第30話 普通の気持ちとあふれだす力
三階層は部屋同士の壁が崩れて、一つの部屋のようになって繋がっている個所が多く、見通しが良かった。
崩落の影響かもしれないが、音が聞こえる方向に行きやすくて有難い。そう思いながら、俺たちは三階層を走った。
音のする方に向かって突き進むこと数十秒。三階層と二階層をつなぐ階段の手前にたどり着いたのだが、
「な、なんですか、あの生物は!?」
「竜っぽいな」
そこでは樹木のような鱗をもった竜が、暴れていた。
あちこちの壁面に頭を激突させたり、尻尾を振りまわしている。
もしかしたらあれが、リザたちが言っていた、『暴食の竜』という遺産なんだろうか、と目を凝らした。
その時だ。
「……クロノさん! ひ、人が飛んできます!」
「っ!?」
竜の尻尾に弾き飛ばされた人影がこちらへ飛んできた。
放物線を描いて振ってくるその姿を俺は咄嗟に受け止めた。何せその姿にはとても見覚えがあったのだから。
「……リザさん。大丈夫ですか」
吹き飛ばされたのはリザだった。彼女は額や鼻から大量の血をこぼしながら、しかし俺の声に反応して笑う。
「あー、クロノー。ソフィアちゃんもいるー。……無事だったんだね。良かったあ」
「人の心配している場合じゃ無いでしょう。重傷ですよ、これ」
あのデカイ竜に跳ね飛ばされたんだから、出血もひどい。
触っている感じ骨は折れていないようだが、重度の打撲を負っている筈だ。
「いやあ、ちょっと無理したねえ。戦闘用の装備も持ってこなかったから、ボロボロだよ……」
「見ればわかります。というか、他の人たちはどうしたんですか? 教授もいた筈ですが」
「ちょっと崩落でダメージを受けすぎちゃってね。先に城に戻って応援を呼んでもらうことにしたんだ。それまで、私たちが耐えるって感じでね」
『私たち』と言った瞬間、リザは視線を近くの壁面に向けた。
すると、その壁面のくぼみには、壁に体を預けて、ぐったりしているユキノがいた。
彼女も体の各所から出血している。
「……ユキノさんも、戦っていたんですか」
「うん。私は魔王といっても、戦闘力が強いタイプじゃないからね。持ちこたえるのはちょっと大変だから、ね。サラマードにも手伝ってもらっていたんだけど――」
「――面目ない。途中から、体力を持っていかれた。今は休憩中……」
会話の途中から入ってきたユキノは、しかし顔や手足をだらりと垂らしたままだ。
足などは痙攣しているのが外からでも分かった。
「サラマードは、あの竜から支配契約を受けているから、思いっきり力を吸われちゃってね。だからまあ、こんな状態だと私が頑張るしかないから、出血大サービスしてたんだよ。……時間的に教授達はもう外に出て応援を呼んでいる頃だから、もうちょっとで、助かるとは思うんだけど……」
リザは言いながら、俺の腕から降り立ち、再び竜に目を向けた。
「ルォ――」
樹木のような皮膚を持つその竜は、敵意の目をこちらに向けていた。いや、この場合は捕食者の目といった方がいいだろうか。
その証拠に牙をむき出しにして、舌なめずりをしている。
「やーっぱり、見逃してはもらえなさそうだからさ。でも、クロノたちは逃げていいよ。とりあえず、ここはもうちょっと、私が頑張って抑えるからさ」
顔の血を拭いながらリザは言うが、既にフラフラだ。
けれども、俺たちには笑顔を向けてくる。
「私は魔王様だからね。学生たちや、城の人たちを守るのが役目だから。クロノやソフィアちゃんやサラマードが見ている手前だし、凄く頑張るよ。たとえ死んでも頑張るよ……!」
そう言って歩き出そうとするリザの後ろ姿を見て、
「――」
俺は無言で彼女の横に立った。そして
「え……ちょ、なんで私を抱えるの、クロノー」
「じっとしていてください。血が足りなくなりますよ」
リザの体を抱き抱えて、ソフィアの方に向かう。
「ソフィア、この人を頼むわ」
「え、は、はい」
「どうしてー、まだ無理すれば戦えるよー」
「無理されて、ここで死なれると困る事が多すぎるんですよ」
学園の運営もこの人が主導だし、いなくなったら学園がどうなるのか分からない。
それは一年間の学習を目的として来ている自分にとってはとても困る。
俺以外にも、同級生やこれからの魔族も困ってしまうだろう。
……もっといえば、俺とソフィアの奴隷化事情を知っているのもこの人とダンテ教授だけだし。
奴隷化が解除できなかったときに、フォローしてくれる人がいなくなるのは不味すぎる。
主観的にも客観的にも、だからいなくなられるわけにはいかない。
そう考えての救助だ、とソフィアに手ずから、リザの体を渡しきった。
「すまないな。こんなことを頼んで」
「い、いえ、この位は何てことないです――って、クロノさん? う、腕から沢山の鎖が出ているんですけど、どうされたんですか……?」
ソフィアは驚きの視線で俺の腕を見つめてくる。
言われて気付いたが、確かにリザを抱えていた俺の腕からは、黒い光で出来た鎖が噴き出していた。
「おっ、本当だ。なんで一杯出ているんですかね、これ」
意図していないのに、黒い光の鎖が増えている。
どうなっているんだろう。
そんな疑問の答えは、ソフィアの腕に抱えられたリザがくれた。
「ええっとね、支配の力は、その人の感情が昂っていたりすると増幅して顕現したりするんだよ。流石に、クロノの増え方はおかしい気がするけど……クロノは今、昂ってるのかな?」
リザに言われて、俺はすぐに頷いた。
「まあ、そうですね。昂っているというか、怒ってます」
「お、怒ってるって、どうして……?」
「いやあ、流石に、あれこれ世話を焼いてくれた人をボコボコにされたら、俺だって昂りますよ。……ええ、普通に、かなり怒ってます」
なんだかんだ力になってくれた人をこんな有様にしてくれたら、怒らずにはいられない。
そのせいで、さっきから平静は保っているモノの、心中は昂りっ放しだ。
だからこんなに鎖が出ているのだろう。
見た目がジャラジャラするから厄介だなあ、と思いながらも、俺はソフィアに目を向けた。
「まあ……というわけで、この怒りを冷ますためにも、ちょっと行ってくるわ。ソフィア、倒れている二人を介抱するなり、守るなりしてやってくれ」
「た、頼まれましたけど、――行くってまさか、あれに挑むつもりですか!?」
「おう、そうだけど、何か問題か」
答えると、ソフィアは慌てて首を縦に振ってきた。
「問題ありすぎですよ! 竜に単体で挑むなんて無茶ですよ!?」
「あー……そこは心配しないでくれ。田舎でも竜に知人が危ない目に合わされたら、俺みたいな若いのが猟友会として出張っていたからな」
「へ……?」
そう言えば、彼女には俺が故郷でやっていたことについて話したことがなかったな。
今は話している暇がないので後回しにするけれども。
ともあれ、野山とダンジョンでは場所は違うがやることは同じだ。
「田舎ではよくやっていたことさ。竜狩りは――害獣駆除は慣れっこだ」
「が、害獣……ですか」
そうだ。今、俺の前にいるのはただの害獣でしかない。そう思えば、あとはやることは一つしかない。
……これも田舎でいつもやっていたことだ。
俺は自らの頭に付いた角に触れる。
魔人の外見的特徴として唯一のもので、力の貯蔵庫でもある部位だが、
「竜相手には、ここを使わないとな」
俺が握りしめると、砂糖細工のように砕け散った。
魔族によくある特性だが、体にため込んだ力は任意で発揮することが出来る。それは魔人でも変わらない。
角にため込まれていた力が黒い煙のように噴出し、俺の体にまとわりつく。
「さあ、駆除をさせて貰うぞ、グラドリザード(暴食の竜)。――普通の魔人の力、存分に食らいやがれ……!」
そして、俺は竜に向かって動き出す。
故郷でやっていた、いつも通りに。
次回、戦闘回&決着回です。




