第6話 エアポケットの温かみ
昼間から一時間だけしか潜っていなかったので、十代目のダンジョンから戻ってきても、外はまだまだ明るかった。
「これなら、城下街か、城の商店に行けるな」
よくよく考えてみれば、今日まで俺は自分のダンジョンと超特進クラスと歴代魔王のダンジョンを行ったり来たりしているだけだった。
これはこれで楽ではあるのだけどさ、
……あまりにルーチンワークすぎるだろう。
故郷にいた時ですら、もっと色々な所に足を運んでいた。
だから、こうして空いた時間を利用してもう少し移動個所を増やそう。
そう思って魔王城の一階、エントランスを歩いていると、
「よっ、クロノ。今日はもう講義終わりか?」
同級生数名を引き連れた竜人の男が話しかけて来た。
ゴツめ顔立ちをした男で、竜のような尻尾が特徴的だ。
確か名前は、コーディと言ったような気がする。
「幸いなことに早めに終わったんだよ、コーディ」
名前を言うと、嬉しそうな顔をした。
どうやら俺の記憶は合っていたらしい。
「おお、名前を覚えていてくれたのか。光栄だよ」
「君だって俺の名前を覚えているだろうよ」
「はは、歴代一位のダンジョンを作った男の名前を忘れるわけがないだろ。めっちゃ目立ってたんだから」
「目立ちたくて目立ったわけじゃないけどな。――で、コーディも講義は終わりか?」
聞くと、コーディは腕をパンパンと叩きながら頷いてきた。
「おうよ。特進クラスでこってり絞られて筋肉痛になったけど、普通に終わったぞ。これから城の大浴場にいって休む予定だ」
「そうか。大変そうだな」
「いや、俺たちはこれくらい平気だ。むしろ、クロノの方が大変じゃねえの? 魔王様の特別講義を受けているんだって言うし」
なるほど。超特進クラスの話は、外部的に特別講義として捉えられているのか。
いきなり特進クラスの講義に出なくなってどういう扱いになっているのか知らなかったけれど、悪いように捉えられてなくて安心だ。
「しかし、魔王の特別講義が大変とか、そういう話は結構出回ってるんだな」
「まあ、この城には同年代が多い分、噂の回りも早いしな。めっちゃ忙しくて、自由時間が殆ど取れない、とかな」
その辺りはどうなんだろうな。俺は奴隷問題解決のために色々と動いているが、そういう問題がなければ、普通に過ごせているんじゃないかとも思える。ただ、
「忙しいのは事実だけど、問題が無ければ早めに終われるって感じだな」
「そうか。ってことは、今日はもうフリーなのか?」
「ああ。それでちょうどいいから、城の中を見回ろうと思ったんだよ」
そう言うと、コーディは一瞬驚いたような顔になった後、すぐさま後ろにいる同級生と目配せをしあった。そして
「よっしゃ、クロノ。俺たちも案内に付き合うぜ!」
後ろにいた同級生たちと共にそんな事を言い出した。
「え、案内に付き合うって、コーディたちもこれから大浴場に行くんじゃないのか?」
「いや、俺たちはいつでも、どこでも行けるが、クロノは特進クラスの中でも魔王様に付き合って忙しいんだろ? 食堂で吸血鬼の姫さんが『クロノさんはいつも大変そうです』って心配してたくらいだったしな」
「ソフィアがそんな事を言っていたのか」
「ああ、特進クラスの女子がいつも聞いていて、クロノが大変だって話はクラス中に広まっているんだよ」
そうだったのか。物凄い広まり方をしてしまっているな。
忙しいのは確かだが、ダンジョン探索はそこまで大変じゃないので、余計な心配を抱かせてしまったか。とはいえ、
……心配してもらえる、ってのは有難い話だな。
そう思っていると、コーディの言葉は続き、
「それで、俺たちもさ、同級生が大変そうなら、少しでも手伝えることがないかって思っていたんだよ」
「手伝えること?」
「おう。でも、クロノより力が弱いから、何が出来るかわからなくて、今までは遠目から見ることしかできなかったんだけどさ。だから、手伝いになるか分からないが、城の中の案内くらいはさせてもらおうと――って、クロノ?」
コーディの言葉に、俺は思わず目を伏せた。そして、
「……泣きそうだ」
「お、おい、クロノ!? 大丈夫か?!」
突然の優しさに思わず目の端から涙がこぼれたよ。
エアポケットを作って、微妙に避けられていると思っていたのだが、俺の勘違いが混じっていたとは。
本当に優しくて気のいい同級生を持ったみたいだ。
そうして嬉し涙をぬぐいながら俺はコーディ達に向き直る。
「いやあ、うん。ありがとう、コーディ。皆。そのお言葉に甘えるよ。俺を案内してほしい」
そう言うと、若干戸惑っていた同級生は、しかし嬉しそうな顔になり、
「お、おう。分かったぜ。とりあえず魔王城の事なら任せておけ。長らく過ごして俺たちも詳しくなってるからな!」
そうしてエアポケットが無くなり始めた同級生と共に、俺は城の中を巡ることにした。




