第24話 夜の異変事
夜。
クロノやソフィアとの食事、そしてその後のお茶会を終えたリザは、就寝前に、超特進クラスの部屋を訪れていた。
そこにはソファで丸くなって横になっているユキノがいた。
「あ、食事の後、一人で抜け出したと思ったら、やっぱりここにいたんだ、サラマード」
「うん、なんだかダンジョンを抜けてきてから、体が少し、火照っていたから。クロノと喋りたかったけど、このままだとひどいことになりそうだし」
リザを見るユキノの眼は獣のように鋭いものになっている。
銀狼という種族特有の『渇き』という現象だ。
戦闘の直後など極度に興奮すると獣的で本能的な欲求が強まるのだという。
その場合、もともと高い身体能力が更に高くなるらしいが、
「それでクロノを襲っちゃったら大変だもんね」
「この状態でそういう関係を迫るのは危ないし。あと、今の状態のワタシでも、多分返り討ちになるから」
「あはは……確かにクロノの運動能力とユキノの俊敏さはいい勝負かもね」
「うん、あのムチを避けた動き、ワタシのお師匠と同じくらいだったから」
「へー、そこまでなんだ」
ユキノの言葉を聞いて、リザはソフィアの言葉を思い出す。
……そういえば、ソフィアちゃんも、クロノの腕力を父親と同じくらいって言ってたっけなあ。
この城にいる彼女たちの能力は間違いなくAからSの判定だ。
ただ、彼の身体能力はそういう域をも超えているのだろう。
「種族的にはただの魔人でも、中身は別物だからなあ。ユキノはクロノの事、どう感じた? 体の動きから相手を分析できる能力を持つ銀狼としては、さ」
「肉付きが変だった。ただ、鍛えこまれた感じはしたし、逸材だと思う」
「だよねえ。そこは私も同意見だよ」
彼女から見ても、クロノの能力は目を見張る所があるらしい。
今度お風呂かどこかでしっかり調べさせてもらいたいなあ、などと思っていると、
――ォォ。
と、目の前にある扉から、唸るような音がした。
普段、ダンジョンに出入りするための巨大な扉だが、
「……この音は……まさか中のモノが出てきちゃった?」
ダンジョンとの繋がりは、基本的に自分たちが入っている時のみしか発生しない。
だが、時に強力なモンスターや魔王の遺産が、空間をつなげてこちらまで入ってくる事もある。
今回もそれが起きたのか、とリザはユキノを見たが、彼女は首を横に振る。
「その気配は、まだない」
「そっかあ。気配感知に鋭いサラマードが言うなら、問題ないんだろうけれどね。この部屋は頑丈にできているし。……でも、ちょっと警戒必要だなあ」
この部屋は、魔王城の中心部だ。
だから堅く分厚く作られている。だから多少のモンスターの出現には耐えられるが、
……魔王城には学生たちも多いから、下手にモンスターを露出させることはできないんだよねえ。
そこいらのモンスターなら片手間で倒せるような魔族の学生たちだが、ここまで飛び出してくるようなものは飛びきりの輩が多い。だから、最低でもこの部屋でとどめておく必要がある。
「あとはどこのダンジョンから出て来た声なのかって調べる必要があるけれど……まあ、最近入ったダンジョンは二代目魔王の所からだよねえ」
初代魔王のダンジョンにも入ったが、既に宝も取りつくして、攻略しつくしている。だからほぼ確実に二代目ダンジョンの所からだ。
「注意しないとなあ。サラマードも帰って来たばかりで悪いけれど調査に協力して……って、あれ? サラマード?」
「なに?」
「いや、今フラフラしていたけど、大丈夫?」
先ほどの食事の時もそうだったが、いきなり彼女の体の動きがおかしくなる時がある。
「眠たかったり疲れていたりするのかな?」
「そうかも。眠くは無いけれど、体が重たい感じはする」
ライカンスロープは高速再生能力を持っているのだが、体力までは回復しない。だからその辺りは仕方ない、とリザは頷く。
「そっかあ。じゃあ、今日は無理やりにでも休んだ方がいいかもね。この扉の動向に注意するのは、私と教授が持ち回りでやっておくよ」
今から教授陣に連絡を入れれば、すぐに人員も揃うだろうし。それで明日、また調査に出るまで見回りをしておけばいいだろう。
「――分かった。じゃあワタシは部屋に戻る。そして体の調子を戻す。まだ感覚が鈍いのもあるし」
「そうだね。しっかり休むんだよ」
「了解」
そうしてユキノはリザと分かれて超特進クラスの部屋を出て行った。
「さ、教授達に連絡連絡ーっと」
残ったリザはその部屋から教授達に連絡をつなぐ。
明日も問題なく、魔族の学生たちが過ごせるようにする為に。




