第27話 噂の英雄と事実確認
巨人喧嘩騒動を経て魔王城に入るころには、既に夕方を過ぎて夜になっていた。
……家具屋の前の大通りから城まで歩くだけだったのに、こんな時間になるとはなあ。
リザたちをかなり待たせてしまっているだろう。
そんな事を思いながら、俺は吸血鬼親子と共にいつも使っている応接間にやってきていた。
するとそこには既にリザが座っていた。そして、俺たちを見て、
「いやあ、お帰り皆ー。遅かったねえ。なんか、喧嘩の仲裁をやって、大変だったみたいだけど」
リザが開口一番に、労うような言葉を掛けてきた。
「え、リザさん、もう知っているんですか?」
「そりゃ、城下町で起きた大体の事や、噂は魔王城の方に逐一報告が入ってくるからね。当然知っているよ」
「噂と報告、ですか?」
「うん。魔王城にいる学生が、酒場街での暴走事件を止めたってかなり噂になっているそうでね? クロノとソフィアのお父さん二人合わせて、『酒場街の二英雄』だなんて言われているみたいだよー」
「マジですか……」
なんでそんな大層な名前になっているんだ。
自分たちは通り掛かりの喧嘩を止めたっていうだけだ。
「まあ、酒場のある大通りであれだけ大騒ぎすればね。目撃者も多いだろうしお話し好きな大人たちが面白い話として語っちゃうからねえ。もしかしたら尾ひれもついているかもしれない」
「こちらとしては面白さを感じられないんですが、どんな話になってるんですかね」
「凄いよ、巨人を素手で抑え込み、獣人の突進を片手で弾いた魔族らしからぬ男がいる、とか、一瞬のうちに酔っ払いをぼこぼこにした吸血鬼の老人がいた、とか、かな」
「あ、それならいいです。尾ひれついてないんで」
とんでもないうわさを流されているなら困ったことになったし、止めて貰おうかと思ったけれど、基本的に事実だった。
なら問題ないだろう、と思っていたら、先ほどまで喋っていたリザの動作が少しだけ止まった。
「うん……知ってた。多分そうだろうなあって。知ってたよ。知ってたけどさあ……」
そして若干、重い息を吐きながら言ってきた。
微妙に俺とブラドを半目で見ているような気もするんだが、何か思うところでもあったんだろうか。
「クロノとグレイブ王の動きは、よく見なきゃ何しているのかも分からなかったって話だったからね。……ホント、二人とも、どんな動きしたの?」
「いや、その、普通に巨人と獣人が殴りかかってきたのを止めただけなんで。大したことはやっていないはず……って、なんでそこで半目を向けて来るんですか、リザさん」
「あはは、ごめんごめん。なんかクロノが普通って言った瞬間に、ちょっと察しちゃっただけだから。うん、きっと凄かったんだろうなあって。……ね、ソフィアちゃん」
「え、ええ、まあ、とんでもなかったですね。お父様の素早さも、クロノさんの腕力も」
「あー、やっぱりねー」
なんで動いた本人ではなくソフィアに聞いているのか。
しかもなぜソフィアは肯定しているんだろうか。
ただのパンチを受け止めるなんて、誰でもできる事なのに。
というか、ソフィアの父親の方が俺以上にやばい事をやっていただろう。
同列扱いされるのはどうなんだ、と俺がブラドの方を見ると、彼はニッと笑って俺の肩を叩いてきた。
「ははは、まあ、良いじゃないか、クロノ少年。称賛の言葉は素直に受け取っておくに限るぞ。……して、フィラニコス、ワシの娘について何か称賛は無かったりするのかな? うん? 噂になるとしたら、ワシの可愛い娘も話題になっていなければおかしいと思うのだが」
「……ブラドのおっさんって、結構親バカだよな」
「ははは、娘のためになら馬鹿にでもなんでもなろうさ。それで、どうなんだ、フィアラニコス?」
親バカを発動させ始めたブラドに対し、リザは苦笑しながら口を開いた。
「ああ、ソフィアちゃんはね。酔っ払いにもやさしい声を掛けてあげてたのと、酔っ払いがボコボコにされていた所に静止の声を掛けていたことで、『マジ聖女』とか言われていたよ」
「わ、私までそんな事を言われてるんですか……」
ソフィアは困惑半分恥ずかし半分といった顔で、頬を掻く。
「うむうむ! 優しい我が娘にぴったりな良い表現だな!」
何故本人よりも親の方が喜んでいるのか、と疑問に思うくらいブラドは力強い声と共に頷いていた。
それだけ娘を大事に思っているという事なんだろうけれども、それを知る度に、隷属云々の報告のハードルが上がるなあ、と思っていると、リザがパンっと手を打ち鳴らした。そして、
「ま、それはともかくさ。三人とも、喧嘩やらなにやらで、ちょっと疲れたでしょ? ここまで来ておいてもらってなんだけどさ、今日はもう遅いし、グレイブ王が宿泊する部屋を案内しようと思うんだけど、いいかな?」
そんな提案をしたリザをブラドは真っすぐと見つめ、少し考えてから、応接間の窓の外を見た。
「ふうむ、確かに……もう夜だものな」
「そうそう。講義もないからさ。グレイブ王の目的であるソフィアちゃんの講義参観も出来ないわけで、だったら今日はもう、お開きにした方が良いと思ったんだ」
リザの言葉に、ブラドは再び少し考えた上で、首を縦に振る。
「そうだな。そうしてもらおう! 今日は突発的に来たものだから宿探しもしていないし、泊めて貰えるというのも助かる! ありがとう、フィラニコス」
「そりゃまあ、一国の王を城下町の宿屋に放置したりはできないからね。まあ、久しぶりに魔王城を使ってよ、グレイブ王」
「うむ! 了解だ。この魔王城に留まるなど久しぶりだからワクワクしてくるな」
「あはは、じゃあ、ついて来てグレイブ王。昔と変わった点も含めて、案内するからさ」
そう言って、リザは立ち上がりこちら側の横を通り過ぎて、応接間の外へと出て行った。
そんな彼女にブラドは付いて行きながら、俺たちのほうに顔を向けて来る。
「それでは、お先に失礼するぞ、クロノ少年、ソフィア。……とはいえ、案内が終わった後、また、こちらに戻ってくるのでな。風呂にでも入りながら昔のように話そうじゃないか!」
そんな言葉を力強くかけてきながら、ブラドは応接間を出て行った。
あとに残されるのは、俺とソフィアの二人だけ。
それを気配で確認した後で、俺は応接間のソファに座る。
「ふう、とりあえず、台風みたいなおっさんが一旦去ったわけだけど……これ、大変そうだなあ」
「あ、あはは……ウチの父が騒々しくてすみません」
「いやまあ、騒々しいのは良いんだけどさ。あのおっさんも悪い人じゃないし」
それに、今回のことで、ソフィアを大事に思っていることも理解できたし。性格も大分知ることが出来た。
「うん、そうだな。いい感じに時間も出来たんだ。ここで俺たちだけで軽く作戦会議しておくか。ソフィアも、ブラドのおっさんの地雷になりそうな言葉や態度があったら教えてくれると助かる」
「はい。分かりました! 私もお父様に分かってもらえるように努力しようと思います!」
とりあえず、今日は乗り切った。
あとは明日か明後日辺りが勝負の時間帯になりそうだ。
そんな思いを軽い緊張と共に抱きながら、俺たちは今後の方針について話し合う事にしていった。




