第29話 一難去ったあとには
ブラドの返答に、まず反応したのソフィアだった。
「お、お父様? そ、その事、だ、誰かに聞いたんですか? もしかしてリザさんが説明してくれた、とか……」
「いや、聞くまでもなく、ソフィアの体に隷属の鎖がうっすらと見えていたしな。少し観察力があるものが見れば、丸わかりだったぞ?」
「俺、あんまり命令形の言葉は言わなかったはずなんだけどな……」
言った時もある。ただ基本的に、ブラドの視線を確認してからで、最新の注意を払っていたのだけれども。
「いやあ、ワシを舐めて貰っては困るなあ、クロノ少年にソフィアよ。これでも王だぞ、ん? うっすらとした隷属化すら見極められるくらいには、眼力も鍛えられているのだよ」
ああ、うん、隠す意味すら無かったようだ。
「というか先ほどの神妙な感じから察するに、クロノ少年が昨日から、何やらそわそわしていたのはその件で話があったからなのか?」
「ああ、まあ、その通りだよ。知人の娘を支配して奴隷にするとか、普通にヤバイことだろ? それを父親であるおっさんに告白するってのは、俺だって緊張するさ」
そう言うと、ブラドは真顔で頷いた。
「うむ、やはりクロノ少年はそう言うところは常識的だな。ただ、ワシは君がそういう人間だと分かっていたし。何より、ソフィアが嫌そうにしていなかった。――それだけで特に何か言う事でもないのだよ」
「俺が支配で、嫌な顔をするなって操っている可能性は考えなかったのか?」
聞くと、ブラドは意外そうな顔をした後、微笑した。
「はは、さっきも言っただろう。ワシは人を見る目も衰えたわけではない。ソフィアを雑に扱ったり、蔑ろにしているのであれば、即座にクロノ少年に対して全身全霊を持って、必殺の攻撃を加えていたが……そんなことは無いのだろう?」
「は、はい! クロノさんはとてもよくして下さっています! 本当に、朝も夜もいつもお世話になってばっかりで」
「ソフィア。力説してくれるのは有り難いが、その発言は微妙に誤解を生みそうだぞ?」
「あ、す、すみません! で、でも、本当にお世話になっているので……」
というような俺たち二人のやり取りを見て、ブラドははは、と声を上げて笑った。
「まあ、そのやり取りを見ていれば、あまり問題はなさそうだと思ったわけだ。だから、堅苦しくなる必要はないってことだ! はっはっは!」
若干嬉しそうな声にも聞こえる笑いに対し、俺の横にいたユキノは唖然としていた。
「あのさ……吸血鬼王というか、ソフィアのお父さん、凄いね、クロノ」
「そっすね。これほどまでおっさんが豪快だとは思わなかったぜ……」
「いやあ、なんというか、本当にすみません」
「ああ、ソフィアが謝る必要はないぞ。俺が色々と予防策を張りすぎただけだからな」
なんて俺たち三人で話していたら、
「ごめん、お待たせ!」
応接間の扉が開いてリザがダッシュで入ってきた。
「ごめんね皆ー。色々と講義の準備が長引いちゃって――って、どうしたのこの雰囲気? なんか凄く色々な感情が混じりつつ、終わった感があるんだけど」
「ええ、まあ、確かに、色々と終わりました。リザさん、とりあえず、隷属化の問題について、こちらの話は付きました」
「へ……? も、もう話しちゃったの!? い、色々、どんな対応も出来るように準備していたのにー」
「あー……、なんかまあ、すみません」
そんな感じで混乱するリザを横に置きつつ。
この件は、割と問題なく沈静化したようだった。ただ、その後で、
「さて、クロノ少年からは事情を聴いたが、フィラニコス。君からはの事情はまだ、聴いていない。説明責任という奴があるだろう? だから、ゆっくり話そうじゃないか、クロノ少年。そしてソフィア。この子たち二人の関係がどうなっているのか、ワシにじっくりしっかり、聞かせてくれると嬉しいなあ!」
楽し気に、しかし有無を言わさぬ迫力で、ブラドはそんな言葉をリザに向けるのであった。
「あ、あー……これは、私の方はまだ、終わってなかった、みたいだね……」
「そうみたいっすね。頑張ってください」
「が、頑張るから、クロノとソフィアちゃんもサラマードも、説明手伝ってー!」
●
ブラドに対する、ソフィア隷属化事件の説明は、リザを交えて数分ののちに終わった。そして、
「ふうむ、理解したぞ。――やはり、事故だな」
ブラドはそう結論付けた上で俺を見てきた。
「いやあ、クロノ少年のことだから、想定外のことを引き起こしたのは想像に難くないと思っていたが、やはり、ある意味予想通りだな!」
「おい、その予想はおかしいというか、ブラドのおっさんまでそういう認識してるのか」
「む? そんなものは当然じゃないか。何せ、クロノ少年を見ていて想定通りに言った事など、ほぼないからな! 君は基本的に常識から足を踏み外しているし。無論、ほめ言葉だぞ?」
胸を張って言われたよ。
足を踏み外しているとか明らかに褒めているとは思えないんだが。
「そう言った変わった褒め言葉を目の前で聞かされる奴の気持ちにもなって欲しい所だな……」
「ははは、クロノ少年の気持ちを味わうにはとんでもない苦痛を経なければならなさそうだから、遠慮しておこう。――ともあれ、まあ、この件に関してワシはどうこう言うつもりはないよ。当人同士の問題だ。それは当人同士で解決してもらえばいい」
ブラドはそう言い切った。
つまり、この問題に関しては、完全にケリが付いたという事だろう。
その事実にリザは汗を額に浮かべながらも、笑みを浮かべた。
「いやはや、本当にこっちの不祥事を許容してもらえて助かるよ、グレイブ王」
「不祥事を許容したというよりはクロノ少年だから、許容できただけだからな。これがもし信用できない者によって引き起こされていたのであれば、ワシは暴れていただろうしな」
ブラドは微笑しているが声は本気だった。
割と怖いので、リザの表情も引きつっている。
「い、いや、ホント。クロノ、ありがとうね。君のお陰で私も命拾いしているよ……!」
リザは俺の手をぎゅっと握って崇める様に気持ちを伝えて来る。
「いや、事故なんですから、礼はいらないですよ。ブラドのおっさんも脅すなって」
「ははは、これは冗談だともさ。君以外にマザーコアを掌握できるような魔族がいたら、それこそ驚きだし、世界を揺るがす大発見になるのだから。だからまあ、先ほどのは冗談に決まっているのさ。クロノ少年ジョークという奴さ」
「人を勝手にジョークの代名詞にするな」
「はは、すまんな。フィラニコスもそこまで気にすることはないさ。うむ、冗談だからな」
「はあ……もう、心臓に悪いなあ」
そんな呆れの声を出しつつも、リザは安堵の声を浮かべる。
それを皮切りに、応接間から緊張の色がなくなった。
とりあえず、暴動が起きることもなく落着出来て、本当に良かったと、俺も安心するのだった。
「でもまあ、これで一件落着ってことでね。この後は超特進クラスの講義があるけどグレイブ王は見ていくんでしょ? ソフィアちゃんも出るだろうし――って、ソフィアちゃん?」
会話の途中、不意に、リザが目線をソフィアの方に移した。
そのまま、じっと彼女の顔を見る。
「な、なんでしょうか、リザさん」
「……いや、何でしょうかって、顔色悪いよ? 魔力も淀んでいるし、どうしたの?」
「へ……? 顔色って……」
見れば確かにソフィアの顔から疲労の色が出ていた。
朝方見た時よりも、明らかに具合が悪くなっているように思えた。
上半身もわずかにフラフラさせていて、どうにも力が入っていない。
ここまでなっているのに、自覚が無いのか、と驚いていると、
「あれ……?」
ソフィアがふらりと、上半身を倒した。
第二章クライマックス開始です。




