9話 色々と賢明
四階層で隠されていた部屋を見つけ、そこにあったワープ扉を開いて、俺達は五階層までたどり着いた。
そして、そこにあったのは、
「家、じゃなくなったな」
高い壁で囲まれた、広大な面積を持つ、円形の硬い土地だ。
この見た目は家というよりは、
「闘技場、と言った方が良さそうだな」
「そうですね。向こう側にもなにか、入り口みたいなものもありますし」
自分たちが入ってきた扉は壁沿いにあるのだが、それに相対する方向に、何やら重厚そうな鉄格子が見えた。
奥には暗闇しか見えなかったが、俺が目を凝らそうとした瞬間、
――ゴ
と、地響きと共に、鉄格子が開いていく。
そして奥の空間から、ぬっとした動きで出てきたのは、
「ミノタウロス、か?」
頭に雄々しい角を持った、二足歩行の牛だった。
筋骨隆々とした体躯を持ち、その手には綺麗な装飾を持ったレイピアを持っている。
何とも威圧感のある風体だが、何となく違和感があるというか、
「……目に光が無いな……」
というか、ミノタウロスが俺達の方を見て分かったが、眼球がない。
体も、所々に骨が見えている。けれど、痛みを見せるどころか、気にしている素振りも見せない。
生きてはいないよう見えた。
「あれは……ミノタウロスのリビングデッド、って奴ですかね」
呟くと、背後にいたリザが、ん~っと目を細めてミノタウロスを確認しており、
「んー……そうだね。クロノの言う通り、生体反応は全くないから死体っぽいね。でも、生きてるように、動いているけどね」
「生者の館という名前に反しているきもしますが。ともあれ、こいつが、ダンジョンの主とやらだったり?
「それは分からないけど、……動きから敵意は見えているのは、分かるね……!」
そんな事を彼女が言うのと同時。
「――ッ!!!」
レイピアを片手に構えたミノタウロスが、一直線に突っ込んできた。
豪速で、光の無い両目にも関わらず、明らかにこちらの位置が分かっている動きだ。
無言で、しかし確実な害意を持っての攻撃である。
「適当にグループ分けして、避けるぞ、皆!」
「あいよ!」
俺やクラスメイトは数人でまとまった状態で、各々のグループで回避行動を取る。
集団でダンジョンに潜っている時によく取っている行動だ。
当然、回避をすれば、ミノタウロスのレイピアは空を切るが、
「……ゥ、オ!」
呻きと共に、強引に、方向を転換した。
狙いは、俺の方だ。
目は見えていない筈だ。
俺の近くにはソフィアやユキノ、リザもいるから、一番人数が纏まっていて、発せられる音が多いグループを選んだのか分からないが、
「まさか、こっちでも、牛追いすることになるとはな」
「こ、今回は追われる方だと思いますが!」
ソフィアの突っ込みに違いない、と思いながら俺は手から鎖を鞭のように伸ばし、ミノタウロスのレイピアを持つ方の手を打った。
硬質な音が響き、ミノタウロスの腕の肉が弾けて散る。が、
「……!」
剣を負傷してない腕に持ち替えるのみで、突貫は止まらない。
痛みで怯む事もなく、突き刺しに来る。
「……体の損傷も気にせず攻撃してくるか」
元より命の無い身体だからか、壊れる事にも遠慮がないらしい。
「だったら……、こっちも、遠慮なくやらせて貰うか」
俺は突進を回避しながら、鎖を再び振るう。
ただし、今度は腕ではなく、足だ。
「ぶち抜いて、絡みつけ……!」
地面を這うように振るわれた鎖は、そのままミノタウロスの両足を打撃する。
肉が再び弾けて行くが、それだけで鎖は止まらない。
両の足を拘束するようにグルグルと絡みついていく。それだけで、
「……!?」
ミノタウロスは転倒した。それに合わせるように、
「あとは、任せて……!」
ユキノがミノタウロスに肉薄した。
彼女は両の爪を伸ばした状態で突っ込むなり、
「……とにかく、切り刻む……!!」
すれ違いざまの一瞬で、ミノタウロスの四肢を切り裂いた。
ほんの瞬く間だ。
転倒したミノタウロスの手足はズタズタになって、
「……ッ!」
倒れたまま、びくびくと震動するのみになっていた。
鎖を解除しても、それ以上動くことはない。
「おお、流石ですね、ユキノさん。きっちり動きが止まってる」
「肉が弾けた時、剣を持ち替えてたから。肉と骨が切られれば、もう動けない、と思った」
ユキノは両手の爪に付いた残滓を振るい落しながら俺の隣まで戻って来る。
クラスメイトも、突撃が止まった事でこちらへと寄って来る。
とりあえず、戦闘は止まった訳だが、
「これで、このダンジョンは、終わり……?」
ユキノが首を傾げながら言う。しかし、その瞬間、
「……いや、違うよサラマード。危険な魔力を放っているのはこのリビングデッドじゃない」
近くにいたリザがそんな事を言い始めた。そして、
「こっちから、ずっと、強い魔力が出っ放しなんだから」
ミノタウロスが持っていたレイピアを指さした。瞬間、
「あら、気付いてたのね」
声が響いた。
甲高い女性のように聞こえる声だ。
更に、倒れたミノタウロスの手から、ひとりでにレイピアが動き出した。
ふわふわと宙に浮かび、ミノタウロスを見下ろすように剣先を向けた。
「しかし、駄目ね、こんな体じゃ。弱くて相手にならないわ。折角ダンジョンを広く作っても、体がダメでは意味がないわ」
声はどうやら、レイピアから出ているようだった。
「だから、私が、直にやってあげる」
そして、レイピアがこちらに剣先を向けてくる。
「言葉をここまで理解して操るとは……! 気を付けてください、皆! そいつは、強力なインテリジェント・レリックです!」
背後からノルグの叫びが聞こえる。が、それがこの空間に響き終えるよりも早く、
「うふふ、気を付ける暇なんて与えないわ……!! 《残身駆動》……!!」
レイピアが動き出した。
先ほどのミノタウロスですら遅く見える速度だ。
「ふふ、私の動き、捌けるものなら捌いてみなさい……」
甲高い声が空間中に響き渡る。
何かの魔法なのか、残像のようなものも空中に残している。
「おー、結構早いな……」
「け、結構どころじゃないと思いますよ、クロノさん!」
正直、目で追うのは辛い速度だ
だから、というわけではないが、俺は深く息を吐く。
そして、全身の感覚を尖らせていき――
「貰ったわ……!」
声が空間に反響した。瞬間、
「後ろか」
「ッ!?」
俺は背中に身に付けていたリュックを瞬時に外し、身を半回転。
すると目の前に、感じ取った通り、こちらへ刺突しにくるレイピアがいた。
だから俺はそのレイピアの刀身をリュックで包み込み、その上からぎゅっと掴んだ。
「よし、捕まえた」
少し早めに動いた余波か、俺の周囲にぶわっと風が起こってしまうが、起きた現象は、その程度だ。
それを見て、近くの皆が、なにやら目を見開いていて、
「あの、クロノ。今、明らかにおかしい動きしたんだけど、どうやって感知したの?」
「うん。なんか、ブレてたんだけど……」
「えっと、今のは普通に頑張って気配を読んで、音を拾って、なんか来そうだなって部分を見つけただけですよ?」
「……ゴメン。何を言っているか分からないや。頑張ってあの気配を読めるとか、ちょっとわからないし」
うーん、上手く伝わらない。
相変わらず俺は体の感覚を説明するのが苦手らしい。
ともあれ、レイピアの動きは止まったのだから、あとは、この喋る武器から色々聞き出すべきだろう、と思っていると、
「うふふ、ビックリするくらい早いわね、青年」
レイピアが声を発し始めた。
余裕を持った笑みを含んだ声だ。
「でも、私を、握ったわね? アナタの体の方が強そうだし、ありがたいわ……!!」
その言葉が響いた。
瞬間、近くまで来ていたノルグが叫んだ。
「まさか……これは……クロノ君! 手を離しなさい! そのレイピアから魔力が流れ込んでいる! 君を操ろうとしている!!」
●
ノルグは、目の前でレイピアを握るクロノに駆け寄っていた。
インテリジェントレリックは自分の力で敵味方を選ぶ。そして、
……物によっては持ち主を傀儡とする事も出来る。
先ほどまでミノタウロスのリビングデッドが動き回っていたのも、あのレイピアの力で操られていたのだろう。
発動条件は、恐らく、装備する事。
だから急いで、手を離すように言い、何なら自分がその手から武器を弾こうとした。けれど、
「うふふ、もう遅いわ」
そう言って、レイピアは光を発した。
白く眩い光だ。
その光は触手のようにうごめき、素早い動きでクロノの手にまとわりつこうとする。
「これで私はもっと強くなれる……!」
「くう……」
遅かった。けれども、操られたばかりならば、レイピアも新しい体になれていない筈だ。
そうなれば、抑え込み、無理やり手を離させることも出来る筈だ。
そう思って、ノルグが駆け寄りの一歩を踏んだ瞬間、
――パン
と、軽い破裂音と共に、光の触手が弾けた。
クロノの腕の周りからにじみ出てきた黒い光に、拒絶されるような形で、弾かれたのだ。
「え……?」
それを見て、ノルグは唖然とした声を上げた。更には、
「ひ……い……あ」
クロノに握られているレイピアがぶるぶると震え始めた。
「い、いや! な、なに……これ……。や、やだ、折れちゃう……!」
悲鳴のような声を上げながら、ガタガタと揺れ始める。
どうやら、傀儡化は上手くいっていないように見えるが、それ以上に、
……様子がおかしい。
ノルグが目を細めて見ていると、クロノがこちらを向いて、
「えっと? これは、手を離した方がいいんですかね?」
そんな事を聞いてきた。
「いや……ちょ、ちょっと待ってくれ。操作が上手く行ってないようだから、そのままでも大丈夫だと思うが……一応、私が操作系に対する対抗魔法具を持っているから、それ越しに足で抑えておくから、床に置いてくれないか」
「ああ、では頼みます」
言われた通り、クロノはレイピアを床に置いた。
「これでいいっすかね」
「あ、ああ」
普通に手放せている。
確実に、操られていないようだ。
そう思いながら、ノルグは対魔法具の布をレイピアの上に敷き、更に踏むようにして抑える。そして一応皆に、短時間ならば操作系魔法に対抗できる、対魔法具の包み布を配った上で、クロノの方を見る。
「一応聞きますが、操作されている感覚はありますか?」
「いや、特には。操作する目的なのか変な魔法は使っていたっぽいでですが……どうしたんですかねえ」
と、首を傾げるクロノに、彼の足元から声が飛んだ。
「どうしたんだ……って、な、なんなのよ、そのアンタの力! おかしいじゃない!」
レイピアの声だ。甲高い女性の声にはかつての余裕は全くなく、むしろ焦りが目立っていて、
「そ、そうよ。アンタの力で覆われて、全然見れなかったけど、こ、こいつらは、皆、力が強すぎるわ…………! なんで、こんな奴らが私の館に来ているのよ……!!」
と、叫びながら、レイピアはガタガタと動き出した。更には、
「くう……《収縮》……!」
「あっ、こら」
レイピアは自分の体を一気に小さくすることで、こちらの足元から抜け出した。
ミニチュアのような体躯になってしまったレイピアは、しかし浮かびながら、
「せ、せめて! せめてその子の体を借りられれば――! 《持ち手伸長》……!!」
その柄の部分を伸ばして、目の前にいたソフィアに手に触れようとした。が、
「ええと……?」
咄嗟の動きか、ソフィアは対魔法具の包み布ごしに、キャッチした。
「ま、まだまだ……この程度の抵抗なら!」
明らかに弱った口調ながらも、レイピアは光の触手を再び生みだす。が、
――パリン。
と、ソフィアの体から出た赤い光が、これまた触手を吹き飛ばした。
「す、すまない、ソフィア君? だ、大丈夫かね……?」
聞くと、ソフィアは頬を掻きながら
「え、あ、はい。対魔法具の布を頂いたお陰か、特には別状はないですけど」
そんな報告をしてきた。
そして、それを聞いたのは自分だけではなく、
「いや、これ、嘘……。一番優しそうなこの子でも無理だったら、この場に私が操れそうな強いヒト、いないじゃない……」
レイピアは何やらぶつぶつと言葉を零した。
弱り切った口調だ。
そして、その後しばらく黙りこくり、
「…………あのお、ちょっといい?」
長い沈黙の後、レイピアは言葉を発した。
対応したのはクロノで、
「なんだ?」
「あの、降参して、いいかしら……」
そして、最後に己の刀身を折り曲げながら、クロノに対し、そんな声を響かせてくるのだった。




