10話 攻略後はまったり
折れ曲がった状態で地面に置かれたレイピアを前に、俺は、敵意や害意の確認作業をしていた。
「本当に戦う気はないんだな?」
「ないって言ってるじゃない。……もう挑む気も起きないわよ」
どうやら戦意喪失したらしい。
物理的にも精神的にも折れているし。その姿はなんだか項垂れているようにすら思える。
だが、さっきまで戦っていた相手だ。そう簡単に真意を理解できないので、俺は何度も話を聞きだしているわけだが、
「まあ、それが本当なら良いとして。さっき、ソフィアの所にいったけど、何か仕込んだりもしてないんだな?」
一応リザの手によってソフィア……というか、俺たちの体調確認は住んでいる。問題なく健全で、魔法が仕込まれていることもない。
けれど、レイピアからすると違うかもしれない。そう思って、先ほどの行為で、何か仕込みをしてないか、と尋ねたら、
「何もしてないわ。ただ操ろうとして失敗しただけだもの。狙ったのだって、一番優しそうな魔力を持っているから、操れなくても一番、守ってくれる可能性ありそうかなって思っただけだし。……現に、降参するまで、貴方達、攻撃を待ってくれたし」
「……打算的だな、こいつ」
色々とぺらぺらと吐いてくるたびに思うが、とても人間臭い。
「あ、あはは……まあまあ。私としては実害はなかったので。良いんですよ」
「ソフィアは優しすぎる気もするがな。……しかし、操れないとかあるんだな。ノルグさんがくれた対魔法具の布のお蔭か?」
俺は先ほど配られた、ハンカチよりも一回り大きい程度の布を見やる。一応、これを使えば操作系の魔法にある程度の抵抗はできるという話だが、どうなんだろうか。
そう思っていると目の前のレイピアが声を発した。
「うーん。その手に持っている布は確かに、私レベルでも短時間なら効果あるけれど、私が操作をしくじったのは別の理由よ」
「別っていうと?」
「ちょっと。アナタやそっちの吸血鬼の子、ここにいる強い人たち操れないのは魔力量に差があるからってことよ」
ふう、とレイピアはため息をつく。
いや、呼吸器官がどこにあるかはわからないが、とりあえず言葉として吐息してから、
「この布があろうがなかろうが、強い魔力を持っている人は、操る事は出来ないの。それで、ここにいる人たちを見た感じ、操れそうな人がいないのよ。精々そこの帽子のおじさんくらいかしら。でも、一人を操れたところで、この戦力差だと意味がないからね……」
そんなことを言ってきた。つまりは、なんだ。
「俺たちは君を握っても、普通に操られることもなく使えるわけか」
「ええ、そうよ。……でも、アナタはダメ。本当にだめ」
レイピアは俺のことを柄で指しながら、ふりふりと横に振った。拒絶の動きだろうか。
「なんで俺はダメなんだ」
俺はそこまで武器は荒っぽく扱う方じゃないんだけど。
「壊れるからよ。貴方の腕力で振るわれるのは百歩譲って……いや千歩くらい譲らなきゃ無理だけど、それ以前に。貴方の魔力を受け止めきりでもしたら、そ、速攻で粉みじんになるわ」
レイピアは若干、震えながら伝えてくる。
武器からそんなことを言われるとは思わなかった。
「でも、このチェストは、俺の魔力とか気にせずついてきたぞ」
俺はこのフロアまでついてきていたチェストを手招きで呼び寄せる。するとチェストは嬉しそうに飛び跳ねながらこちらまで来た。
震える様子もないが、
「こいつが大丈夫なのに、君はダメなのか」
「武器と家具じゃ、用途が違うから仕方ないじゃない……。あなたの力を受け止められる武器なんて、そうそう存在してたまるものですか」
そういうものかなあ、と思いつつ、しかし俺は改めてレイピアを見る。
「まあ、俺は持つ気も無いからそれはそれでいいんだけどさ。……最終確認だけど、降参するなら、このダンジョンから出て貰う必要がある。モンスター発生源である場所だから潰さなきゃいけないし。それでもいいんだな?」
そして、このダンジョンをつぶすために一緒に来るかどうか、を訪ねた。
もしも一緒に来ないというのであれば、破壊するしかないので、出来ることならついてきてほしいものだ。
そう、俺が問いかけると
「も、勿論よ! 命が大事なんだから、一緒に出るわ!」
一瞬で、脱出の意思が伝わってきた。
これなら、ダンジョンの主を倒すのではなく、外に出す方法で攻略できそうだ。そう思いながら俺は背後でこちらを見ているノルグに言葉を飛ばす。
「……ってな感じで、このレイピアは言ってますけど、どうします? ノルグさん」
「いえまあ、このダンジョンの主が降参だっていうんなら、終わりで良いと思いますが」
「ですよね」
ノルグ的にも問題なく攻略したという認識らしい。
ならば、オーケーだ。
「それじゃあ、一応、『生者の館』攻略完了って感じで。みんな……迷宮都市に帰るか」
「おう!!」
こうして、俺達は迷宮都市で初めてのダンジョンをクリアした。
●
インテリジェント・レイピアをソフィアに持たせたまま、俺達はダンジョンの外、エンダーマインの中腹に出ていた。
そしてレイピアを持ったソフィアが最後に出たのを確認してしばらくすると、
「おー、ダンジョンを攻略すると、こんな感じで入り口が消えて行くんですね、ノルグさん」
俺達が先ほどまで使っていた生者の館の入り口である扉が、薄くなっていく。
「ええ、ダンジョンが攻略された事に対する、正常な反応です。これでダンジョンは消えることになります」
ノルグの説明に頷きながら、俺は消えつつある扉と、出てきた皆を眺める。
「なんだかんだ、面白いダンジョンで、皆もけがなく終わって良かったなあ」
「そうですねえ。……しかし、このレイピアさん。私が頂いちゃってよかったんですか? クロノさんが降伏させたのに」
俺の隣まで歩いてきたソフィアは、自分の腰元に付けたレイピアを見せてきながら言ってきた。
地上に出てくるまでに、ダンジョンで得たアイテムをクラスメイトで適当に配分したのだが、その結果レイピアは彼女が持つことになった。
ソフィア本人は貰っていいのか、とずっと言っているのだが、
「や、何も俺だけで降伏させたわけじゃないし。何より本人、というか本剣の希望だしな」
ダンジョン内でも何度も話したことを再び言う。
そう、知性を持った武器であるレイピア自身が、ソフィアを選んだのだ。
「レイピアさんも本当に、私でいいんですか?」
「え、ええ、当然よ。よろしくお願いするわ、ソフィア」
剣からしても、ソフィアにもたれる事は受け入れているようだし。
所持する事によって、何かしらの呪いや状態異常が付かない事も、リザの調査魔法によって判明しているので、問題ない。
……しかしソフィアは、本人、というか本剣相手にもレイピアさんと呼んでいるのか。
相変わらず誰に対しても丁寧だよなあ、なんて思っていたら、レイピアがソフィアの耳元でこしょこしょ話していて、
「お、お願いだから、あの青年に私を渡さないでね。私、壊されちゃうから……」
震えながら、そんなことを告げていた。
小声だけども、生憎とレイピアの声は甲高いので割と聞こえてしまっている。
「……何だか未だに怖がられているみたいだな」
「あー……、何か色々とすみません、クロノさん。レイピアさんも貰っちゃっていますし」
「そこは気にしなくていいって。俺は、このチェストが手に入っただけで、充分なんだからさ」
言いながら俺は足元についてきているチェストを見た。
さっきから、喜んでいるのか回転が早い。
小さいとはいえ、この身体を支えているキャスター部分は頑丈なようだ。
……便利で頑丈な家具とか、本当にいいものだしなあ。
元々困っている人がいるからと、ダンジョンに潜ったのだ。
更に、このインテリジェントレリックが手に入った。
……その時点で、俺は十分メリットを享受できているんだよな。
むしろ、良すぎる結果だよなあ、などと考えながらチェストを撫でていると、
「――あ、皆様。そろそろ入り口から離れていてください。多分、もうそろそろ始まりますので(傍点:始まります)」
ノルグが消えつつある扉から歩いて距離を取りつつ、そんな事を言ってきた。
「え? 始まるって何が」
「この街の、ダンジョン攻略後の名物みたいなものですよ。ささ、こちらへ」
ノルグは手招きをしている。
始まるとはなんだろうかと、俺達は首を傾げつつ、ノルグに付いていく。
そうして扉から離れるように歩くこと数十秒後。
「さて、ここまで離れて……時間もこの位ならもう来るでしょう。……皆さん、あちらをご覧ください」
ノルグはそう言って、先ほどまで自分たちがいた方向の上部を指さした。
その指に従って俺達が振り向いた。瞬間、
――カッ
と、先ほどまで薄れて消えかかっていた扉が光を放った。
そしてその光は形を変え、丸まっていく。
やがて、球体上の光になったそれは、そのまま勢いよく上空に打ち上がり
――ドーン!
という響きと共にはぜた。
すると、色とりどりの光で出来た、巨大な花が生まれた。
「これは、花火……か?」
上空に生まれた綺麗な光を見ながら思わず呟くと、隣のノルグが肯定の声を返してきた。
「はい、迷宮都市名物の一つ。攻略花火と呼ばれるモノです。エンダーマインでダンジョンを攻略すると、このような形で、ダンジョンに残っていた魔力を消費するために花火を打ち上げるのですよ」
「偉く直球な名前付けっすね……」
「まあ、そこは分かり易さが大切なので。ともあれ、この花火は難易度によって巨大になったり、一度に使われる色が増えたりするのです。現に今回はとても難易度が高かったので、物凄くカラフルになっているんですよ」
そんな仕組みになっていたのか。
「これが打ち上がると、完全に攻略終了した目印にもなるわけで。多分そろそろ――って、ああ、いらっしゃいましたね」
言葉と共に、ノルグが目をエンターマインの麓に向けた。
すると、その先には
「皆さま! もう、戻って来られたのですね!」
迷宮都市の市長が走って来ていた。
その表情は驚き半分、明るさ半分といったもので、
「大きく色数の多い花火を確認しまして。これはもしや、と思ってすっ飛んできたのですが……。皆様は、生者の館を攻略、なされたのですね」
「うん、そうだよ。まあ、皆って言っても、私は何もしていなくて、超特進クラスの皆の力だけどね」
俺達の先頭に立って答えるリザに対し、市長はふるふると体を震わせた。そして、
「な、なるほど……。まさかここまで素早く攻略されるとは……!! ――ありがとうございます! 本当に超特進クラスの皆様と魔王様のお陰で、非常に助かりました……!!!」
市長は俺達を見るなり、勢いよく礼をしながら言ってくる。
そんな彼に、ノルグも頷いており、
「彼らは凄まじかったですよ、市長。報告書を書かせて貰いますが、驚く事が多いかと」
ノルグのセリフに頭を挙げた市長は、額に汗を浮かべていて、
「おお、ノルグがそこまで言うとは。……見るのが怖くとも楽しみだ……。直ぐに作成をお願いするよ」
汗を拭いながら、ノルグにそんな指示を飛ばしていた。
この人は、とても感情豊かだけども、直ぐに仕事の事に頭が切り替えられる人なんだなあ、と思いながら市長を見ていると、
「ともあれ。ご苦労様でした、皆様」
彼は再び俺達を見て会釈した。更に、
「今回の、お礼と言っては何ですが、迷宮都市では最も評価が高い、高級温泉旅館『癒しの迷宮廷』を抑えましたので。そちらに招待させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
力強い口調で言葉を追加してきた。
そして、言葉の中の単語に反応したのはリザで、
「えっと……『癒しの迷宮廷』? そこって凄く高級な旅館じゃないっけ? そんな所に泊まっていいの、市長さん?」
「はい、勿論ですとも。……元々こちらの手配で今夜のお宿を提供するという手筈でしたし、これだけ苦労をおかけした皆さまの疲れはそこで癒して貰えればと思い。だから、どうぞ遠慮なく! 連絡は既にしてありますので」
「おー、そんな事までしてくれたんだ。ありがとうね、市長さん」
「いえいえ、街の祭りの安全を守って頂いたのですから。むしろ、この程度で済ませられるものではありませんので。……こちらが案内になりますので、ひとまずお受け取りを」
そうして、市長からリザの手に何枚かの紙束が手渡された。
それを確認した後、リザは俺達の方に向き直った。
「それじゃみんな、今夜の宿は温泉旅館に決定したよ! 旅行ガイドには『恐らく街の外れの宿に泊まる』って書いてたけど、グレードアップになったね!! 広い部屋と温泉が待っているよ!!!」
「おー」
リザの声に俺達は各々で拍手をする。そして、その拍手に頷きを返した後、リザは街の方を指さして、
「さあ。それじゃみんな。市長さんが用意してくれた温泉宿に行こうか。そこでダンジョン攻略の祝勝会も開いちゃおう!」
「うっす!」
そうして俺達はダンジョン攻略の成果を確認しつつ。
今回突然アップグレードされたらしい、宿泊地へと歩を進めて行くのだった。
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