第18話 田舎とは違う部分
俺は魔王城の城下町に足を踏み入れていた。
「これが……都会の街か……!」
初めて訪れることになった城下町はとても広く、そして賑わっていた。
きれいに整備された道には。大勢の通行人がいる。
道沿いには様々な店舗が並んでおり、道行く人々が出入りしている。
それらの店舗はどれも華々しく見えた。
「おお、マネキンに服が着せてある。あれがショーケースってやつか……」
「ふふ、そんなに珍しいですか?」
ソフィアはそんな俺を微笑みながら見ていた。
完全におのぼりさん丸出しの言葉を口にしていたのだから当然といえば当然だ。
ちょっと恥ずかしいが、それでも驚いているのは本当のことだし、仕方ない事でもある。
「まあな。俺の田舎じゃこんな街並みは存在すらしないからさ。あって酒場と宿屋、あとは道具屋くらいでな。こんなの完全に初見だし驚くさ」
とんでもない山奥にある地元にこんな店があっても、立ち寄る人がほとんどいないから、存在するわけがない。
さらに言えば、これだけのヒトが出歩くような光景も、活気にあふれた老若男女の声も、全てが新鮮で驚くべきことなのだから。
「興味本位で聞きますけども、クロノさんの地元ってどんな街並みをしているんです?」
「街並みって言っても普通だぞ? 民家があって店があって。ただ、特定の店だけ配置がひどくてな。民家と酒場は近いんだけど、道具屋が谷を跨いでいてさ。谷底まで数百メートルもあるくせに橋が無いから行くだけで何十分か掛かるし、道もあんまり整備されていないからこんなに賑やかじゃないんだよなあ」
そう言ったら、ソフィアの表情が固まった。
「あの、橋の無い谷を数十分で渡れるって……えっと、どうやってですか?」
「え? いや、前に見せた壁登りを利用して降りてな。その後、軽く泳いで、垂直の岸壁をまた昇るんだよ」
「垂直の壁を、水に濡れた状態で? 数百メートル分?」
「おう。子供のころはきつかったけど慣れれば出来るもんでさ。……いい加減、橋を作れと思って作ったこともあったんだけど、結局雪の重さや、自然災害で吹っ飛ぶから、そういうやり方に落ち着いたんだ」
あんまりいい記憶じゃないなあ、と思いながら話していると、ソフィアとがぎこちない笑顔を向けてきていた。
「なんというか……そこで普通に生活していたら、あの身体能力も納得という感じがします」
その言葉に、俺の腰横にひっついていたユキノも頷いている。
「うん。銀狼の特殊部隊訓練でもそこまでハードなのはやらないかなあ……」
「あの、人の田舎生活を特殊部隊訓練扱いしないでくださいよ。大体、俺も、多少はつらいと思っていたんですから」
そう、それを考えたら、この城下町は天国だと思う。
「ああ、向こうは本屋でこっちは食い物の出店。向こうは素材屋に、武具屋か。どこも人がいて……うん、やっぱりこの街は過ごし易そうで凄いや。下手すると迷っちまいそうなくらいに広いし」
そんな素直な感想を口にしていると、ソフィアの表情が楽しそうに微笑みに変わった。
「ふふ、そうですね。クロノさんには驚かされてばかりですけれど、今回で初めてクロノさんの驚く姿が見れて嬉しいです。ここでなら私も少しは役立てそうですし。道案内などは、任せてくださいね」
「ああ、それと買い物の目利きについても頼りにしているよ。……いやしかし、魔王城だけでも相当な施設があると思っていたけれど、この街もとんでもなく充実してるわ」
「充実しているのは、理由がある、よ」
俺が改めて驚きの言葉を口にしていると、ユキノが俺の服の裾をくいくいと引っ張りながら言ってきた。
「理由ですか?」
「うん。この街は各時代の魔王たちが、全力で発展させようとして、力を注ぎこんできたから。歴史と最新鋭の力が積み重なっているの。そのせいで多少、周囲よりも文明レベルが高くなって、歪になっているけど」
ユキノのセリフに、ソフィアも頷く。
「そうですねえ。吸血鬼の国の首都もそれなりに発展しているとは思いますが、それでもこの城下町ほどではありませんし。凄い所であるのは確かですね」
「へえ、そうなのか。魔王たちの積み重ねって凄いな……」
そしてこんな賑やかで凄い町で一年間も過ごせるとは、本当に魔族の風習様々だな。
学生期間を活かしてしっかり楽しませて貰おう、と思っていると、
「ねえ、クロノ」
ユキノが再び俺の裾を引いてきた。このセンパイは俺の裾を引くのが癖になっているようだ、と俺の腰横がすっかり定位置になった彼女を見ると、
「これから何をするの? 予定は、あるの?」
そんな質問をしてきた。
「ええと、とりあえず街を見るっていうのが第一目的で、後は流れで何か買い物をしたりしようかなってくらいですね」
「そう……なら、まずは酒場で何か飲み食いしていかない? お買い物は、その後でも出来るし、……ご飯、まだでしょ?」
言われて思い出した。
そういえば、今日はまだ昼飯を食べていない。そう思ったら空腹感が来たな、と腹を押さえていると、
「この近くに行きつけの酒場がある。ご飯もおやつもお酒も美味しいのが置いてあるから、好きなだけ食べるといい。今日は、クロノの街デビューってことで、ワタシの奢りだから。もちろん、ソフィアも奢るよ」
「マジですか、ユキノさん?!」
「え、わ、私も、イイんですか!?」
「問題ない。むしろ、行きつけの店に、二人を紹介できるから、ちょうどいい」
ユキノは俺とソフィアに微笑みかけながら言ってくる。
先輩から奢られる経験なんて今までなかったので、正直、かなり嬉しい。
「決まりかな? ……じゃあ、行こうか」
「は、はい、ありがとうございます!」
「ごちになりますユキノさん!」
そうして俺はワクワクしながら、初めての先輩の奢りによる外食に向かうのだった。




