第33話 予想外の決戦開始
鬼神との闘いまで数十分となった頃、ソフィアは医務室で横になっていた。
「うう……皆さんが準備しているのに、私ばかり寝込んでいて申し訳ないですね……」
彼女は、青くなった顔で弱弱しい言葉を漏らしているが、
「気にしない。病人とはそういうもの。ワタシもそうだった」
そんなソフィアの頭をユキノは慰めるように撫でていた。
「あの時は、クロノとソフィアに助けられた。今回は私の番だからね。困った時は任せて」
ユキノの暖かな手が自分の体に触れるたび、どこか安心できる気持ちが湧いてきた。
見守ってくれている人がいるというのは有り難い、とソフィアは思う。
クロノさんも、似たようなことを、してくれましたし……本当に恵まれている立場です。
本当に素敵な環境に身を置けている。
可能であれば自分もまだこの魔王城で元気に生活したい。そう思ったら、
……こんな鬼神の暴走とやらに、負けている場合じゃないですね。
反骨心なのか対抗心なのかは分からないけれど、少し力が湧いてきた気がする。
そして、時計を見れば、クロノ達が言っていた戦闘開始時刻までもう少しだ。
「……そう、ですね。今から早めに中庭に出て、クロノさんたちと打合せして、戦いやすい状況を作って貰いましょうかね」
「うん? いい考えだと思うけれど、ソフィア、大丈夫なの?」
「はい。私も寝たきりのまま、何もしないわけには行きませんから」
「そう……なら、力を貸すよ」
ユキノは微笑と共に手を差し出して来る。
「本当にありがとうございます、ユキノさん」
「気にしない。ワタシ、ソフィアの先輩だからね」
そうして、ソフィアがユキノの手を借りて立とうとした瞬間だ。
――目覚めろ。
頭の奥からそんな声が聞こえた。
「え? ユキノさん、私に何か仰いました?」
「いや、私は何も……って、ソフィア? 指から血が出ているよ」
「あ、え?」
ユキノに言われて気付いた。
自分の手先が少しだけ割れて、血が垂れていた。
「ほ、本当、ですね。どこで引っ掛けたんでしょう――」
と、ソフィアが指先を見た、その瞬間だ。
――※※代魔王が、命ずる。目覚めよ我に連なる鬼神よ……!!
ガツン、と頭の中に衝撃が走るような声が響いた。
「う…」
物理的に頭を押し込まれたような感覚がした。
強烈な力だ。
上手く、立てない。
「ソフィア……?! どうしたの!?」
そして、立てないだけじゃない。
先ほど、ほんの少しの血がこぼれているだけだった傷跡はどんどん広がり、やがて赤黒いドロっとした物体が出てくるようになっていた。
それは、先ほども見た、鬼神の体で、
「これ、は……ッ逃げ……て……下さい……!」
ソフィアが声を振り絞ると同時、彼女の体から、赤黒い光が噴き出していき、
「――!」
その噴出した勢いを持って、ユキノを中庭の方へ吹き飛ばした。
そしてドロリとした物体となって、ユキノを吹き飛ばして出来た穴から、中庭の方へと漏れていくのだった。
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医務室から漏れ出している赤黒い物体を見て、俺は隣にいるブラドに向けて声を飛ばした。
「おい、どうなってんだ、おっさん! 顕現のタイミングはまだだぞ!」
「わ、ワシにも分からん! 本来ならば鬼神が出てくるときは、鬼神の紋が眩く輝く、誰にでも分かる兆しがあるのに、それ無かった。もっと言えば、あの薬があれば、ここまで早く暴走する事はない! だのに、なぜ……ぐ……」
喋っている途中で、ブラドが胸を押さえた。
そして手で押さえた部位から、ソフィアが出していたような赤黒い液体がこぼれてきている。
ブラドの鬼神も、この場に出現しようとしているのだ。
「これが連鎖的な暴走って奴か」
「あ、ああ……だが、どうせ鬼神が顕現するならば近くにいたほうが対処がしやすいから、な。ワシがここにいるときで、ある意味、良かったが……ぐう……!」
ブラドの顔に脂汗が浮かんでいく。
そして苦悶の表情が濃くなっていくたびに、胸からあふれ出る赤黒い液体は増えていき、やがて人の姿を取ろうとしていく。
「クロノ少年。どうやら……もう、止められん。戦闘の合図を……!」
「わかってるよ。――気合い入れろよ、皆!!」
「応!!」
ブラドに言われるまでもない。
この異常事態が発生した時点で同級生たちと、教授の目つきは真剣なものに変化している。
最初こそ焦りはしたものの、皆、武器を構える姿に動揺はない。更には、
「サラマード! 吹っ飛んでたけど、大丈夫!?」
「問題ない。もう再生した。ワタシもやれる」
先程、ソフィアのいた地点から、思いっきり吹き飛び、地面に叩きつけられたユキノもすでに立ち上がっている。
戦闘を行うのに、何ら問題ない。その様子を見たからか、ブラドはにやり、とほほ笑んだ。
「流石は……魔王城の優秀な学生たちだ。有り難い。……それじゃあ、ワシはワシの鬼神が砕けるまで、動けんから、後は頼んだぞ。――いいか! 出現してしばらくが、チャンスだからな!」
それだけ言い残して、ブラドは赤黒いスライムにおおわれた。
そしてほんの数秒で吐き出され、後に残るのは、ブラドの姿を模倣した赤黒い物体だった。
ただし、そのサイズは、数倍に巨大化していたが。
「これが、鬼神、か」
「そうみたいだね。ソフィアちゃんの方から出てきたのも、ソフィアちゃんの姿をコピーしてる」
リザの言う通り、ソフィアの鬼神も、彼女の元の姿を模倣していた。これまたやはり、サイズは数倍に大きくなっていたが。
そして、二体の鬼神は、人のような変化するのとほぼ同時に、
「――」
思いっきり上空へ、飛び立った。
「え!? ちょっと……まだ上空の壁は作りかけだって言うのに……《ストーン・シールド》!!」
リザはとっさに、中庭の内壁を動かし、空中に天井を作った。それでも、
「――!」
飛び立った鬼神二人は、石の壁にぶち当たり、そのまま突き破った。
そして翼を広げ、飛ぼうとしていた。
「不味い! このままじゃ、外に出られる――」
「――ええ、でも、そんな事はさせませんよ」
だが、石の壁にぶつかって速度が落ちたその瞬間、俺は鬼神に追いつけていた。
「クロノ!? どうやってそこに!?」
「ただのジャンプですよ。それより――落ちろ、デカブツ二人とも」
俺は空中に飛び上がった勢いのまま、鬼神二人の羽を掴む。
「!?」
その動きに鬼神二人が、驚きの表情を浮かべる。
赤黒い物体とはいえ、ブラドとソフィアを模した顔でそんな表情を浮かべられるとは。
まるでいつものような調子だな、と思いつつ、
「せえのっ……!!」
力づくて引き合わせて、翼を引きちぎりながら、地面に向けてぶん投げた。
比較的小さな体をしていたソフィアの鬼神は、そのまま勢いよく地面した。
「さ。流石、クロノ……! 先回りが早いというか、ありがとう……」
「いや、まだ一体、空中に残ってますよ、リザさん!」
そう、巨体を持っていた鬼神ブラドには投げの威力が足りなかったらしい。
残った片翼で一度羽ばたき、落下の勢いを減らした。
そして着地した瞬間、一瞬で翼を再生させたかと思うと、
「――ゥゥゥラアアアッ!!」
上空で自然落下中の俺に向かって、突撃を仕掛けてきた。
鋭いツメを突き出しての突撃だ。
俺はジャンプは出来ても、空を飛ぶことは出来ない。
……ホント、俺は何の特性もない、ただの魔人だからなあ……!
こうして自然落下中は、もうどうしようもない。
ああ、空中で細かく動くことは出来ないが、それでも、
「……姿勢制御位なら、出来るんだよ……!」
「ヌウッ!?」
俺は、鬼神ブラドの腕を空中で掴んだ。
突撃の勢いは消せないが、傷を負わないだけ充分だ。
……空を飛ぶこの勢いには付き合うしかないけど、な。
俺の体が中庭から出て行こうとする。それは仕方ない。だが、これからやる事は伝えておこう、と俺は中庭のリザに声を飛ばす。
「リザさん! 俺はこのデカいのをを街に行かせる前に倒します! だから、そっちの小さい方を頼みます!! やばそうなら俺のダンジョンに突っ込んでおいてください!」
「わ、分かったよ! こっちは任せて……!」
そうして遠ざかるリザの声を聴きながら、俺は鬼神ブラドに運ばれるように魔王城上空を飛んでいく。
「……ったく、おっさんめ。事実と違う事ばかり教えやがって。ここからアドリブかよ……!」
鬼神ブラドに言っても望む答えは何も帰って来ない。
ただ、戦闘の空気を楽しむかのように笑ってくる。その上、
「クロノショウネン……ソフィアハワタサン……タオス……!!」
そんな事を言ってくる。
そういえば、記憶をコピーした上で動いてくるって言っていたな。
あの場でまず最初に俺を狙ってくるということは、ブラドの中に俺とやる気があったという事だろう。
「はは、そうだな。そっちがその気なら……やってやろうじゃないか……!!」
そうして、当初の予定通りには行かないまま、しかし戦う気に満ち溢れた俺たちの、吸血鬼親子を助ける闘いはスタートした。
戦闘開始です!そして多分、次かその次で決着がつきます!




