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11話 旅館にて

 俺たちが案内された温泉旅館は、迷宮都市の南部にでかでかと立っていた巨大なものだった。


「ここに泊まっていいのか……」


 今回探索した生者の館よりもはるかに大きい木造建築が目の前にある。

 旅館の中に入ってみても広く、窓からは砂と岩で作られた中庭が見れた。

 

 なんとも趣があるというか、落ち着いた雰囲気の広大な旅館である。そんな旅館の入り口ロビーで俺達は、リザの話を聞いていた。


「とりあえず、一人につき一室割り当てているから自由に使ってほしい、ってさー。部屋移動とかも、合意の上なら自由って感じで。部屋割りはこれねー」


 リザは俺達に館内案内図を手渡しながら説明してくる。

 部屋数も多く、その一つ一つに俺達の名前が付けられていた。

 

 それが割り振られた部屋なのだろう。ただ、


 ……俺だけ他の皆より明らかに広い部屋に名前が書かれている?

 

 さらには、名前も俺のものだけではなく二名ほど、良く知っている名前が書かれていて、

  

「……あの、リザさん。これ、俺だけ広い部屋になっているというか、ソフィアとユキノさんの名前があるのはまさか……」

「うん。まあ、色々あると思ってね。クロノとソフィアちゃんと、サラマードは私の方で、広い同部屋にしてもらったんだ」

「……お手数をおかけします」


 寝ると彼女たちを引き寄せてしまうので、この計らいは本当に有り難い。

 

「良いって良いって。私はただ部屋の移動を提案しただけだし。ここに招待してくれた市長さんも、『ほかに注文がなさ過ぎてどうやって礼をしたものか……』って言っていたくらいだし。一つや二つ、注文してあげたほうがいいってものだからね」


 そういうものなんだろうか。

 何にせよ、この有り難い結果を得られたのだから特に何も言う事はないのだけれども。


「まあ、そんな訳でね。温泉は入り放題だから、明朝の掃除の時間以外は好きな時に入って良いって。ご飯の時間はそこに書いてある通りだけど、軽食なら、ラウンジに行けば何時でも注文できるから」

「おお、至れり尽くせりっすね」

「思う存分使い倒して欲しいって、市長さんも言っていたし、自由にやっちゃってね。それじゃあ、一旦解散ってことで」


 リザの拍手を合図に、俺達はとりあえず各々の部屋に向かうことにした。

 そうして俺が部屋に向かうために廊下を歩く最中、コーディーから声をかけられた。


「クロノー。この後、温泉に入ろうぜ」

「おお、良いな。じゃあ、部屋に荷物を置いた後、温泉に行くわ」

「了解。……って、クロノ。リュック、ちょっと破れてるけど、それ大丈夫なのか」 

「え? マジか」


 コーディーに言われて気付いた。

 見れば背負っていたリュックの下部。

 そこに僅かに引き裂かれた様な穴が開いている。

 

「……レイピアを押さえつけた時に、引っかけたかもな」

「ああ、すげえ速度で刺突された時か。……あれで、こんな掠めた程度の傷ってのもおかしいと思うが」

「まあ、実際に刺された訳じゃないからな」


 穴を開けられないように刃に出来るだけ触れず包み込む形で抑えたのだ。

 けれど、装飾の多い武器だったし。どこかの凹凸が布に傷を付けたのだろう。とはいえ、


「この穴なら荷物は落ちてない……な」


 中身を見ても傷はついていない。

 損害は、リュックのみ。それも表層部の一部だけ、という感じだ。

 

「今日の着替えも無事だし……なら、今の内に俺のダンジョンに戻って前のリュック持ち出して来ればとりあえず問題ないか」


 それに、今更だが、俺の背後には小さなチェストが付いて来ている。

 あまりに自然すぎて忘れていたが、この子も一旦、持ち帰る必要があるのだし。タイミング的には丁度良い。


「……そうだな。先に温泉行ってて来れれば、俺もあとから行くわ」

「おう、じゃあ待ってるぜー」




 コーディーと別れたあと、俺は自分の部屋の扉から、マザーコアの子機を使い自分のダンジョンへ入っていた。


「チェストを置いて、荷物取ったら、戻らなきゃだけど……」


 俺は振り返り、俺の後を付いてダンジョンに入ってきた小さなチェストを見やる。


「とりあえず、君はここに置くつもりだけど、置かれたい希望場所とかはあるかな?」


 そして何気なく尋ねた。

 すると、チェストは俺達がいつも使っている巨大なベッドの頭側に行くなり、一度回ってから、ぴたっと止まった。

 

「うーんと、そこが気に入ったのか」


 引き出しを開けてパカパカやっている。

 この行為をしているという事は、頷いているようだ。

 

 ……しばらく一緒にいて大分意思疎通がスムーズになったなあ

 

 チェストの意思を何となくとはいえ理解している自分自身に苦笑しながらも、俺はチェストを撫でておく。

 

「んじゃ、君の定位置はそこって感じで。他に良さそうな場所があれば、適当に動いてくれてもいいからな」


 すると、チェストはぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 ただ、今回跳ねた回数は少なめで。

 更には、上部をぐわんぐわん揺らし始めている。

 

「ふらふらしてるけど、もしかして眠くなったか?」

「……」


 引き出しで弱めに頷いている。

 推察通り、おねむなようだ。 


 行動を見ていると本当に犬っぽく見えてきたなあ、などと思っていると、チェストはキャスター部分を収納して、

 

「……」


 完全にその場に落ち着いた。

 そして動かなくなった。

 眠ったようだ。


「……まあ、寝かせておくか」


 ダンジョン探索に付いて来たから、疲れたのかもしれないし。

 インテリジェントレリックに疲れがあるのかは分からないが、道具を必要以上に酷使するのもアレなので、そっとしておこう。

 

「俺の方はっと。……うん、あったあった」


 チェストが眠る横で、俺はベッド下のスペースを見る。

 そこには今まで使っていたリュックが仕舞われていた。

 

「何日ぶりか分からないが、結局これに戻ってくるとはな」


 とはいえ、元々使っていた物なので、違和感なく持ち運べるだろう。

 そう思いながら俺はリュックを肩に担ごうとしたのだが、


「……ん?」


 違和感を得た。

 今まで軽いリュックを背負っていたからか、なのかは分からないが、


「……なんだか、今まで背負ってきた時よりも軽い感じがするぞ」


 そう。以前背負っていた時よりも、ずっと軽く感じる。

 どういう事だろう。

  

 先日まではもうちょっと重かった気がしたのだが。

 事実リザや天竜王の双子にも、重い判定を貰ったわけだし、それが解消されたとでも言うんだろうか。

 

 ……爺さんたちが掛けた魔法だから良く分からんしなあ。

 

 ともあれ、軽々と使えるならそれに越したことはない。

 嬉しい誤算でもあるから、このまま背負っていこう。

  

「……さて、それじゃあ改めて、再出発っと」


 そして、俺はなじみ深いリュックを片手に。

 皆が待つ温泉宿へと戻っていく。


 温泉旅館に戻った俺は、クラスメイトと温泉をまったり楽しんだ。


 高級旅館と言われていたのは伊達ではなく、

 

 ……魔王城の大浴場よりも広いとは思わなかった。

 

 正直、泳げるレベルで広かった。

 広さだけではなく、温度管理も抜群で、熱い風呂から温い風呂まで分けられていた。

 

 さらにはスライム系の種族でも入れるように、蒸気のみの蒸し風呂があったり、潜水系種族がじっくりと楽しめるような深さ数十メートルはある浴槽もあった。

 

 多様な種族が来ても対応できるというのが、入ってみてすぐにわかるレベルで凄かった。


 あまりに凄すぎてテンションが変な風に上がった結果、全員で温度高めの風呂に入って我慢大会を繰り広げ、結局俺以外がダウンするという所まで含めて良い経験になった。

 

 ……高級宿の温泉施設っていいなあ。

 

 などと思いながら、俺は今、風通しのいい休憩室でゆったりと椅子に座って休んでいた。

 

 夕食の時間までしばらくあるので、火照った体を冷ましておこうと、休憩室のフロントでもらった果実のジュースを口にする。

  

「あー、友人と駄弁って楽しんだ後にゆったりするのは、気持ちいいな……」


 この後は食事ということだが、何でも宿屋が大量に美味い物を用意してくれているとの事だし

 そこもまた楽しみだなあ、と思っていたら、


「あー、クロノもお風呂上がりー?」


 浴衣に外套を羽織ったリザがやって来た。


「はい。温泉をしっかり堪能させて貰って気持ちよくなってた所です」

「あはは、ここの温泉は迷宮都市随一な規模で設備が揃ってるからねえ。凄く良い所だよ」

「ええ、本当に。ガッツリ満喫させて貰いました。部屋も広くて有り難かった……というか、色々とお気遣いして貰って助かってますし」

「良いの良いの。この宿に泊まれたのは、君たちが頑張ったからなんだし。正当な報酬はしっかり受け取らなきゃね」


 リザはウインクしながら言ってきたあと、外套を羽織り直す。


「まあ、この後の夕食も楽しむといいよ。私はかなり遅れちゃうから、一緒に食べる事は出来ないけどね」

「あれ、遅れるって何か用件でも?」


 外套を羽織っているという事は、どこかに行くんだろうか。そう思って聞くと、

 

「うん。ちょっと前に市長さんからダンジョンチャンプさんが、ダンジョンを攻略して迷宮都市に戻って来てるって連絡を受けてね。今回発生した高難易度ダンジョンについても聞きたいって言われたから、会いに行って喋ることになったんだ。まあ、さっき、この辺りに来てるって話だから外出はしなくていい筈なんだけど……」

 

 と、リザが周囲をきょろきょろとしていると、

 

「こんばんわ、魔王リザ。ご無沙汰だね」


 そんな声が響いた。

 

 芯の通った、それでいて綺麗な女性の声だ。

 その声が響いた方を見ると、そこには鬼の角を持った女性が立っていた。

 

「あ、グリントさん。おひさー」

 

 腰にこん棒のような武器を刺した彼女は、リザからそんな返答を受けた後で頷き、

 

「相変わらず軽い感じで何よりだ。そして……そっちにいるのが、クロノ・アルコン君だね。こっちも久方ぶりだ」

 

 俺を見て。

 いきなり、そんな事を言ってきたのだった。

 

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