第6話 ドミネイターズの秘密の特典
鑑定を終えて、超特進クラスについて一通り尋ね終わった頃には、かなり遅い時間になっていた。
「さて、クロノ。もう食堂で夕食を提供している時間だし、そろそろここから出ようか」
「そうですね。というか、リザさんも食堂で食べてるんですね」
「時間のある時はね。仕事で忙しいときは、別料金で部屋まで配達してもらってるけれど」
「配達とかあるんですか」
「そうだよ。ここの施設は基本的に格安で、個人別で対応してもらうときだけ追加料金が発生するって仕組みだからね」
魔王ですらも別料金を払っているのか。ちょっと驚きだ。
まあ、自分で運営費を稼ぐために超特進クラスなんてグループで動いているのだから、しっかりしているのだろう。
「だから、クロノも疲れた時は頼んじゃうといいよ。希望の場所まで、それこそ自分のダンジョンの入り口まで配達してくれるから」
「ダンジョンの入り口まで、ですか?」
「そうだよ。……って、クロノは自分のダンジョンへの帰り方は分かっているよね?」
「ええ、初等教育本に書いてありましたし、ダンテ教授に、教えてもらいましたね」
俺はポケットから小さな水晶――リトルコアを取り出す。マザーコアの子機として、ダンジョンの初作成後、学生全員に渡されるものだ。
自分のダンジョンへ行くには、この『リトルコア』という道具を使うのが手っ取り早い。
「これを握って自分のダンジョンへ行きたいと念じれば……っと」
すると、俺の目の前に、半透明をした黒色のドアが形成された。
ここを開ければ自分のダンジョンにたどり着けるらしい。
「うんうん、もう扉の形成までしっかり出来るんだね。なら、大丈夫だね」
「ええ、このほかにも、普通のドアを自分のダンジョンに繋がる扉に変化させるやり方もあるみたいですが、そっちはまだ使えませんけどね」
初等教育本にはそこまで書いてなかったが、食事の配達を使うときはそのやり方を使うんだろうな。
ともあれ、こうして入り方は分かっているのだけれども、
「……俺、自分のダンジョンが出来てから一度も中に行ったことがないんですよね」
自分の四百階層ダンジョンの地図を見たけれど、大きな直方体がいくつも並んでいるような状態だった。
ダンジョンに入ったらどのあたりに出るのだろうか、と予想も付いていなかったりする。
「あー……そっか。ダンジョンが出来るなり、私たちがたくさん付き合わせちゃったもんね。ということは、ダンジョンの中の設備とか全くないってことだよね?」
「そういうことに、なるんですかね」
ダンジョンの中は初期状態だと、家具や道具は何もないのが殆どだとオリエンテーションで学んでいる。
つまり、これから住む場所だというのに、俺のダンジョンにはベッドの一つもないんだろう。
……金は今日稼げたから、家具は買えるだろうけれどなあ。
時計をみれば、もう時刻は夜だ。
「城下町の店、今から行っても開いてないですよね」
「多分ね。今開いてるのは酒場か宿屋くらいじゃないかな」
「ううん。それなら仕方ないですね。雨風を凌げて獣に襲われないなら、田舎での野宿より何倍も安全でしょうし」
今日は、ダンジョンに転がって寝ていよう。そう思っていたら、
「クロノの田舎で野宿は怖そうだなあ。――ただ、大丈夫だよ。今からでも、住まいの環境はある程度は整えられるからね」
「え? どういうことです?」
「こういうときのために、倉庫があるんだよ」
リザが向かったのは、ダンジョンに通じる扉の横にある木製のドアだ。
そこを開くと、中には巨大な棚が鎮座している空間が広がっていた。
外からは予想が出来ないほど広大な空間だ。これもダンジョンの一種なんだろうか、と思っていると、
「えーっと……確かこの辺に置いていたはず――っと。あった!」
リザは巨大な棚の中から、白くて大きなマットレスのような物を抱えて戻ってきた。
「はい。これを持っていくといいよ!」
そして俺に手渡してくる。
見た目は普通のマットレスに見えるが、
「この部屋の倉庫にあったということは、これ、魔王の遺産ですよね」
「そう、歴代魔王の家財だよ。ダンジョンから何かを取ってきたはいいけれど、その時売るのが惜しいものとか、とりあえず売りたくないってモノはここに放り込んで管理してるんだ。だから――そのマットレス、クロノに上げるよ」
「え、それ、大丈夫なんですか?」
貴重なものだろうに、俺が持ち帰ってしまっていいんだろうか。そう思って尋ねると、
「えっと、本当はこの部屋と魔王のダンジョン、そして私の部屋以外に持ち出すのは駄目なんだけどね。今日はクロノに凄くお世話になったから特別」
言いながら、リザは人差し指を口元にあてて小さく笑った。
「――だから、このことは私とクロノだけの秘密ね?」
彼女は魔王なのに凄くかわいらしい仕草をしてくる。
その様子に、少しだけ面をくらいながら俺は頷く。
「了解っす。でも、管理する人がいるのなら、バレるような気もするんですけど」
「あはは、大丈夫大丈夫。私が使ってるって事にすれば全く問題ないから」
この魔王は本当に軽いな。
ただまあ、家具がなくてちょっと困っているのは確かだ。
「それじゃ、有難く使わせて貰います」
「うん、使い心地は保障するよ。そのマットレスは第十代魔王が開発した、『癒しの昼寝具』ってモノなんだけど、寝付きをよくする力と、睡眠による回復効果を二倍にしてくれるっていう特殊能力があるからね」
「なんだか説明を受けただけでも凄そうなものですね、これ」
「実際凄いんだよ。でもまあ、ここにいる人たちはみんな自前のベッドがあるから、一切使わなかったけどね。もしもの時の仮眠用にってことで放り込んであったけど……」
リザは棚の中にある品物を撫でつつ、周囲に置かれた魔王の遺産を見やる。
「これ以外にも、凄いものがたくさんあるんだよ。でも、せっかく歴代魔王のダンジョンで腐らせておきたくなくて持ち出したのに、結局こっちでも仕舞われていてね。勿体ないなあっていつも思っていたんだ……」
そこまで言って、リザは俺に悪戯っぽく笑いかけて来た。
「――そうだ。この際だから、クロノ、この中で使えそうなものを適当に持っていってよ。もう大盤振る舞いしちゃうからさ!」
リザは棚の中にある品物に向けて両手を広げ、アピールしてくる。
「あの、かなり思いつきで喋ってる感じがしますけど、本当に良いんですか?」
「魔王の私が言うんだから問題ないって。道具は使われた方がいいんだしさ」
リザがそういうのであれば、お言葉に甘えて使わせて貰うけれども。
ただ、持ち運びが大変そうだ。
「マットレスだけでも、結構でかくてかさばるからなあ」
「うん? それなら、このままダンジョンに放り込んじゃえばいいんじゃない? さっきの扉を使って、さ。魔王の家財は頑丈だから、そのリトルコアを使って小さな扉を作って適当に入れても問題ないと思うよ」
なるほど。ダンジョンにはそういう使い方もあるのか。
確かに、念じれば扉を作れるのだし、アイテムボックス代わりには出来る。
気軽に取り出せるかは分からないけれども、入れるだけなら簡単だ。
「君のダンジョンは四百階層もあるから、物で溢れることもないだろうし。倉庫代わりにも使えると思うよ」
「そうですね……なら、今のうちに魔王の遺産を適当に入れさせてもらいます。リザさん、なんか家財道具として使えそうなもの、教えてもらえます?」
「うん、いいよー。どんどん持ってちゃって。クロノがドミネイターズに来てくれたお祝いにもなるからねっ!」
そんな感じでリザに話を聞きながら。俺は自分のダンジョンに、使えそうな魔王の家財をいくつか取り込んでいった。
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