第7話 -side 教授陣- 頭を悩ませる二日目
その日の朝、リザはダンテやほかの教授たちと共に机に座り、講義に使う資料の作成をしていた。
普段から行っている作業ではあるが、この日の彼女はとても上機嫌だった。
「いやあ、昨日は面白かったね、ダンテ教授。クロノが来てくれたお陰で、凄く刺激的でさ」
「私はその刺激のせいで胃をやられかけましたがね。本当に刺激的でした……」
ダンテは腹部をさすりながら資料に文字を書き込んでいく。その様子を見て、リザは苦笑する。
「ダンテ教授は特進クラスで今日も担当するんだったね」
「はい、今日まで基本的な講義ですからね。これが終わるまでは、彼は特進クラスの一員です」
これが終わった明日からは自分の好きな講義を受けに行ける状態になる。
超特進クラスの活動は、そうなってからが本番だ。
「クロノは色々と一足飛びにさせちゃったよね。そこは、ちょっと反省点かなあ」
「そうですね。初日から色々と連れまわしてしまって申し訳なかったですな」
昨日はいきなりダンジョンに潜ってもらったが、本来、それは基本講義を終えてからやるものだ。
彼ほどの力があれば最初から行っても問題ないだろうな、と思うけれども、ある程度の段階は踏んでもらうべきだった、とリザは思う。
「って、そうだダンテ教授。ダンジョンといえば、今日は『ダンジョンにおける戦闘』の講義だけど、色々と大丈夫?」
リザの言葉が放たれた途端、ダンテの動きがぴたりと止まった。
そしてゆっくりと顔を俯かせた。
「……ちょっと怖いですが、調整しますので大丈夫だと思いたいです。少なくとも対人戦での力試しはしないようにします」
「基本講義なんだから、安全第一で頼むね」
クロノは初日から天井を落とすレベルの力を使っていたし、彼の身体能力もかなりおかしい。そのあたりを考えないと大変なことになる。
「慎重に計画を作っていきます。彼の力の正体も調べて、少しだけ分かった事もありますし」
「え? 本当?」
「はい、昨日のうちに彼の言う『北方の田舎』について調べたのです。まだ詳しい事は調査中ですが、はるか昔、初代魔王が修行に訪れていたとされる森林地帯が北方にあるのですよ」
「へー、そんな場所があるんだ」
魔王が、修行にはげむことは決して珍しい事じゃない。
魔王城などの巨大なダンジョンを作るためには、相応の鍛錬が必要になってくるからだ。
「ダンジョンの構築には、魔族の魔力や、魂の強さが要るもんね」
「ええ、初代魔王様が『マザーコア』を発明して、大分楽になりましたが、その基本は変わりませんからね」
既存の空間を支配し、こちらの思うがままに捻じ曲げて、自分が望む環境を作り出す。それが魔族のダンジョンだ。
そして空間を支配するには、体力や精神力、魂に備わる魔力などが必要になってくる。
だから、自分の望むダンジョンを作るために修行して鍛える魔王もいる。
リザはそういった鍛錬の経験はないが、先代や先々代から話としては聞いていた。
「なるほど。その修行地の近くに、村があるってことなのかな?」
「おそらくは。まだ確認はとれていませんけれども。一応調査員は派遣いたしました」
「ダンテ教授、手が早いね。もう調べちゃってるんだ」
「調整するためにも、このあたりの情報は必要でしたからね」
「うん、その仕事の早さはいいね」
そういった後で、リザは少しだけ真剣な表情に戻った。
「――ただ、深いところまで関わるときは、本人に許可を取ってからのほうが良いね。問題になるかもしれないし」
この学園には、貴族や王族の子供も入ってくる。まれに隠し子などもいるくらいだ。
個々人の事情に深入りするのは、程々にしておくのが良い。するにしても許可は取るべきだ。
学生たちが気持ちよく学べて成長できる場所を作るのが第一なのだから。
ダンテもその考えに同意したようで、
「ええ、今度からそうしておきます」
「うん、ならよろしい。――いやあ、今日も何が起きるかわからないけれど、ちょっと楽しみだよ」
「……魔王様の肝の太さは見習いたいですね。ただ、私もクロノ君の今後は楽しみですけれどね」
リザとダンテたちはそのまま、資料整理をし続け、やがて部屋を出た。
講義に来る学生を出迎えるために。