15話 課外 活動開始
「こいつは、一体なんだ……」
起き上がった巨人を、イージスは眉をひそめて観察していた。
体長はおよそ五メートルといったところで、平均的な巨人族程度の大きさだ。
けれど、そのアンバランスなまでに太い足と腕が、異様さを醸し出していた。
そして顔面に相当するであろう位置には、魔石で出来た目の様な部位があり、ギョロギョロと動いていた。
周りを見ているのだろうか。だとしたも、何のために。
そう思っていると巨人の視線はある地点で止まった。それは、下方に広がる迷宮都市が見えるであろう地点で、
「発見。多数、保護ノタメ――排除」
顔に相当するであろう部位から、機械音声が響いた。
そして巨人は歩きだし、近場にあった大きな岩を持ち上げて、
「排除執行」
街の方に向かって投げつけた。
「――なっ!?」
その動作を見て、イージスは一瞬で飛び上がる。
腰元の金棒を引き抜き、
「オ……!!」
岩石目掛けてフルスイングした。
飛び上がりの勢いと共に振られた金棒により、岩石は即座にバラバラに砕け散った。
更には跳ね返りの勢いで、岩石の雨が巨人へと降り注ぐ。
「――ったく、いきなり街の方に投石とか。それは辞めようじゃないか、巨人君……」
言葉を放つも、巨人から返答はない。
もっと言えば、岩石の雨を受けても、傷ひとつない。
相当に頑丈なようだ。
……これは、嫌な予感がするね。
額に僅かに浮かんできた汗を拭いながら、イージスは思う。すると、止まっていた巨人が再び動き始めた。
街の方向を見たまま、
「遠距離効果ナシ。近距離排除、破壊、移行カイシ」
ガシガシと、大股で勢いよく歩いていく。
怪しい光を目にたずさえて、明らかに街への害意を持ったように見える巨人が、街へと突き進む。それを見て、
「――待て。君の巨体が街に行ったら色々と潰れるだろう」
イージスは再び対応に走る。
ただし今度は、防御的対応ではなく、
「敵性ありのモンスターとして戦闘をさせてもらうよ」
街へ危害を加えるモノと判断した上で、攻撃に入る。
「せえのっ……!」
走り出した巨人を追い抜いてから、飛び上がり、脳天目掛けて金棒を振り下ろした。
鬼の剛力による、超高速の降り降ろしだ。
大抵のモンスターであればかすっただけでひしゃげ、ダンジョンの主級の強者にすら直撃すれば昏倒させられる一撃。
それを放った。
それも直進する相手に向けてカウンター気味に。なのに、
「効いて、ない……!?」
巨人の頭は破壊される事は無かった。
それどころか、ゆっくりとこちらを向くなり、
「反撃」
歩きの踏み込みと同時に、太い腕を上から叩きつけてきた。
直撃寸前、金棒を自分の体の前に構えて防御したが、
「ぐ……!?」
みしり、という音と共に、思い切り吹っ飛ばされた。
そのまま、山の斜面に叩きつけられた。
「か……」
一度か二度か、バウンドした後、山に転がっていた大岩に再び叩きつけられてようやく体は止まった。
「は……は……一撃が重すぎるとは、参ったね、これはどうも」
空中で、踏ん張りの効かぬ状態で打撃をされてしまったが、ガードのお陰か意識は刈り取られずにすんだ。
ただ、手元を見るとガードに使用した金棒が真ん中よりへし折れているのが分かる。
「特注品で、巨人やドラゴンが乗っても折れないように作って貰ったんだがね」
それが一撃でオシャカだ。
「私の力で通じない防御力に、鬼以上のパワーとか、ちょっと不味そうな雰囲気はするねえ」
叩きつけられたことで、どうにも頭を斬ったらしい。
流血が止まらず目に入って来る。
赤く染まる視界の中、巨人は歩行中なのが見えた。
こちらを追い打つことなく、当初よりちょっとだけ方向が変わったとはいえ、街を目指しているのは変わらずだ。
このまま黙っておけば放っておいてくれるだろうか。
そう思いながら、イージスは苦笑する。
「でもまあ、やらないという選択肢はないんだけどね……」
そうだ。自分がここで動かないわけにはいかない。
「恐らくは……魔王の遺産の暴走か。こんなタイミングで来るとは思わなかったけどさ。まあ、仕方がないね」
自分は、それに魔王というものに深く関わっていたのだ。
ならば、無責任な事は出来ない。
「ああ、最後まで、挑ませて貰うよ。巨人君……!!」
●
中継された映像を見て街の人たちが戦くのを、クロノは見ていた。
「おいおい、マジか……」
「チャンプが、ぶっ飛ばされてるぞ……」
「エンターマインから出てきた巨大なモンスターでも軽々と弾き飛ばしてた、イージス様が、あんなに……」
皆、イージスが傷つきながら機械交じりの巨人と交戦している様子が映る、中継モニターに釘付けになりながらざわついている。
彼らにとってはよっぽどの光景なようだ。
そんな所に、
『皆様にお知らせがあります』
モニターの下部からアナウンスの音声が来た。
『今回、出現したモンスターの攻撃は激しくなってきております。現在、イージス・グリントが引き付けていまして、この後も、モンスター相手の対策を即座に実行する予定です。しかしながら、迷宮都市にいらっしゃる皆さまには申し訳ありませんが、安全の為、一時避難をよろしくお願いします。繰り返します――』
アナウンスの声色は随分と落ち着いている。
そのせいもあってか、広間でざわついていた面々も少しだけ、冷静さを取り戻し始めた。けれど、
「これって、運営の方からしたら、想定内なのか?」
「まあ、これまでも偶に避難する事はあったから、そうかもしれないわね。随分と静かなアナウンスだし。ただ、今回は……対処できるように見えないけれど」
などと、小規模のざわめきは未だくすぶっていた。
不安が広がりかけているように思えた、その時だ。
「皆さま。祭り実行委員会のノルグです。避難ルートを構築したので、申し訳ありませんが、着いて来て下さいませ。ささ、こちらへー」
広場の一方から現れたノルグが、そんな声を飛ばしてきた。
ノルグの言葉に、住民たちは顔を見合わせた後、誰からというわけでもなく彼の方に向かって歩き出した。
避難が開始されたのだろう。だが、自分達は違った。何故なら、
「……クロノ。皆を集めて来るから、ここで待っていてね……」
というリザの言葉を受け取っていたからだ。
そして、ほんの少しの時間でリザは戻ってきた。
超特進クラスの皆を引き連れて。
「クロノ! こっちにいたんだな。避難しているヒトに流されてなくて良かったぜ」
「まあ、リザさんに待ってろって言われたからな。で、コーディ達も、リザさんに言われて集まった口か?」
「ああ、とにかく来てくれって言われてな。……それで、集まってどうするんですか、魔王様」
コーディの問いかけをきっかけに、超特進クラスの面々がリザを見る。
すると彼女はこちらの人数を数えていて、
「よし、全員集まっているね。それで皆に来てもらった理由だけど、見て貰った通り、ちょっとヤバそうな自体が起きている訳さ。だから、事情を聞くために、市長さんの所に皆で行こうと思ってね。皆も、訳も分からず避難するのは、嫌でしょう?」
リザの言葉に、俺達は揃って頷いた。
確かに流されるままに、動くのは避けたい。それが魔王のダンジョンを攻略するなかで学んだことでもあるし。
俺も、超特進クラスの皆も、その気持ちは同じだ。
そんな思いはリザにも伝わっているらしく、
「うん、それじゃ、行こうか!」
●
超特進クラスの皆を引き連れたリザは、集会所の天幕の前までやってきた。
そのまま中に入って市長を見つけようとしたのだが、
「ま、魔王様!?」
運がいいのか、天幕の入り口にいた市長が、逆にこちらを見つけてくれたようだ。
「事態が事態だからね。色々と尋ねに来たんだけれども……中に入ってから言った方がいいよね」
その言葉に、市長は周りを見渡してから、こっくりと頷いた。
「お気遣い、感謝いたします……」
「良いって。超特進クラスの皆にも話を聞いて貰って、良いかな?」
「はい。では、会議室へお越しくださいませ」
そして天幕の中、リザは皆を引き連れて会議室へと入った。
ただし、前回のように部屋の中にいたのは自分達だけではなく、
「西地区の避難、急げ!」
「シェルターの稼働と、他の都市への応援要請もだ!」
幾人もの人々が忙しそうに指示を出し合っていた。
それらを見るだけで、リザとしてはただ事ではないのは理解できた。
「まあ、細かい事は省いて単刀直入にね。あえて聞くけど、グリントさんと戦ってるあの巨人、エキシビション特有の演出……じゃないんだよね」
「……はい。お察しの通り、異常事態です」
だろうねえ、とリザは周りの慌てぶりの原因を理解する。
意図的でないのに、ダンジョンチャンプであるイージスが、一方的に押されている程の物体が出現したのだ。住民を安全に避難させることに躍起になるのは必然だろう。
「市民たちの安全を守るために、表向き、落ち着いて言ってますが、実際は、この通りで」
会議室には小さなモニターがあり、そこには、ボロボロのダンジョンチャンプが映し出されている。
「街の映像は切られたけど、これは残っているんだね」
「現状の確認に必須ですから。通信も生きています」
そんな様子を見て、超特進クラスの誰かがぽつりと言った。
「これは……ミスラ達の時みたいだな」
「うん。そうだね。ボクらの時もこうして映像を見て貰ったみたいだし。でも、その時はまだボクたちだけで済んでいたから良かったけど……今回は……街がやばそうだ」
なにせ、隙あらば、機械の巨人は街の方へ削った山肌を投げつけようとしているのだ。
そのたびに、イージスが投げられた岩を砕いたり、投げるモーションそのものを中断させているけれども。
そのたびにイージスが傷ついているのだ。
「はい。今はまだイージス殿が何とか防衛してくれていますが、このままだと、街に攻撃が来ることが予想されますので。その前に、住民の避難をさせたいと思います。ですので――魔王様たちもお逃げ下さい」
市長のセリフにリザは、ん、と目を細めた。
「待って市長さん。あの巨人を破壊するとか、止めるって選択肢はないの?」
「出来れば、止めたいのはやまやまです。この街には強敵を迎え撃つ場所もありますから……」
そこまで言った市長は、ですが、とこちらを真剣な目で見てくる。
「……あのダンジョンから現れた、恐らくレリックである山の巨人……『エンターギガス』と呼称していますが、イージス殿ですら止められない代物です。迎え撃って成功する確率は高くない。ならば、まずは避難を優先すべきだと、逃げるべきだと思っています。……街は潰れるかもしれませんが、人命の方が大事ですので。あの巨人が街を離れてなお追って来ない保証はありませんが……街を崩壊させてバリケードにする術式は最終手段として残してありますから。最悪、それを使います」
市長としての判断がそれなのだろう。
それはそれで正しい、とリザは思う。
まずは命を失わせない事が大事だと、そう思う気持ちは分かるが……と思っていたら、
「……ちょっといいですか」
クロノが手を挙げた。そして、
「何かな、クロノ」
「いえ……その、この迷宮都市、凄く良い街だったんで。そんな街が壊れるのを、ちょっと見たくないので、アイツに挑戦させて貰ってもいいですかね」
そんな事を言ってきた。
「一応、迎え撃つ場所はあるって言っていたので、そこで戦わせて貰えればと思うんですけど。倒せる可能性があれば、挑んでもいいらしいですし」
クロノは真剣に提案している。
そんな彼に対し、市長はむう、と唸った。
「それは……貴方の言う通りですが。……しかし、いくら超特進クラスの方といえどエンターギガスの相手は……」
と、そこまで市長が言った時だ。
「いいや、やらせてあげてくれ、市長」
集会所に残された中継器から声が響いた。
●
聞こえた声に、まずリザが反応した。
「グリントさん?」
『ああ、話は通信でリアルタイムで聞いていたからお邪魔するけどね。魔王リザ。そしてクロノ君達が言ってくれた方法を試すのが良いと思うよ、市長』
イージスは映像の中、戦闘をしながら通信で話しかけてくる。
打撃音と荒い息が混じるが、それでも会話には支障ない。
「な、何故ですか、危険ですよ?」
『それはまあ色々あるんだけど説明する前に……声は受信機のある本部にしか届いていない筈だよね? それはオッケーかな、市長?』
「え、ええ、それは大丈夫ですが」
『なら、住民たちを不安がらせることなく報告するけど……こいつは強い。そして街への攻撃意思も持っていて、どうにも向かう気は満々のようでね。私だけだと、皆の非難が終わる前に、そっちに行っちゃう計算なのさ』
冷静に彼我の力を分析している彼女の台詞に、市長は目を見開く。
『倒せなくても、街の住人が避難するまでの時間も稼がなきゃいけないんだ。だからやった方がいいんだ』
そしてイージスのセリフに乗っかるようにして、リザも市長に向けて意見を言う。
「グリントさんの言う通り、市長さん、クロノに挑んで貰っても良いかな? 私も同行して、もしもの時は挑んだ人たちを避難させるから」
そこまで言うと、市長はう、としばし悩んだように目を瞑り、
「分かりました、そういう事なら良いでしょう。しかし、危険な場合はすぐにお逃げ下さい。お客人の命を失わせることは、許容できないので」
市長は渋い顔をしながらもそう言った。
「ありがとう。……それで、迎え撃つ場所っていうのを聞きたいんだけど、どこになるのかな?」
闘うとなればすぐに準備を始めるべきだ。そう思って聞いたら、
「……ここですね」
市長は直下を指さした。
「ここって……この街とエンターマインの間の広場?」
「はい。現在張ってある天幕を全て取り外せば、完全に障害物の無い、広い円形の場所になります。ここは元々は闘技場として扱われていた場所なので、頑丈に出来ているから、戦っても問題はないのですよ」
「じゃあ、やるとしたら、ここに引き込めばいいんだね」
「ええ。天幕はダンジョンの仕組みを利用して作っているので、取り外しは即座に行えます。また外周にある出店も、迷宮都市から貸し出した店舗ですので、一括で折り畳み、移動させることも出来るので、この広場を闘技場化する事は容易です」
そこまで言った市長は、しかし、と一旦言葉を切った。
「問題は、どうやってここまで、おびき寄せるか、になります。あれだけ暴れる巨人ですから、この広場を通らずに街へ突っ込む可能性もありますし……追い込む方法が――」
「――追い込みについても、私がやろう!』
との市長の呟きに被せるように反応したのはイージスだった。
「イージス殿が、ですか?」
『うん。この巨人君はね、攻撃すれば、ある程度方向を変えておびき寄せる事は可能みたいだからさ。多少、無理して攻撃し続ければ、誘導は出来るよ。とても……痛いけどね!』
その声には苦痛の色が見えるが、それでも、イージスの打撃音は止むことはない。
『ただまあ、避難用の人員も用意してくれると嬉しい。どちらにせよ、私だけでは、長い時間、止められなさそうだからね』
「了解。なら、その作戦でお願いするよ、グリントさん」
「ああ、それじゃあ、街の迎撃場所で会おう……!」
そう言って通信はブツリと切れた。
●
クロノは、通信が切れた瞬間リザがてきぱきと動き出すのを見ていた。
「それじゃあ、グリントさんの提案にもあった通り、まず避難するのが優先。そっちにヒトを割くよ!」
「魔王様に超特進クラスの皆さま……。避難にも協力して頂けるのですか」
「当然だよ。混乱が起きるかもしれないから、ある程度実力のある人の方が、避難誘導もしやすいでしょう? ……それに、皆もやる気みたいだしね」
リザの言葉にクラスメイトの面々も頷いている。
「わたし、わたしね、今回、お祭りの中で世話になったヒトが沢山いるの。だから避難誘導、手伝うわ!」
「そうだね。アリアの言う通り昨日の夜からずっと楽しませて貰ったんだ。それ位はやらせて貰おうと思うよ」
そんな声が、クラスメイトの口々から上がる。
そうだ。街を壊されたくないというのは、俺だけの気持ちじゃないのだ。
祭りを楽しませて貰った分、何かで返したい。俺達はそう思っている。そして、
「ありがとうね、皆。――で、迎内組を選ぶんだけど……クロノ、いける?」
リザは俺の目を見て、聞いてきた。
「ええ、勿論です。言い出しっぺですし、やりますよ」
「うん。じゃあ、クロノと私、あとは……ソフィアちゃんで行こうか。あまり大勢で行くと避難が出来なくなるし、もしもの時はイージスさんを抱えて逃げなきゃいけないし、力と速度と防御のバランスが良い人の方が良いからね」
「わ、分かりました。頑張ります」
こうして迎撃するメンバーと、街の各地区で避難を担当するメンバーは確定した。
「そっちは任せたよ、クロノ君……!」
「俺達は街の人たちを送って来るからよ。あの機械の巨人はとっちめちまってくれ、クロノ!」
「おうよ、了解」
クラスの面々から激励の声を受けながら、俺は天幕の外へと歩きだす。
それに続くようにして、皆も天幕から出て、
「じゃあ、行動開始だよ、超特進クラスの皆!!」
「はい!!」
リザの号令の元、超特進クラスの課外活動は開始された。