第21話 檻の中の銀狼
十階層の穴の中に入るとそこは、やや薄暗い下り坂の通路になっていた。
「どうやらクロノとソフィアちゃんは、新たなルート発見しちゃったみたいだね」
「そういうことになるんですかね。――っと、早速明かりが見えましたよ」
「あ、ホントだー」
歩いて数分もすると、広くて明るい部屋に出た。
今まで見て来たどの部屋よりも天井が高く大きな部屋だ。
どうやら部屋を構築する樹木の中に明かりを放つ性質のものがあるらしく、部屋の隅から隅まで良く見えるくらいの光が照らしている。
ただ、そんな見晴らし良い場所だからこそ、目立つものが部屋の中央に置かれていた。
「あれは、箱、ですかね?」
黒っぽい樹木で直方体になるように組まれた箱が、中央にドン、と鎮座している。
どことなく檻っぽい形もしている。
だから中に何が入っているんだろうか、と目を凝らして見ると、
「あ、中に誰かいますよ」
「え!? ……あ、本当だ! というかあれって――」
それをじっと見たリザが声を上げる。
その中には銀の髪の毛をした少女がいた。
「――うん。やっぱり、サラマードだ! こんなところにいたんだ!」
どうやら彼女が先に潜入していたサラマードらしい。
リザの声が聞こえたのか、サラマードと呼ばれた少女はむくりと起きて、力のない動きでこちらを向いた。
「……魔王? どうして、ここに?」
「あー、良かった。意識もあったよー」
檻の中の少女を見れば頭には狼のような耳を付けて、そして狼のような尻尾も付けていた。
確かに情報通り魔族の一種族、ライカンスロープの者だが、
……しかし、まさか女の子だとは……。
そこは情報に無かったから予想外だった。
そんなことを思っていると、リザがサラマードのいる檻に近づこうとしていた。
「とりあえず今そっちに行って助けるからね。待ってて――」
「――ダメ。来てはいけない」
だが、リザが数歩を踏んだ瞬間、銀髪の少女は首を横に振った。
「え? なんで?」
「これは罠」
「えー、そうなの? もしかして、モンスターが発生する仕組みとか? でも、それなら大丈夫だよ。ね、クロノ」
「ああ、まあ、モンスターは平気ですね」
俺は契約印石を取り出しながら、リザの元まで歩く。
「モンスターはもう逆らったりしないから。なんと、この新入生のクロノが、このように契約印石を見つけたからね」
リザの言葉を聞いて、そして俺が持つ契約印石を見て驚いたのか、サラマードは目をわずかに見開いた。
そして頭についた耳をピクピクと動かしている。
「どう、これなら安心でしょー」
リザはそう言いながらさらに近づいていく。けれども、
「契約印石を見つけたのは凄いこと。……けどやっぱりダメ。いくら、契約印石やモンスター避けがあっても、ここの罠は魔王の遺産だから。関係なく動いてしまう。だからダメ逃げて……!」
檻まで数メートルまで迫ったとたん、檻の周囲にあった樹木がいきなり立ち上がった。
そのまま即座に、風切り音を立てて、動き出す。
「わ、クロノ! 一時撤退!」
「あ、はい、分かりました」
だが、俺たちが変えるよりも早く、樹木は打撃してくる。
ムチのようなしなりで、俺の顔をめがけて振ってくる。けれど、
「あ、これ初代魔王の槍より遅いですね」
これくらいならば有難いことに、見て避けられた。
樹木の生え際から直線状の動きしかしてこないので、どうにか身をそらして、リザと共に射程範囲から逃れることが出来た。
「ふう、危なかったですね」
頬に浮かんだ汗をぬぐいながらリザに声をかけると、彼女はひきつったような笑いを浮かべていた。
「あー、そうだね。なんというか、いつか見たような光景だけど、……槍と鞭にそんなに速度に差があるかな?」
「ええ、リザさんも、ちゃんと見えていたでしょう? あの樹木のムチ」
「そりゃね。確かに槍の突き出しよりは、視認できるけど、これは遅いと言える勇気は無いかなあ。ねえ、ソフィアちゃん」
「は、はい、私の目でも捉えられはしますが……こう、避けられるかというとなんとも」
俺の意見には同意しかねるようだ。
まあ、その辺は慣れの問題なので仕方ないのだろう。
それに今大事な事は避け方とか、速度とかではない。
「何にせよ、あのムチが危ないのは変わらないんで、とりあえず床を動かしちゃいましょう」
あの樹木の鞭を排除することが第一だ。
だから俺は『支配の鎖』を床に打ち込む。
そして、力いっぱい床をスライドさせた。すると、
「わっ……」
そのスライドの勢いでまず床と繋がっていたらしい檻がねじ切れて転がった。そして、
――ブチリ。
という、重たい音と共に、檻の周囲に生えていた樹木の鞭は生え際から全てちぎれた。
そして、元気を失ったようにしおれて、そのまま倒れて行った。
「ふー、鞭の動きも止まったことですし、これでサラマードさんを助けられますね」
「うん、オッケーだよ。ありがとう、クロノー。――しかし、本当にクロノの力は罠泣かせというか、設置型の罠に相性抜群だね」
「そうっすね。設置系はビックリして困るんで、その相性が良いのは助かりますよ」
言いながら俺は、ねじ切れた檻の方まで近寄っていく。
「え……っと」
半壊した檻の中では、サラマードが何が何だかわからないというような表情をしていた。
……いきなり動かしたから、腰でも抜けたのかな?
あるいは、檻の中で衰弱していたか。
どちらにせよこのままにしておくのは危ないし、救出しようと俺は檻の中に手を入れる。
「掴まれますか?」
「う、ん……」
サラマードの細い腕が絡まり、弱弱しい力が俺の手に伝わる。
……弱り具合を見るに、俺が引き上げた方がよさそうだな。
そう思った俺は、ゆっくりと檻の中から引き上げて、両手で抱き上げる。
予想以上に小さい体躯なのですっと持ちあげることが出来た。
そのまま床に降ろそうとしたのだが、サラマードは綺麗な銀色の瞳を揺らしながら、俺を服の裾をつかんで見つめてきた。
「ええと、どうしたんすか?」
「貴方は……一体なにもの、なの?」
そして首を傾げて、問いかけて来た。
『何』と聞かれると返答に困るんだけれども、とりあえず客観的な事実を伝えておくか。
「――俺はまあ、普通の魔人ですよ。それと貴方の後輩になるんですかね。というわけで、よろしくお願いします、サラマード先輩」
「普通の魔人……? ちょっとよくわからないけど……よろしく」
とりあえずお宝ではないが、先輩を手に入れることには成功したようだった。
俺よりもかなり小さな体の先輩だったけれどな。




