第32話 明るく真剣な準備開始
長くなってすみません! そして多分、次々回あたりも長いですがよろしくお願いします……!
吸血鬼親子の鬼神顕現は、中庭の広場を利用して行う事になった。
魔王城の中心で、もっとも外に被害が出し辛いと考えたからだ。
『私が魔王城を固くすれば、基本的に街の方には出られないと思うしね』というリザの提言もあったので基本的にこの広場で戦う事になる。
現在は超特進クラスの同級生たちが戦闘準備のために、それぞれの武器を持って集まっている途中だ。
このあと数十分後に戦闘が開始される予定で、同級生たちの表情は真剣だ。ただ、どこか明るい表情でもあった。
なんでだろうなあ、と思っていたら、
「いやあ、皆、クロノを手伝えるって分かってやる気に満ちてるねえ」
先ほどまで中庭周囲の内壁強化に勤しんでいたリザが、俺の隣に歩きよって来ながらそんな事を言ってきた。
「リザさん? 何を言ってるんですか?」
「んー? 皆の表情から読み取れる感情を言ってみただけだよ。私、夢魔だから、そう言うの得意だしね」
「いや、そうではなく。俺を手伝えるからやる気に満ちているって分からないんですが」
そう言うと、リザはくすりとほほ笑んだ。
「まあ、クロノはさ。大体のことが自分で出来てしまえるから、私たちの出る幕が無いってことが普通だから。こうして何かやれることが嬉しいのさ」
「……俺は、いつも皆に友人として世話になっているつもりですけれども」
色々と街のことを教えて貰ったり、魔王城のことも教えて貰ったり。既に何度も力を借りているつもりなんだけれどもな。
「ま、そういうのとは別種って事だよ、うん。おいおい分かるよ」
「はあ、じゃあ、今は了解って言っておきます。……それより、中庭周辺の防護強化は終わったんですか?」
「もうちょっとだね。内壁の方はほぼ強化完了で、あとは上空を大気の壁で覆っている途中だよ。教授陣勢ぞろいでやっているから、あと十分もすれば完全にガード完了すると思うから、戦闘開始の予定時刻にズレはないよ。クロノも準備はオッケー?」
「俺自身はオッケーです。ダンジョンの扉もしっかり作れてますしね」
俺の視線の先、中庭に設けられた大きな扉は、既に俺のダンジョンに繋がるドアになっていた。
「いや、本当にね。君のダンジョンを提供してもらえたことに感謝だよ」
「んー、まあ俺のは、あくまで予備、ですけどね」
念には念をということで、広場近くの扉は俺のダンジョンに繋がっている。
戦闘規模が大きくなりそうな場合はまず、そっちに叩き込む手はずになっていた。
「予備とはいえ、戦場になれば破壊は免れないからさ。本来は学生の住処を壊されることなんてあっちゃいけないからねえ」
「――ああ、クロノ少年。戦闘だけではなく、住処の崩壊を覚悟で受け入れてくれて、有り難いと思う」
リザの言葉に声を重ねたのは、ブラドだ。
「ブラドのおっさん。中庭の視察はもういいのか?」
「ああ、戦闘場所としては申し分ない。これだけ広く硬ければ、外に被害は出ないだろう。それでも――もしもの時はクロノ少年の住処に頼ることになって申し訳ないよ。罪悪感でいっぱいだ」
「いや、別にいいって。むしろ俺のダンジョンで戦った方が、戦闘環境を操りながら攻撃できるし、地の利も出来るからな」
そう言ったら、ブラドは目を丸くした。
「フィラニコス。もしかしてクロノ少年はもうダンジョン操作を身に着けているのか?」
「あー、うん。身に着けているっていうか、身に着けていたっていうかね。もう出来るよ。それも他人のダンジョンですら動かせるよ。なにせ、四百階層を超えるダンジョンの持ち主だからね」
リザのセリフを聞いた瞬間、ブラドは苦笑して首を横に振った。
「はは……こちらに来てから凄まじさを思い出していたつもりだが、やはり君は規格外だな、クロノ少年」
「あまり実感はないけどな。とはいえ、今回ばかりは広いダンジョンが出来ちまったことに感謝しているよ。多少壊されても問題ないしさ。いっそ、二百層くらい一気にぶち抜いて破壊してくれても、普通に暮らせるし」
何せ家具があるのが、ワンフロアしかない。
そのワンフロアがあればいつも通りの暮らしができる。いや、正確にはワンフロアの半分の半分くらいでイイ。
むしろ、バカでかいだけの空間が有効活用できるならそれに越したことは無い。
「だから数十から百数十層が壊れても、基本的には何てことないから。気にする必要はないぞ、おっさん」
と罪悪感を減らすための言葉を言ったつもりなんだが、
「あはは……やっぱりスケールが違うねえ」
「うむ! 山の街にいた頃よりもさらにパワーアップしてるな、クロノ少年! 正直訳が分からんが、とりあえずヨシだ!」
「最後の言葉は褒めてないよな、おっさん……!」
なぜか煽られた気がするな。まあ、そうはいっても好き勝手に壊される気はない。
……内部にソフィアのダンジョンとユキノのダンジョンを巻き込んでいるらしいから、そこも気を付けないといけないしな。
一応、ユキノやソフィアからダンジョンが壊れてもいいと言われているけども。彼女たちが丁寧に作った住処を壊されては悲しいだろうし。
俺のダンジョンに叩き込むしろ、戦法は慎重に。地の利は会っても、ソフィアたちの事を考えて油断せずに戦うべきだろう。
「――って、そうだ。ソフィアの方は大丈夫なのか? 中庭の隣にある医務室にいるって聞いたが」
俺は中庭から見える一室を見た。
白を基調とした内装を持つそこが、魔王城の中にある医務室の一つだ。
「ああ、ギリギリまで医務室で寝かせておくつもりだ。鬼神が出る時に体力が消耗するから戦闘時も意識を保つためにも、な。薬の方で鬼神の顕現はあと数時間は抑えられるだろうから、開戦タイミングはそこまで遅らせても大丈夫だ」
「そうかい。……今更だが、鬼神たちって本当にぶっ倒して大丈夫なんだよな? あと、剣で斬ったり槍で刺したりしても、ソフィアやおっさんに影響は出ないんだよな?」
同級生たちが用意している物騒な武器を見るたびに、少しその辺りが心配になってくる。そう思っての言葉に、ブラドはサムズアップと共に頷いた。
「全く問題ないぞ! 鬼神たちは血の体を持っているからな。すりつぶされても、砕かれてもワシたちには影響がない。だからなんの気兼ねなく攻撃して、倒してくれ。血の体の中にあるコアを砕けば、そこで決着だ」
「そうか。それなら、思いっきりやらせてもらうけれど。おすすめの倒し方とかあるか? 先人が倒した方法があるなら、それを習っておきたいんだけど」
「おお、いきなりそんな問い掛けをしてくるとは。クロノ少年は本当に、戦い慣れをしているんだな」
「え? ああ、まあ、田舎は見たこともない新生物がちょくちょく出てくるからなあ。新種の合成獣も多かったし。ドラゴンキメラとかもよく出て、何が混じっているのか分からないと戦い様が無かったからな」
田舎でもよくやっていたことだ。見たこともない獣がいた時は、まず爺さん婆さんに正体や生態を聞いていた。
田舎過ぎて図鑑なんてものは無いし、爺さん婆さんもうろ覚えだから、大体、獣の名前は分からないのだけれども。それでも特徴を言えばどんな動作をするかは教えてくれていたし。
今回もそのやり方と大して変わらない。
そう伝えたら、リザが口元を引く付かせて質問をしてきた。
「……ねえ、クロノ。普通はドラゴンが混じっているキメラなんて、そんな頻度で生まれないはずなんだけど。誰か、生み出しまくる魔術士とかいたのかな?」
「いや、なんか近くの谷で大量に自然発生するんですよね。特殊な構造をして、奇妙な魔力がたまっている、だとかで」
「山じゃなくて谷かー。どうなってるだろうねえ、本当に……」
と、リザがうつろな目で言葉を零し始めたが、今はそれよりもブラドに知識を求めなければ。
「昔は鬼神を飽和攻撃で倒したんだよな? そんな簡単に取り囲めたのか?」
「あ、ああ、そうだな。鬼神は基本的に顕現してもすぐには動かないものなのだ。最初は人の形すらしていないしな。血の体にワシたちの記憶と姿と力を転写しているらしくて、それを認識するのに時間がかかっているらしい」
「記憶と姿と力の転写か……。なんでもありだな」
「うむ、なんでもありだぞ。鬼神はその吸血鬼が持つ力の全てを使えるからな。蝙蝠化も出来るし、身体能力は本体が崩壊するレベルで使える。更には分裂、再生、吸血能力、頑丈性なども、そのままだな」
吸血鬼の能力は強大だ。
それはブラドやソフィアを見ていればよくわかる。
魔族の中でもトップクラスに、戦闘向きの種族なのだから当然といえば当然だが。
「考えれば考えるほど厄介なやつだなあ、鬼神って」
「そこは覚悟してもらうしかないな。とはいえ、最初だけは、多少静かだからな。その隙にクロノ少年のダンジョンに叩き込むもよし。そのまま圧殺してみるのもいい。今回の戦闘では、ワシが鬼神を暴走させれば連鎖的にソフィアのも出るのでな。開始タイミングはそちらに完全に任せた」
「了解。まあ、出来るだけあっさりと終わらせられるように、同級生と共に袋叩き出来るように頑張るよ」
俺の言葉にブラドは、はは、と声を出して苦笑した。
「ま、そうだな。あっさり終わってくれると嬉しいが……ワシが鬼神の思考をトレースすると、一番の脅威はあの武器を持った学生よりもクロノ少年なんだがな。明らかに物騒のレベルを超えているのでね。――だから、鬼神も警戒すると思うが、その警戒を吹き飛ばして倒してくれると、有り難いよ」
そう言ってブラドは拳を握って突き出して来る。
前からやっている挨拶だけれども、今回はいつも以上に力がこもっている気がした。
緊張か、それともこちらに力を託すためにやっているのかは分からないけれど
「わかったよ。慎重に、でも確実に倒させてもらうとするよ。ソフィアとアンタの為にな」
「うむ、頼んだぞ、クロノ少年!」
俺も拳を握り、ブラドと合わせた。そうして俺とブラドが決意を固めた、その瞬間だ。
――ドガン。
と凄まじい音が聞こえた。
「ッえ? な、なに!? どうしたの!?」
リザは慌てた表情で音の発生源に目をやった。。
続いて俺も、彼女の視線を追うように、そこを見た。
音の発生源は、先ほどまで医務室と中庭を挟んでいた地帯だ。
そしてその場所には、
「……!」
赤黒くドロドロとしたスライム上の物体が蠢いていた。
それも、血の気を失ったソフィアの体を引きずりながら、崩壊した医務室から中庭の方へ出てきていたのだ。




