第8話 慣れない力と慣れている力
朝。
広大な空間にマットレスを引いただけのダンジョンで目を覚ました俺は、魔王城の食堂で朝食をとってから、講義の開始時間とともに特進クラスのドアを開けた。
……お、形が少し変わってるな。
内部は石造りの部屋という見覚えのあるものだったが、柱は一本もない。
四角くて大きな石造りの部屋になっている。
そして、部屋の中には既に、ダンテと特進クラスの面々は集まっていた。
「おはよう、クロノ君。もう講義を始めてしまうから、こっちに来てくれ」
「あ、了解です」
ダンテに言われ、俺は集団で立つクラスの面々の後ろに付いた。
すると、ソフィアが隣に来て会釈をしてきた。
「おはようございます、クロノさん。お時間ぎりぎりでしたね」
「城の中を色々見てたら時間食ってな」
魔王城は広い。これから日常を過ごしていくにあたって朝から見回っていた。
城内には衣服の洗濯を行ってくれる店や、いつでも使える大浴場、沢山の本が並ぶ資料室などがあり、かなりの充実ぶりだった。
「街に行かなくてもこの中だけで、必要なものは揃いそうだよ」
「ええ、本当にすごいですよね、このお城の中は」
確かにこんな環境を作るのであれば費用は相当掛かるよなあ、と俺が超特進クラスの活動を思い出していると、
「さて、注目してほしい。今日行うのは、ダンジョンにおける戦闘講義だ」
ダンテ教授の講義説明が始まった。
「本来、この戦闘講義は、ダンジョン内部で各人による手合わせを行っているのだが……今回は色々な意味で危険だと判断した。その結果、私が形成したモンスターを相手にしてもらう事になった」
その言葉が放たれた瞬間、クラスの皆が一斉に俺を見た。
……おいおい、俺は流血とか喧嘩とか、危険そうな事件は起こしてないんだけどな。
そんな目で見られる筋合いはないんだぞ。どうなってるんだ。
「ま、まあ、クロノさんの力は昨日だけでかなり有名になりましたからね」
「有名になろうとした覚えはないぞ……」
「せ、静粛に。これからの講義は対人戦と比べても大差ないから大丈夫だ。……というわけで、今から私がモンスターを形成する。これも良いサンプルになると思って見ていてくれ。魔族は、ダンジョンの一部を素材とし、生物を作り上げる事が出来るのだと」
ダンテ教授はそう言って、俺たちが見守る中地面に手を触れた。そして、
「来たまえ。巨大なる魔狼よ。《サモン・ダンジョンウルフ》」
呟いた瞬間、地面が赤く輝いた。
そして、地面から盛り上がるように現れたのは、真っ白な体毛を持つ大きな狼だ。
「おお……」
全長三メートルは超えている。
その大きさに、クラスの面々は感嘆の声を漏らす。
「ダンジョンの素材から、生物を生み出す。これがいわゆるモンスターの形成、という技術だ。場合によっては召喚術、あるいは召喚魔法とも言うが、今日はそのあたりは置いておいて――戦闘講義を始める」
ダンテは狼の体に手を置きながら真剣な目でこちらを見据えた。
「昨日は柱だったが今日は動く標的が相手だ。医務室も開いているので、思いっきり突っかかっていい。一撃を与えて、この魔狼を大人しくさせてくれ。もちろん、倒してしまっても問題ない」
狼は、血走った眼で、ハッハッと息を荒げている。
割とやる気に溢れているようだ。
「では、竜人属のコーディ君。行ってみたまえ」
「よっしゃあ。俺からだな!」
ダンテの言葉を受けて、竜人の男が前に出る。
そして拳を構えながら狼のほうに走りだしていった。だが、
「ぬ……ぐう!」
狼の間合いに入った瞬間、前足が竜人の体を襲った。
横合いから思いっきり叩かれ、壁に叩きつけられる。
「いってえ……」
だが、流石は頑丈な竜人だ。
壁にへこみを作っても、痛いで済むらしく、すぐに立ち直る。
「腕力だけで突破するのは難しいだろう。だからダンジョンを支配する力を使うんだ。魔族はダンジョンの内のものは、全て利用できる。魔法と呼ばれる力の根本はそこにある」
「うっす!」
ダンテ教授の言葉を受けて、竜人は再び狼に向かって走り出す。
当然、狼も襲いかかる。しかし、今度の竜人はそこからさらに動いた。
「――岩よ、俺の拳に纏わりつけ! 《ロックコート》!」
彼が魔法の詠唱を完了した瞬間、ダンジョン内に転がっていた岩が拳にひっついた。
そのまま竜人は岩の鎧がついた拳で、狼の前足を迎え撃った。結果、
「ぐぅっ……!」
竜人は再び吹っ飛ばされたが、狼の前足をはじき返した。
岩の拳と激突したからか、狼の前足が少し切れて、血がにじんでいく。
「合格だ、コーディ君。そうやって武装するのも一つの選択だからな」
「うっす……」
吹っ飛んだ竜人は、フラフラと立ち上がって、こちらに戻ってきた。
明らかに血の気が失せているが大丈夫だろうか。
「――さあ、次だ。ソフィア君」
次に呼ばれたのはソフィアは、ダンテに心配そうな目を向ける。
「ええと、ダンテ教授。その狼は怪我しているのですが、攻撃しても良いのです?」
「ふむ、モンスターの心配をするとは、君はとても優しいようだ。その性格はとても良いものだが……心配は無用だ。見たまえ」
ダンテの目線を追って狼の足を見れば、出血していた個所はもう回復していた。
血の一滴すら流れてない。
「え……回復、してるんですか?」
「うむ、ダンジョンにいるモンスターは、このように強力な修復能力を付加されている時もある。たとえばこの魔狼は足が吹き飛んでも数分で回復する。だから見た目で油断しないようにな」
「りょ、了解です」
「――では、講義続行だ!」
そのような感じで、クラスの面々はそれぞれ狼に一撃を当てていく。
流石は特進クラスの学生たちと言うべきか、皆それぞれダンジョンの力をうまく使っていた。
空気の弾丸を放ったり、地面から石の槍を作ったり、本当に色々やっている。
……これは、参考になる。なるんだけどさ……
大体は、狼の手足に弾かれたり、噛まれたり、踏まれたりとひどい目に合っている。
手加減はされているみたいで、流血沙汰は少ないが、かなりひどい有様だ。
一撃入れた判定は貰っているが皆ボロボロだ。
「ハッハッハ!!」
反面、狼はいまだに元気いっぱいで、クラスの者たちを景気よく吹っ飛ばしている。というか尻上がりに速度と調子と威力が上がってきているような気がする。
特進クラスが厳しいという噂は本当だったんだなあ、と思いながら眺めていると、
「最後、クロノ君!」
俺の番も来た。
こういった動くものを相手にするのは、田舎に住んでいた時以来だよな。と思いながら俺は前に出る。
……とりあえず、一撃与えれば良いんだよな。
どうするべきか、と俺は悩む。こんな決闘みたいなやり方は正直苦手だ。
さらに言えば、ダンジョンを支配する力や魔法というのは、慣れてないから、中々扱いづらい。
昨日、自分のダンジョンで色々と試してみたが、しっくりこなかった。
講義なんだから慣れてない力を使うべきなんだろうけれども、失敗して、この狼に殴られるのは嫌だ。
いくら治療されるからといって痛いのは苦手だし、後ろでうめき声をあげている同級生たちと同じ目には合いたくない。
……ダンジョンを支配する力の実験は別でやるとして、ここはいつもの方法を試してみるかな。
一発で良いんだから、それでいいはずだ。そう思いながら、俺は狼に向かって進んでいく。
「――ッ!」
俺の動きを見てか、狼もこっちに飛びかかってきた。
牙をむき出しにして、噛みついてこようとする。だから、
「よいしょっと……!」
噛みつかれる前に俺は狼の首をつかみ、ジャンプした。
首を支点にして回り、狼の背中に乗っかる。
もちろんこのままでは暴れられて跳ね飛ばされるのは分かっているので、
「どうどう。落ち着けよ……!」
抱きつくようにして、思いっきり両腕を絞めた。
首筋は堅いが、どうにか腕がめり込んでくれる。そして、
「……っ」
狼は白目をむいて、どうっと体を倒した。
どうにか、気絶させられた。
「ふう、野犬に対する方法が通じて良かった良かった」
胸をなでおろしながら狼の背中から降りると、ダンテ教授が駆け寄ってきた。
「いっ、今、何をしたのだ、クロノ君!」
「何をって乗っかって首を絞めたんですよ。なんだか血も出てて生物っぽかったんで、田舎で野犬にやっていたことを試したんですが、うまくいって良かったです」
「う、うむ。そうだな、素晴らしい動きだった。まさかダンジョンの支配力を使うことなく切り抜けるとは思わなかったが……」
「いや、それは偶々ですって」
脈がなかったり、呼吸していないようなモノだったら、床に落とし穴でも作ってハメるか、壁で挟むとかするしかなかった。
もしくは棒を作って鼻先を殴るくらいか。
狼の首回りが細かったのもある。そこを絞めるだけでどうにか出来たのは、運が良かっただけだ。
……ダンジョンを支配する力は練習しておこう。
そう思いながら、同級生たちの元に戻ると、
「よ、よお。お帰り、クロノ……」
「……ま、マジで対戦形式じゃなくて良かった」
皆、例の目をしていた。
皆も相応に切り抜けていただろうに、なんで俺だけこんな目を向けられるんだろうか。
ちょっと扱いがおかしくないかな、と首を傾げていると、ソフィアが頬に汗を浮かべながら走り寄って来た。
「く、クロノさん、よく素手で対処できましたね……。あんなのに乗っかるなんて、怖くないんですか?」
「え? まあ、野犬は田舎でも何度か顔を突き合わせたりしていたから。ある程度は対応出来るんだ」
「あの、野犬って普通、こんなに大きくないと思うんですが」
「うん? こんなもんだと思うんだけどな」
「な、なんだか野犬の認識が食い違っているような気がします……」
そんな事を話しながら、俺は特進クラスの講義で、ダンジョン内に作るトラップやモンスターについての知識を学んだのであった。
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