side:リザと竜王の子供たち
リザは魔王城の応接間で、入城の際に必要な契約書にペンを走らせながら、アリアの興奮気味の言葉を聴いていた。
「ねえねえ、魔王様! ミスラルト! あのクロノっていう魔人、凄い力をしていたわ!」
先程からずっとこの調子だ。
この部屋に入ってソファに座ってからも、アリアの興奮は収まることがなく、目をキラキラとさせたままだった。
「それに、それによ! 竜になった私をすっぽり包み込むくらいの大穴を開けるなんて、凄く強引で凄まじい魔力の使い方よ! お父様でもあんな力技はしないもの!」
「うん、それに握手をした時、彼はこっちの力加減を確かめるような感じで掴んできたから。細かな制御や心遣いも出来るみたいだったよ」
「そうなの!? そういえば、ミスラはがっちり握手したものね! 力量も分かるわよね」
「簡単に、だけどね。……うん、彼の筋肉質で硬い手は、かなり鍛えこまれた証だろう。さらに言えば、彼の肉体を覆うような黒い魔力もまた、強大な力を感じた。その上で、自分たちをとても優しく労わってくれたのだから、かなりいい人だと思うよ」
「わあ、それは嬉しいわ。そして楽しいわ! ここに来れて初日だけどもう楽しいわミスラルト!」
そんなやりとりをしつつ、乱暴な字を契約書に記入していくアリアと、正確に文字を書き込んでいくミスラルトを見て、リザは苦笑した。
片方は情熱的で片方は理性的で、全く対照的な子たちだ、と。だが、妙なところで同意もしているな、とも。
「あはは。いやあ……今年の注目株というか、この魔王城が出来て以来の逸材を、二人ともお気に召したようで何よりだよ。クロノも君たちとは仲良くしたいと思っているだろうしね」
「そうなの!? なら早速仲良くなりに行かなくちゃ!」
リザの言葉を聞いたアリアはすっくと立ち上がろうとしたが、
「待った待った。もうちょっとだけ、記入しなきゃいけない契約書があるだろう、アリア。ほら、ここに名前を書き忘れているし」
その途中でミスラルトが彼女の手を掴んで抑えた。
そして机の上に載った用紙を指し示す。
「あ、あら? 見逃していたわミスラルト。こんな小さい所、良く気付くわね」
「アリアが上の空すぎるだけだよ。ほら、書いちゃって」
などと会話するアリアとミスラルトを見て、リザは楽しげに微笑む。
「二人とも元気だねえ。あ、そうだ。竜王の方からも報告を受けているけれど、君たちはいきなり超特進クラスに入るって事でいいんだよね?」
「ええ、お願いするわ魔王様! あの魔人のクロノもいるんでしょう? ならそこ以外に入る選択肢はないわ!」
「まあ、そんなわけで。ボクの方もアリアと同じようにしてもらえれば、と」
ミスラルトの言葉を聞いたリザは、うーん、と少し悩んだ後で、
「ミスラ君は……本当にアリアちゃんと同じでいいんだよね?」
改めて聞き返した。
するとミスラは、はは、と乾いた笑いを浮かべつつも頷いた。
「ええ、問題ありません。この子の面倒を見るって父とも約束してきましたし」
「ちょっと!? あたしは面倒見られなくても平気なのよ! なのに父様やミスラルトったら心配性なんだから……!」
「そりゃ心配するよ。ほら、ここに出身地を書き忘れているし。最後なんだからしっかりね」
「ひゃあ!? ご、ごめんなさいミスラルト。直ぐに書くわ……!」
「はは、仲が良いねえ。ダンテ教授から、一緒にコア登録したからダンジョンも共有状態で使っているって話は聞いたけれども、ここまでとは。――何にせよ、了解したよ、アリアちゃん。ミスラ君」
いやはや、本当に今年は豊作でいい、とそんな事を思いながらリザはアリアたちが書き終えた書類を確認していく。
「……ええと……うん。問題なし、と。これで君たちは魔王城の一員で、超特進クラスの一員になったよ!」
「ホント!? じゃあ、もうクロノに会いに行ってもいいのね!?」
そんな声と共にアリアは再び立ち上がったが、
「いや、ちょっと待って。まだ説明事項はあるからさ。少しだけ落ち着こう?」
「そうだよ、アリア。ここでしっかり聞いておいた方が、多分、クロノ君に迷惑を掛けないだろうしね」
「む、迷惑をかけるのはいけないわね。分かったわ!」
リザとミスラルトの声により、アリアは大人しく、しかし鼻息は荒くしたまま、ソファに座った。
聞き分けは良い子なんだなあ、と微笑ましく思いながら、リザは立ち上がった。
「それじゃ説明するだけってのも味気ないから、お茶でも飲んでいってよ。今から淹れるからさ。その後で、ミスラ君もアリアちゃんも自由に、自分を抑えることなく生活してくれればいいな」
「もちろんよ! 魔王様!」
「……はい。そうですね」
アリアは元気よく、ミスラは少しだけ物憂げな表情と共に、声を返してきた。
少し温度差があるけれども、暮らしていく内にいい方向に変わっていってくれるといいな、とそんな事を思いながら、リザは新入学生二人の為にお茶を淹れるのだった。




