストが用意されている。
例えば、俺が日々こなして日銭を稼いでいるのは、『王都周辺のスライム退治』だ。
王都の経済活動の保護を目的に、都市周辺に出没したスライムを退治するデイリークエストで、グリフ王国商人協会が依頼主だ。
報酬は安いが初心者冒険者にも安心・安全、簡単なゴミ掃除みたいな仕事で、元勇者様の俺がこの仕事を好んで選んでいるのは、単にラクだからだ。
クエストを受注したら、城門を通って王都の外に出て、城壁沿いに周辺のスライムを探索する。武器は廃材を削って釘を打ち込んだ特製『木のこん棒』だ。
元勇者なんだから伝説の武器くらいあるだろうと思うだろうが、そんなものはとっくの昔に質屋に出して、酒代に換えてしまった。
スライムを見つけて、こん棒で叩く。いくら13年間の怠惰な生活で鈍っているとはいえ、今の俺でもだいたい1、2発でスライムは倒せる。
勇者のスキルといえば、聖なる力による回復魔法やアンデット系モンスターの浄化魔法が定番だが、あれはだめだ。
勇者や神官の使う神聖魔法には、高い精神性が要求される。当然、俺にはもう使えなくなった。
倒したスライムは、紐を通して数珠繋ぎにして、担ぐ。スライムの場合は、これをギルドに納品してクエスト完了だ。
スライムを3匹ほど倒したあと、城壁近くの森の中で珍しいものを見つけた。たき火の跡に食べかけのまま放置された獲物の鹿。
ゴブリンの小隊か?だが貪欲なゴブリンが獲物の鹿肉を残していくとは考えづらい。
よく辺りを見てみると馬の通った跡もある。どうやら森で食事中のゴブリン小隊を騎兵が襲撃したらしい。
俺は肉の多少残った鹿の骨を拾い上げ、荷物に忍ばせた。
その後もスライムを探したが、結局今日の上りはスライム5匹。
ギルドに帰ってスライムを納品し、報酬をもらう。グリフ銅貨5枚。まあ、今晩の酒代くらいにはなるだろう。
一仕事終えて、バラックに帰る。
バラックの寝床にはダックスフンドが一匹伏せており、こちらを上目遣いに覗いてくる。
この居候との出会いは八年前だ。
~八年前~
その頃はまだギルドで日銭を稼ぐような暮らしはしておらず、俺は定職を求めていた。
その日も王都の商人が、キャラバンの用心棒を探しているという話を聞いて、会いに行った。ようは面接だ。
結果は散々。当然、俺の名前は王都中に知られており、ロリコンを雇うわけにはいかないと断られた。
面接の帰り、さらに運の悪いことに俺はどしゃぶりの雨に降られ、ずぶぬれで王都の路地を歩いていた。
うまくいかない現実に嫌気がさすと同時に、強烈な惨めさを感じていたその時、同じく路地の端でずぶぬれになっている犬が目に入った。
そいつは黒い毛並みをしたダックスフンドのような犬で、丸まって目を閉じていた。
こいつも俺と同じように捨てられたんだ。
そう思うと放っておけなかった。
近づいてしゃがみ込むと、犬はそっと目を開け、こちらを覗き込んでくる。
「もう大丈夫だ。俺がずっと一緒にいてやる」
「おい!テメェ!なにガンくれてんねん」
誰だ?辺りを見回しても人っ子一人いない。
「テメェや!テ・メ・エ!どこ見てやがる」
「い、犬が喋ったぁ」
犬だった。
「随分と在り来たりな反応やなぁ。それと犬呼ばわりしてんちゃうぞ!わいはクーフーリンや」
「はあ⋯⋯大層なお名前で⋯⋯」
「クランの番犬って意味やで」
「⋯⋯(番犬って小型犬のくせに)」
「おい!兄ちゃん!大丈夫か!?」
「いや、話す犬ははじめてなもので⋯⋯つい」
「だから犬呼ばわりすんなや!」
「それじゃ、クーフーリンさんは何者なんですか?」
「わい?わいか?知りたいやろー?」
「いえ、やっぱり結構です」
「まあ、聞きーや。兄ちゃん、フェンリルって知っとる?」
「フェンリルっていうと伝説の魔狼だろ。それが?」
「わいのじいさんやねん」
「ハア?フェンリルの子孫がこんなに小さいわけないだろ」
「噛み殺されてえんか?母ちゃんがダックスフンドやねん」
とりあえず、どしゃぶりの雨の中で犬と話しているのも何なので(人に見られたら珍獣を見る目で見られるので)俺のバラックに連れて行った。
「にしても酷い家やな~」
「住み心地がいいとは言わないよ」
「せやな」
「(『せやな』じゃねーぞ)クーフーリンさんはどうして王都に?」
「5年前に魔王を倒した勇者を探してんねん」
「え?」
「ほら、わい魔狼の一族やん。魔王ゆうたら元の主やから、仇討ちやねん。これ、内緒やで」
やべえ奴を家に入れちまった⋯⋯。俺はそう思って、対策を練る。
1 寝込みを襲う
2 誤魔化す
3 そっと夜逃げする
「勇者様なら⋯⋯今はお城にお住まいですよ」
当然、誤魔化すに決まっている。要らぬリスクはとらない主義でね。
「え?そうなん?」
「ええ。やはりあれだけの功績を残された方ですから~」
「おっかしいなぁ。手に入れた週刊誌には、落ちぶれてこの界隈に住んどるって書いとったんやけど」
犬は、折りたたまれた週刊誌の切り抜きを取り出し、前足で器用に広げた。
広げられた週刊誌には、酔って寝込む俺の姿が写されている。目に黒い線が入っているが。
バレるバレるバレる⋯。気付けば汗だくだ。
「あれ?兄ちゃん、勇者に似てへん?」
「いえ、人違いですよ」
「そっくりやん」
俺は、そっと後ろ手に料理用ナイフを探す。確かこのへんに置いといたはず⋯⋯。
「ナイフなら片付けといたで」
「バレてる!」
「最初は自信なかったんやけど、兄ちゃんの反応見て、確信したで」
俺は身構える。ダックスフンド1匹、素手でなんとかなる。
「まあ身構えんなや。ここまで落ちぶれた勇者見たら、殺す気なくなったわ。」
「それにな。落ちぶれた自分見とったほうが、魔族の供養になると思ってな」
俺はスッとバラックの扉を開く。
「お帰りはこちらです」
「出会ったとき一緒におってくれるゆーたやんけ」
こうして、俺はこの奇妙な犬を飼う羽目になった。むしろ、犬が居座っているといったほうがいいか。
まあ、5回ほど見世物小屋に連れて行こうとはしたが⋯⋯。
バラックの寝床で伏せているダックスフンドが口を開いた。
「メシ。まだかいな」
「黙れよ!この駄犬が!」
「駄犬ちゃうわ!魔狼の子孫やで!そこんとこ頼むで!」
「ただの雑種じゃねーか」
「テメェ、噛み殺すで」
「やってみるがいい」
「グルルゥ⋯⋯」
俺は、スライム狩りの最中に荷物に忍ばせておいた鹿の骨を握り、扉から外に向かって思いっきり投げ出した。
「ワウーン♡」
クーフーリンは、それを追って扉から飛び出した。思いっきり尻尾を振りながら。
投げられたものを追ってしまうのは、習性らしい。
俺はそっとバラックの扉を閉める。
骨をくわえて戻ってきたクーフーリンが、扉を前足でひっかく音がする。
「ダリル!テメェ!やりやがったな!ここ開けーや!」