第14話 継続支配と新たな関係性
朝方。
ダンジョンの中の光が強まると同時に、俺は目を覚ますと、隣にソフィアがいた。
「……はい?」
俺は目をこすって周囲を見てから、もう一度視線を横に移した。
昨晩、俺が就寝した自分のダンジョンで間違いないのだが、なぜか、シーツにくるまった薄着のソフィアが隣で寝ている。
その体には黒い鎖がグルグルまきついていた。
この状況は一体、どうして出来あがったのか、と寝起きの頭で考えていると、
「ん……ふあ…………」
ソフィアがうっすらと目を開けた。そして俺の事を見上げて、
「あれえ……目の前にクロノさんがいる……? まだゆめぇ、なのかなあ……」
舌が回っていない声を出した。
そのままとろんとした目のまま、俺の元に近づいてくる。
「えへへ、今日も、抱きついても、良いれすよねぇ……」
そして俺の体に両手を回してきた。
俺の体と彼女の体が密着する。その瞬間、
「……へ?」
ソフィアの動きが止まった。
その数秒後、彼女は両手の感覚を確かめるように動かして、ついでに周囲をキョロキョロと眺めた後で、俺の顔を見た。
今度は意識のはっきりとした、焦りの色が見える目で。
「あ、あの、おはようございます、クロノさん……」
「おう。おはようソフィア。朝から大胆な事をしてくれてありがとう。――そして、どうしてここに君がいるか、聞いてもいいか?」
「え、ええと……め、目を覚ましたら私も、ここにいたので。ちょっと分からないんです。というか――す、すみません!」
ソフィアは謝りながら俺から手を離した。
どうやら、彼女にもこの状況はよく呑み込めていないらしい。
勿論、俺も飲み込めていない。だがまあ、
「鎖が見えているってことは支配契約関係なんだろうな。だから、リザさんに聞きに行くか」
「そ、そうですね! そうしましょう!」
おそらく原因を知っているであろう、魔王の元に聞き込みに行くことにした。
●
「――ということなんですけれど、リザさん。これ、どうなっているのか説明を求めて良いですか?」
朝からダンテ教授に起きた事を報告した結果、例のごとくここに通された。
そして、いつもの応接間で俺とソフィアはリザに事情を伝えたのだが、
「あー」
起きた現象を伝えると、彼女は重たい声を上げて頬を掻いた。
「やっぱり、何か知っているんですね」
「うん。……昨日、もしかするとって思ったんだけどね。やっぱり、ソフィアちゃんのダンジョンも、クロノに支配されていたみたい」
「ダンジョンも支配している、というと?」
「さっきマザーコアを調査して、分かったんだけどね。クロノの四百層あるダンジョンのどこかに、ソフィアちゃんの十層があるみたい」
マザーコアを一つ丸ごと乗っ取った影響は、奴隷化だけじゃなくてダンジョンにも及んでいたらしい。
「ぜ、全然気づきませんでした……」
「俺もだよ。四百層全部を探検しきった訳じゃないし、何があるか分からないとは思っていたけれどさ……」
まさか同級生の女の子がダンジョンごと入っているとは思わなかったよ。
ともあれ、俺のダンジョンに彼女がいた理由は分かったけれども、
「だとしても、俺が目を覚ました時に、彼女が傍にいた理由が分からないんですが」
少なくとも寝る前まで、俺は広大な空間で一人だった。
寝ている最中に、他の場所からソフィアが寝ぼけて入りこんできたのだとしても、あんなピンポイントで来るはずがない。
そう思って尋ねると、リザはソフィアの体に付いている鎖を指さした。
「それはこの奴隷契約の効果だね。奴隷契約をしている時に、主人側が意識を失って数時間経つと、奴隷は一定範囲以上に離れられなくなるんだよ。既に離れた状態にあるときは、強制的に移動してくる仕組みだね」
「いやでも、一昨日に寝たときは何ともなかったですよ」
そう。奴隷契約は、実は初日から始まっている。
ならば彼女は初日にも、俺の傍に来ている筈だ。
「ソフィアは何か変わったことしたか?」
「いえ、私も一昨日と同じように就寝しましたよ。特に変わりなかったです」
お互いに変わった事はしていないのに、二日目でこんな事態が発生した意味がわからないんだよな。
「うーん……そこなんだけどさ。クロノ、一昨日の睡眠時間は何時間くらいだった?」
「睡眠時間ですか? 時計の数字しか覚えてませんが、一時に寝て六時に起きた覚えはあります。……マットレスと枕が致命的に合わなかったので、二時間おきに起きてましたけど」
「ああ、だからだよ。軽度の支配契約なら二~三時間の気絶程度じゃ強制移動されないし。でも、昨日は熟睡できたんでしょ?」
「ええまあ。どうにか六時間はぐっすり眠れましたよ」
「だからソフィアちゃんは移動しちゃったんだと思う」
睡眠時間で、引き寄せてしまうかどうかが決まるのか。
奴隷契約は本当によくわからんな。だから、
「あの、すみません。リザさんが今持っている奴隷契約に関する資料や情報を渡してもらう事ってできますかね?」
分からないなら分かるようになろう、と俺はリザに資料を求めてみた。
「う、うん、勿論出来るから後で渡すね? というか本当に対応が後手後手でゴメンね! これまでありえなかった支配契約だから、予想出来なかったんだー」
「そうですか」
「――あの、クロノって偶にシャレにならないくらい怖い雰囲気出すことあるけど。今、もしかして怒ってる……?」
「いや別に怒ってませんよ。朝っぱらで頭が少しボーっとしているだけです」
そのボーっとした状態で大量の情報を浴びせかけられたものだから、認識するのに必死だっただけだ。
「ほっ……よかったー。とりあえず、ドミネイターズの部屋に来てよ。そっちに資料もあるからさ」
俺の言葉に安心したように息を吐いたリザは、応接間の壁を動かし、超特進クラスへの道を作り上げた。
「……こ、これ、なんですか!? 壁が動いてます!」
「うんうん、ソフィアちゃんの反応は新鮮でいいね。クロノには冷静に受け止められちゃったからちょっと悲しかったんだよねー」
「まあ、俺の時は驚く暇もなく行くことになりましたからね」
そんな事を話しながら、俺たちは超特進クラスの部屋に向かった。
●
「ドミネイターズにようこそ、ソフィアちゃん。クロノ。今日から本格的に、このクラスでの活動スタートだね」
応接間から超特進クラスの部屋に移ると、まずリザがそう言って前に躍り出た。
そして中央のテーブルに置かれている『歓迎』と書かれた幕をアピールしてくる。
「なんだか今日はノリがおかしいですね、リザさん」
「ほ、本当に冷静に返してくるね、クロノは! 徹夜して準備したのに……!」
「まあ、その辺はどうでもいいですから、資料をください。あと、ソフィアに色々と説明してあげてください」
先ほどからソフィアは、驚いていいのか、喜んでいいのか分からない顔をしていて、ちょっと不憫だしな。
「あ、うん。そうだね。ちょっとハイテンションになりすぎたね。……それじゃあ、まずこれはクロノにね」
そう言ってリザは俺に数枚つづりの書類を渡してきた。
中には奴隷化、支配についての情報が入っている。有難く読ませて貰おう、と思っていると、
「さて、気を取り直して、超特進クラスへようこそ。これから、やることを説明するよ? いい、ソフィアちゃん」
「は、はい、大丈夫です魔王様!」
真面目な表情で言い始めたリザに、ソフィアは慌てて頷いていた。
俺としても一昨日に軽く教わっただけなので、ここでも聞いておこう、と奴隷についての資料を読みながら、リザの言葉に耳を傾ける。
「ここでは、魔王のダンジョンに潜ってもらうんだけどね、基本的な日程は午前と午後、夜の三つで、ダンジョンへはどのタイミングで行っても良いって事になっているんだ。ただし、ダンジョン探索するときは、この紙に要綱を記入しなきゃいけないんだ」
そう言って、リザは円卓の上に置かれた一枚の紙を俺たちの前に出した。
「あ、ちょうどいいや。キミたちの先輩が、先に潜っているから、これを例にして説明するよ。ほら、見て」
どれどれ、と俺たちが覗きこんだ紙には、『ダンジョン探索予定書』と黒字で書かれていた。
そしてその下には、『場所:二代目ダンジョン 探索期間:一二時間 記入時刻:七時 記入者:サラマード』 と書かれている。
「これはサラマードって子が今、潜っている証明書みたいなものでね。潜るダンジョンと期間を書いておけば、自由に行っていいんだよ。ただし……潜る期間からオーバーしちゃったら私が捜索して叱りに行くから、その辺りはよろしくね?」
「りょ、了解です、魔王様!」
なるほど。学生が潜るにあたって管理の方は結構しっかりしているらしい。
「さて、まあ簡単な説明もしたけど、どうする? 早速この二代目魔王のダンジョンに入っちゃおうか?」
「私は、行っても行かなくても大丈夫です。クロノさんはどうですか?」
「うん? 俺も別に行っても良いんだけど――リザさん。先人が既に探索してるところに入ってもいいんですか?」
「全然オッケーだよ。むしろ同じところに入った方が、危険な罠やモンスターが排除されていていいかもね」
そうか。先人が既に罠を取っ払ってくれている事もあるのか。
……だとしたら、ここはさっさと動くべきだろうな。
ダンジョンの罠は時間が経ちすぎると回復するものも多いと言うし、先に入っている人が色々と潰してくれている内に行ってしまいたい。ならば、
「よし、じゃあ、行きましょうか。ソフィアの体験も兼ねてってことで」
「そうだね! あ、勿論、今日も私が付き合うから、安全性は保障するよ。……君たちの体の問題が解決するまで、全力でサポートするって言ったしね」
リザはそう言って俺達に親指を立てるポーズを向けてくる。
「あ、ありがとうございます、魔王様」
「良いってことよー。というかソフィアちゃん、私の事はリザでいいってばー。というかリザちゃんって呼んでもいいから! 呼んでくれると嬉しいな」
「は、はい、リザ……ちゃん」
「わあい、ありがとー」
リザはなにやら楽しそうに会話をしているが、ソフィアは若干引き気味だ。
背丈だけを見れば、ソフィアの方がでかいから間違いではないんだけど。
この魔王は本当にフレンドリーだ。
「ともあれ、二人とも。軽く打ち解けたところで行きましょうか」
「うん、そうだね! それじゃ二代目魔王のダンジョンへレッツゴー」
「お、おー」
そして俺は魔王と姫の二人を引き連れるようにしながら、二回目の魔王のダンジョン探索へ向かうのだった。
三日目スタート……文章が長くなって申し訳ないです。
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