第4話 初代魔王のダンジョン 攻略完了
初代魔王のダンジョンは、石造りの巨大な通路で構成されていた。
……これが、魔王のダンジョンか。
超特進クラスの部屋にある扉をくぐると、いきなり石造りの通路だったから少し驚いた。
けれどダンジョンに入る時というのは、別空間に出入りするようなものだと、今日の講義で学んでいたので、驚きはすぐに収まった。
……むしろ、ダンテ教授のお陰で石造りの部屋には慣れているからな。
そのせいか、意外と普通な感じがする。さらにいえば、
「ここ、モンスターの気配が全然しない、ですね」
魔王のダンジョンにはモンスターがいるものだ、と学園の教材で学んでいたので、そちらのほうがびっくりすることだった。
そう思っていると、リザが頬を掻きながら苦笑した。
「それは私たちが発生源を片付けちゃったから、だね。安全なのが一番だから、全部つぶしちゃったんだ」
「そういえば九割くらい探索済みって言ってましたね。そのついでに潰したんですか」
「うん。もうここには数百回くらい来ているから、危険なところもそうじゃないところも案内できるよ。もしものことが起きても、ほら、私が回復薬を持ってきているから大丈夫!」
リザは懐から銀色の液体が入った瓶を取り出した。
「これも魔王の遺産でね。死んでも生き返るくらい強力なものだから、きっちり君を守れるよ!」
「ああ、ありがとうございます。使わないことを祈りたいですね」
しかし、死人を生き返らせるほどの回復薬とか、歴代の魔王はとんでもないものを持っているんだな。
魔王のありえないような逸話や伝説は、学園側から渡された本で掲載されているので、読んだことがあるけれども。
遺産であるアイテムの凄さを見るに、逸話に嘘は少ないのかもしれない。
「まあ、気をつけていきますよ」
「うん。この初代魔王のダンジョンは石造りの通路が少し続いて、あとは寝室があるだけの単純な構造だから、気を付けていれば安全なんだよね。この先のT字を左に曲がったら寝室。右に曲がったら行き止まりで終わりだし」
ずいぶんと質素な構築だが、気持ちはわかる。
帰って寝る場所さえあれば、とりあえず満足できるしな。
そもそも通路そのものも広くて部屋のように扱えそうだし、そこまで個室数は要らなかったんだろう。
「なんとなく初代魔王とは気が合いそうです」
「あはは、まあ、歴代の魔王でここまで狭いダンジョンに住んだ人はいなかったからね。といっても、初代魔王は罠が大好きな人だったから。残っている罠とかもあると思うし。そこだけは本当に気をつけてね」
「ああ、それは怖いので慎重に歩きますよ」
体験で怪我とかしたくないし、と思いながら通路を歩き、T字路に足を踏み入れた瞬間だ。
――カチッ。
と、足元で何かを踏んだような感触がした。
「え?」
瞬間、数十本の槍が、目の前の壁から突き出された。
「――うおっ!?」
数瞬前まで俺の体があった位置を刺突していく。
「おお、本当に、かなり危なっかしいトラップが残ってるんですね」
重さで反応して、槍が飛び出してくる罠か。
ギリギリ避けられたから良かったけど、もう少しで怪我をするところだった。
と胸をなでおろしていると、
「えーっと……。クロノ?」
回復薬、とラベルの張られた瓶を手にしたリザが、俺のことをじっと見ていた。
「なんですリザさん? ちなみに怪我はしてないですから、その回復薬は開けなくて平気ですよ」
「うん、それは、良かったんだけどね? ……物凄い速度で突き出された槍、どうやって避けたの? 明らかに槍の間合いに入っていたと思うんだけど」
どうやっても何も、やったのは普通のことだ。
「いや、普通に前から槍がきたんで。頑張って見て、頑張って体を捻って避けました。穂先が細かったのが有難かったですね。十字槍とかだったら刺さってましたよ」
「私、槍の穂先とか視認できなかったんだけど。……あの速度を見切れるんだね」
「ええ、まあ。田舎あるあるですけど、肉を食うために野鳥を取ったりするんですよね。その鳥の速さってこの位なんですよ。だから避けるくらいはいけるんです」
ただ、流石にダイレクトキャッチしたりするのは難しい。
だから、出来るのはちょっと身をかわすことくらいだ。
「そうなんだー。……やっぱりクロノの田舎は、ちょっとおかしい気もするなあ」
「普通の山奥の村なんですけどね。しかし、さっきのスイッチで、一気に罠だらけになりましたね」
俺はT字路の分かれ目から左右を見る。
右の通路には振り子付きのギロチンが出てきて道をふさいでおり、左の床からは鋭利な虎ばさみが大量に湧き出ていた。
先ほどまでは無かったものだ。
「わ、本当。さっきのは罠召喚の罠だったのかもね。ダンジョンを操れない人はここを通さないぞーって言ってるような配置みたいになってる。――でも、私たちはダンジョンを動かせるから、あんまり効果は無いけれど」
リザは言いながら、軽く左手を振る。
「そこの虎ばさみたち、集まって、固って」
彼女の言葉だけで、虎ばさみが一瞬で、ひと塊になった。
そのまま混ざり合って、あっという間に一個の金属玉になってしまった。
「それは、ダンジョンを動かす力で罠を壊したんですか」
「そうそう。ほら、クロノも色々試してみて。ちょうどよく罠もたくさん出て来たし、君の力なら、なんだって動かせるから」
そうか。ならば、とりあえず、さっきひどい目にあった槍衾をどうにかしようか。
近くにあんな物騒なものがあると落ち着かないし、と俺は目の前の槍たちを見る。
壁に連結しているから、今日の講義でやったことをもう一度やってみるかな。
「あの壁が横に動いてくれれば、槍は全部壊れるはず」
そうイメージして、言葉にしながら腕を横に振った瞬間、
――ドゴンッ!
鈍い音を立てて、向かい側の壁が勢いよく横にスライドした。
あまりの勢いに砂埃が通路に立ち込めるほどだ。
そして当然ながら、槍衾は根元からぽっきりといっていた。
「わー、派手にやるね、クロノ」
「……ええ、その、勢いとかは想定してませんでしたね」
というか、割と軽快に動くんだなあ。
感覚で動かさなきゃいけないから案外難しい。
「いやいや、クロノのダンジョンを支配する力、本当に凄いね。初代魔王のダンジョンですら軽々と動かすとか、ちょっと想像以上だよ……」
「まあ、何と言いますか。結構動くもんなんですね。魔王のダンジョンって」
意外と自由に動かせてしまっているので、なんだか落ち着かない。
「うーんとね、そこは補足しておくけど、クロノみたいに動かす人はいないかなあって、私は思うな。このダンジョンの壁を動かしたのって君が初めてだし」
「え、でもリザさんはさっき、応接間の壁を動かしていたじゃないですか」
それと同じことをやっただけだ。
別に俺だけじゃないだろう。そう言ったら、リザは首を横に振った。
「自分のダンジョンなら、そりゃ出来るけどね。ここは魔王のダンジョンだから、他人のダンジョン支配に対する抵抗力も強いし、普通は罠だけ壊すのがやっとなんだよ?」
「あ、そういうものなんです?」
「うん、そういうものなの。まさか、区画ごと動かしちゃうとは思わなかったよ。発想とやる事のスケールが違うや」
ふふ、と彼女は楽しげに、感心するような声で笑った。
正直、俺としてはあの罠を壊すイメージが難しかったから、根本から砕く想像をしただけなんだけどな。まさかこんな結果になるとは。
……なんにせよ、魔王のダンジョンでもイメージを言葉に出すと、簡単に動いてしまうのは理解したぞ。
これからダンジョンを動かす力を使うときは、もう少しきっちり考えておく必要がありそうだ。じゃないと危ないし。
「ともあれ、罠も潰れたし、砂埃が晴れたら行こうか。さっき私が虎バサミを取り払った道が正規ルートだからね。そこの寝室を見たら終わりにしよう。右は行き止まりだから、わざわざ行く意味もないし」
ああ、そうだった。
このダンジョンはやけに広い石造りの通路と、T字路。そして寝室で終わりなんだよな。
……色々あったけど、ダンジョン探索はちょっと面白いかもな。
罠が一杯のダンジョンは嫌だけれども。超特進クラスの人から色々な知識を聞きながら、こういうダンジョンを見ていくのは楽しいな。
なんて頭の隅で考えていたら、
……あれ?
ふと、気付いたことがあった。
砂埃が明らかに目の前の空洞に吸われている。どうやら結構広い空間があるようだ。
「リザさん。なんだかT字路の壁に変な空洞が出来てるんですけど、この先、小部屋とかあるんですか?」
だから聞いたのだが、
「え? 壁に空洞?」
リザは知らなかったようだ。
不思議そうな顔で首をかしげて前を見ている。
ただ、その表情はやがて、驚愕に変わった。
「え、嘘。前にここを探索した時は部屋なんてなかったのに……。まさか罠の中に部屋を仕込んでいたなんて……!」
槍衾があった壁の奥には、人が数人くらいは入れそうな空洞が出来ていた。
そして、その床には、金色に光る球体が転がっていた。
「あの小さな球体って、もしかして新しい罠か何かですかね?」
「ううん、違うよクロノ。あれは、あれが……魔王の遺産だよ!!」
言いながらリザは、黄金色に光る半透明の球体に走り寄り、手に取った。
「この二つ、こんなところにあったんだあ。初代魔王が書いていたお宝リストにはあったけど、今までずっと見つからなかったんだよね……」
なにやらリザは感動しているようだ。
ただ、俺からすると、なんで感動しているのか、よくわからない。
「えっと、リザさん。どういうことか説明をしてもらってもいいですか?」
だから尋ねると、リザは俺の目の前に黄金色の球体を差し出しながら答えて来た。
「うん。さっき九割踏破したって言ったでしょ? だからこのダンジョンの遺産はほとんど取りつくしていたんだけど、残りの一割。どうしても見つからない遺産が二つあったんだ。それが、この『初代魔王の指輪』と『黄金の保存箱』なんだよ」
指輪?と一瞬首をかしげそうになったが、よく見れば球体の中には、黒い宝石が付いた指輪が納められている。
この球体は箱代わりなのかもしれない、なんて思っていたら、
「それじゃ、はいクロノ」
リザはその球体と指輪を渡してきた。
「え? なんで俺に?」
「この遺産は君が見つけたから、君が持つべきなんだよ。何度も何度も探して見つからなかったのに、まさか入って一発目の君が見つけるなんて……。クロノは、魔王のダンジョンを踏破して支配できる素養があるよ!」
そして球体を持つ俺の両手をぎゅっと握りしめてくる。
「素養って、俺はたまたま罠にはまって、偶然、遺産を見つけただけですよ?」
「その偶然が大事なのさ! 今まで誰も出来なかったんだから。――そして、クロノ。これは君がこのダンジョンを支配して、踏破しきった証だからね。胸を張って持ち帰ってよ!」
「お、おう。分かりました」
そんなわけで。
俺の一回目の魔王のダンジョン探索は、予想以上の成功を収めたようだった。