一話 提供される品々
朝食の後、俺は旅行に使う鞄を持った状態で応接間にいた。というのも、
「さて、クロノ。旅行前の今日は、出発の準備出来ているか道具の確認をするよ! 必要なものがあれば、こっちから魔王城の最新技術が詰め込まれた品を提供するつもりだからじゃんじゃん言ってね」
という用件で、リザに呼ばれたからだ。確認をしてくれるというのは有り難いのだけれど、
「どうしてリザさん直々に? 持っていくべきものが記載された「旅行予定書」は先日、教授から貰いましたけど……」
「ああ、一応ね。魔王城の外に皆で出るのは初めてだから、私の代では出来るだけ確認するようにしているの。それに、クロノって、こういう旅行初めてだって言ってたでしょ? だから持っていった方が良いモノを、重点的に伝えておいた方がいいかなって」
ふむ、気遣ってくれていたのか。
確かに、故郷の村からこの魔王城まで、旅のような事はしたけれど。こうして同年代の皆と遊んだり学ぶために違う街に行くのは初めてだから、リザの申し出は有り難い。そう思っていたら、
「あの、魔王様、なんでボクたちまでいるんですか?」
自分と同じくリザに呼ばれたらしい、ミスラルトが手を挙げて言った。その隣にはアリアもいる。
「うん、君たち二人も慣れてないと思ったから念のためにね。ミスラ君は常識的な方だけど……ほら、アリアちゃんの旅行鞄から、ダンベルが見えてるくらいだし」
見ればアリアが持ってきている鞄からは、とても重たそうな金属がはみ出ていた。それを見て、ミスラは吐息する。
「ああ……まあ、確かにそうですね。一応、見て貰った方が良いのかも知れません」
「え!? 何かおかしかったかしら!? 鍛錬の為に必要だと思って、持っていこうとしているのだけど!」
「アリア……旅行先ではこういうものを持っていかなくていいんだからね」
「そうそう。一応課外講習って名目だから鍛錬自体はいいんだけど、その鍛錬用具はいらないかな。……というかだね。重たいものを持っていく位なら、マザーコアの子機――リトルコアさえ持って行ってくれればいいんだよ」
リザは微笑しながら、懐から小さな水晶を取り出した。ダンジョンの行き来をするための道具、リトルコアだ。
「これがあれば、自分の部屋ごと移動できるようなものだからね。忘れ物もしないだろうし。着の身着のまま来ても、最悪大丈夫だよ」
「あのリザさん。……だとしたら持ち物、それだけでいいのでは?」
魔王城にいる学生は自分のダンジョンに持ち物をぶち込んでいるのだから。手ぶらでも問題ないんじゃなかろうか。そんな俺のセリフにリザはうんうん、と頷く。
「確かに身軽さだけを考えたらそうなんだけどね。……でも、一々部屋に戻るよりは、ある程度鞄に詰めちゃって移動した方が楽でしょ? 扉が一つでもあれば、確かに自分のダンジョンには行けるんだけどさ。……魔王城の外で失くしたら大変だから気楽に使い過ぎることなく大事に扱って欲しいし。城内なら私の力で簡単に見つかるけど、外だと探知魔法の使い手が必要になるしね」
「……ああ、なるほど」
当代魔王のダンジョンである城内でリトルコアを落としてしまっても、リザが簡単に見つけること出来るが。外だともっと慎重に取り扱わなければならないのだろう。
落下防止の袋や、魔法をかけておけば基本、落とし物はしないだろうけれど、もしもということはあるし。
「あと、何よりさ。外の街にいる時間を増やした方が楽しいだろうし。そういう意味で、鞄を持っていくことをお勧めしているんだ」
「……確かにそうですね」
せっかくの外の街なのだ。
いつでも見れる自分のダンジョンに籠る時間は少ないに越したことはない。
「うんうん、分かってくれたようでうれしいよ。そんな訳で、最後はクロノねー」
「お願いします。まあ、俺はあんまり変なものはもっていかないですけど。このリュック一つだけですよ」
俺は手にしていたリュックを掲げるようにしてリザに見せる。
「あ、そうなんだ。というか、クロノの旅行鞄は、あんまり大きくないね」
「ええ、まあ。村からこっちに来るときに使っていた折り畳み式のリュックですから、その時も衣服くらいしか入れてなかったですからね」
そこまで容量は必要なかったのだ。
今回だって、服や下着を何枚か入れているだけだ。あと持っていくのは財布くらいだが、身に付けるタイプなのでリュックには入れないし。
というか、そもそも服と財布以外、特にモノを持っていないのだが。
「へえ。なるほど。道理で使い込まれている感じがあると思った。……えっと、中身は見ても大丈夫?」
「大丈夫ですよ。はい、どうぞ」
「わあ、ありがとー」
そうしてリザが俺のリュックを手にした瞬間、
「――っ」
彼女は、リュックに引っ張られるようにして、へたり込んでしまった。
「あれ? どうしたんですか?」
何をしているんだろうと首をかしげていると、リザは俺の手とリュックを交互に見て、
「……いやあの、この鞄、重くない?」
目を白黒させながら言ってきた。
「え? 服しか入ってませんよ?」
「いや、そういう次元じゃないんだけど。……あの、ミスラちゃんとアリアちゃん、二人とも、持ってみてくれる?」
リザは天竜属の二人をこいこい、と手で誘う。
二人は顔を見合わせた後、手招きに従いリュックの前に立った。そしてまずアリアがリュックを持ったのだが、
「――っ!? これ、すごい、すごいわ! 私のダンベルよりも重いわよ!?」
手にした瞬間、アリアもリザと同じようにリュックに体を引っ張られた。
リザと違うのはぐっと踏ん張って、持ち上げた所か。
そして重さを嬉しそうな表情で報告してくる。
「ほ、本当に重いね。なにで、出来ているんだい、これ?」
アリアに続いて俺のリュックを手にしたミスラも、目を丸くしながら、そんなことを言ってくる。
「え、いやあ、一応、爺さんたちに来るときに持たされた装備なんですけど」
ただ、俺としてもそんな反応をされるとは思っていなかったので、むしろ驚きの気分は一緒である。
魔王城に言ったら新しいのを買うと良いとは言われたけれど、まだ使えるものがあるのに新品を買うのもなあ、と思って使い続けていた物なのだから。
そうして、俺や天竜王の双子が戸惑っていると、
「ん~?」
リザが目を細めて、リュックの底部を見た。そして、
「ああ、なるほど。ここに、魔法的な重りがエンチャントされてるね、これ。魔法防護も掛かっているけど、それ以上に重量増加の魔法が強いや」
「え? そんなものが掛かってるんですか?」
「うん。かなりがっちり、外せない位強力なエンチャントだね。何でこんな無駄な事をしているんだろう……見た目が布なのに異常な重さをしていると思ったら、当然だよ……」
ふう、と吐息をしながらリザは呆れたように言ってくる。
「そんな魔法が掛かっているとは……。というか、そんなに呆れるほどには、重いんですね、このリュック」
リザ達の反応を鑑みて、客観的な判断をしていると、リザが半目を俺に向けてきた。
「その言い方をするって事は、クロノ、やっぱり、気づかずに背負っていたんだ」
「いやまあ、最初に渡された時からその重量でしたから。他の爺さんたちが持っている鞄と比べるとちょっと重いけど……とは思っていましたが……。これ渡してきた爺さん達が悪戯したんですかねえ」
「悪戯っていうか、これで『ちょっと重い』判定は、判断基準がバグってると思うなあ……
「そんな事を言われても基準点が少ないモノで」
一般的なリュックというものを持ったことがないのだから、その辺りは勘弁して貰いたい。そう思っていたら、
「……うーん、こっちに学生に無償提供している魔王城謹製リュックがあるんだけど、そっちを使ってみない? 普段使いするなら、多分そっちの方が楽だと思うから。魔法防護的にも、ほぼ同じだけの強度はあるし」
リザが背後のテーブルに置いてあったリュックを手にして見せてきた。
「えっ……と? 良いんですか? 新しいのが貰えるのであれば、貰いますけれど、無償で提供して貰っても……」
「うん。勿論。元々そのつもりで用意してあるものだし。魔王城的にも、君たちが使ってくれれば、これだけの技術力があると城外にアピールする機会にもなるんだから。むしろ使ってくれた方が有り難いまであるね」
前々から思っていたけれど魔王城も結構商売っ気ある動きをしているようだ。その恩恵を受けられているのは有り難いけれど。
「では、そのリュックを頂いて、可能な限り出かけておきますよ」
「あはは、宣伝してくれるみたいでありがとう。じゃ、魔王城の最新鋭技術、体験しちゃって」
言われてリュックを手渡された俺は、まずその感覚にビックリした。
「お?! これ……超軽いっすね、この鞄!」
そう、今まで持っていたリュックに比べたら羽のように軽い。正直、同じ用途に使える物なのか、と思ってしまうほどだ。
「うわ、こんなに軽くて物を入れて大丈夫なんですかね……」
「いや……あの、それが普通のリュックの重量だからね」
なるほど。これが一般的な、普通の基準か。
よく分かった。覚えておこう。
などと、新たに貰ったリュックに触れていると、
「……いやあ、何というか。よくこれ、持ててたね、クロノ」
ミスラが俺の前のリュックを持ちながら半目で言ってきた。
「本当、本当よ。私たち以上の筋力を持っている理由の一端が分かったわ。私も鍛錬用具として欲しい位よ! ……もう少し軽めのをね!」
「別にそのリュックで筋トレしていたわけじゃないんだけどなあ」
「あはは。――ま、何にせよ、その新しい鞄は魔王城の最新鋭技術で作られた品で、魔法防護もクロノの鞄に負けないくらい掛けているから。普通にモノを入れる位ならそれで充分だし、気分によって使い分けてね」
「あ、はい。ありがたく使わせて貰います、リザさん」
そんな訳で、俺は新しい鞄を手に入れた。これがあれば、使い慣れている方の鞄と用途が分けられて有り難い。
マザーコアの子機があれば、一方が壊れてももう一方の方に切り替えられるし。
……ああ、新しい装備を手に入れるというのは、気分的に気持ちいいもんだなあ。
それに仲間と一緒に自分の装備について話をするのも楽しいものだ。そんな事を思いながら、俺は新しい方の鞄に旅行用の衣服を詰めて行くのだった。




