第2話 ダンジョンを動かす力
教授に案内されて、俺は魔王城の地下にある部屋の前にいた。
「ここが特進クラスの部屋ですか?」
「ああ、この中には既に十数人が集まっている。君で最後だ」
魔王と喋っている間に、普通の特進の選別は終わったらしい。
「このクラスは君で最後だ。このまま初期説明を始めてしまうから、入ったら好きな席に座るといい」
「あ、了解っす」
そうして俺はドアを開けて中に入る。
石造りの外壁をしたその部屋には、たくさんの柱が並んでいた。
その柱に沿うようにして、いくつかの長机と椅子が置かれている。
ずいぶんと奇妙な部屋の形だな、と思いながら進んでいくと、
「……あれが、マザーコア一つを自分のダンジョンで乗っ取ったっていう化け物、クロノか……」
「見た目はただの人間に近いのに、奇妙な波動を感じるぜ。不気味だけどすげえな」
先に座っている連中の、ヒソヒソ声が聞こえてきた。
鉄よりも硬い竜の爪と鱗を持っている竜人属に化け物とか、一族レベルで呪いを修行している魔道族に不気味とか言われると変な気分になるが、とりあえず俺は近場の席に座った。すると、
「こんにちは。すごい注目株ですね、クロノさん」
同じ長机についていた、一人の女性が声をかけて来た。
その顔には見覚えがある。
「君は確か、ソフィアさん、だっけ? 吸血鬼の」
「ソフィア、でいいですよ。クロノさん」
吸血鬼の少女はにっこりとほほ笑みかけてきた。
この子も大分フレンドリーなタイプらしい。
「んじゃよろしくソフィア。しかし、よく俺の名前なんて覚えているな」
こんな特徴のない魔人族なんて、中々覚えづらいと思うのに。
「貴方は今年トップの成績ですからね。覚えていて当然です。むしろ私の名前のほうが覚えていただいて光栄です」
「トップって、俺が?」
「はい、そうですよ。今年、というか歴代でもトップだと教授がおっしゃってました。マザーコア一つ丸ごと入れ替えするなんて、前代未聞だと」
マジかよ、と俺は頭を手で押さえた。
初日からそんな話が出回っているだなんて本当に予想外だ。
「他に百層くらいのダンジョンを作ったヒトは出なかったのか」
「はい。私の十層で、二番手だったので。私以上は貴方だけなんですよ。――だから近くで色々と見させてもらえれば有り難いです!」
ソフィアが目をキラッキラさせながら言ってきた。
そんな期待感を抱かれても、俺としては何にも出来ないんだが。どうしたものかね、と思っていると、
「さて、諸君。これで特進クラスの者は全員揃った」
部屋の中央に立った教授が声を上げた。
そして俺たちの返事を待つことなく、言葉を続けていく。
「これより特進クラスの諸君に対し、初期講義を行う! 教えるのは魔族の基本、魔力の使い方による、ダンジョンの操作方法だ。覚えたいものはよく聞くように!」
教授の言葉に、特進クラスの面々は耳を一斉に傾ける。
「魔族ならば誰にでも、イメージによってダンジョンを動かす力が備わっている。だから、ダンジョンの操作の基本はイメージだ。自分がどんな部屋をどんな形で作るか、どんな動きをさせたいか。それを頭の中でしっかり描いたうえで声に出す。――まあ、言うだけだと難しいので実践してみせよう」
そう言って、教授は部屋の中央にある柱の一本を指さす。
「実はこの部屋は私のダンジョンでね。操ろうと思えば、こういうことができる。――折れろ!」
その言葉とともに、教授は腕を振り上げた。その瞬間、
――バキッ
っと、床と天井をつなぐその柱は中央から折れてしまった。
「おお……!」
部屋の中で歓声が上がる。
「ダンジョン内にあるものならば、家主の権限で操り、折ることも容易だ。この力を利用して我々魔族は、ダンジョンを広く、大きくしていくことが出来る。もちろん、直すことも出来る」
教授は折った柱に近づき、ポンポンと撫でた。
すると、それだけで折れた柱は元通りになる。
自分のダンジョンであれば、壊すも戻すも自由自在、ということらしい。
俺としてはこれ以上、自分のダンジョンを広げたくないので、これを知ったからどうっていう話でもないんだけど、
……構造をいじれるのは面白いな。
なんて思いながら、俺は教授の説明を聞き続ける。
「さて、これは私のダンジョンなので私が柱を折れるのは当然だが……ダンジョンの構築に慣れてくれば、他人のダンジョンの物体ですら操ることができるようにもなる。――今日は自分の力を知ることも含めて、一人に一本ずつ柱を用意してみた。折れる者は折ってみてくれたまえ」
教授の言葉が終わると同時、室内にいる魔族たちは一斉に柱に触れ始めた。
折れろ、とか、割れろ、とか、大きな声と音が飛んでくる。俺の隣でも、
「折れて……!」
と言って、ソフィアが柱に触れている。
すると彼女の触れた個所から柱にヒビが入っていく。
「おお、さすがはA級ダンジョン作成者のソフィア君! 筋がいいな!」
「あ、ありがとうございます、教授!」
どうやら本当にイメージして念じるだけで、ダンジョン内の物体を操ることができるみたいだ。
……魔族に備わっているのは、イメージによってダンジョンを動かす力、ねえ。
俺は自分の隣にある太い石柱を見やる。
どうすれば、こんな巨大な柱を折るイメージができるのか見当もつかない。
殴ったら自分の手のほうが砕けそうだし、剣や棒を叩きつけても武器のほうが折れるイメージしかない。
こんな柱を壊すならば、それこそ爆薬か何かを使う感じだろうか。
もしくは、天井をずらして柱をへし折る感じか。
「そうだな。天井がずれたり、動いてしまえば、柱は折れるよなあ」
つぶやきながら、一本の柱を見た瞬間、
――バンッ。
と軽い爆発音とともに、柱がその場で捻じり折れた。
まるで天井か床が動いてしまい、柱の横に負荷がかかったような折れ方だ。
「あれ?」
しかも、それだけじゃない。
「うおっ!? な、なんだ、いきなりこっちの柱が全部ぶっ壊れたぞ!」
「俺の所もだ! というか、なんか天井が動いてるぞ!」
どうやら俺の目の前にある柱だけではなく、部屋にある全ての柱が砕けたようだ。
「お、おい、なんかクロノのいる場所を中心に、天井が回ってないか!?」
「ま、マジだすげえ。どうなってんだこれ……!」
おかしいぞ。確かに天井が動けとは言ったが、実際に言葉一つでこんな風になるとは思わなかった。
と、俺が頭上を眺めていると、
「く、クロノ君。き、君は凄まじいな。いくら私のダンジョンとはいえ、ここまで部屋を操作するなんて」
教授が驚嘆の瞳でこちらを見ていた。
……いや、確かに『天井が動けば折れるなあ』と、イメージしながら言ったけどさ。
まさか本当に動くとは思わなかった。
「って、そうじゃなくて、教授! 柱、全部壊れたんですけど、これ、天井とか落ちてこないですよね?」
「う、うむ、それは、平気だぞクロノ君。私のダンジョンは柱以外にも、天井を支えている仕組みがある。すぐに落ちてくることはない」
だが、そう言った後で教授は両手を大きく広げ、天井を支えるようなジェスチャーをしていた。
「あ、あの教授? 何をしているんです?」
「うむ。大黒柱がクロノ君によって全て折られたので、支えてないと落ちるのが早まるのでな。――できれば君たちは避難するのが望ましい!」
教授の額には汗がぶわっと浮いていた。
物凄く、申し訳ない気分だ。
「あの、なんかスミマセン」
「い、いや、良いんだ。君の力を見られて私としては、むしろありがとうと言わせてほしい」
「そ、そうですか」
「ああ、ダンジョンの拡張方法についての講義も終わったしな。――というわけで諸君、今日の講義は終了とする! 速やかにここから出て、己のダンジョンを住みやすく改造していくように!」
「は、はい! では失礼します!」
そして俺たちは急かされるように、その部屋から出て行くのであった。
次話は早めに更新します!