第10話 魂の支配
リザに連れられていつもの応接間に行った俺たちは、
「確認してくるからそこでお茶でも飲んで待っててー」
そう言われて、室内で待つことになった。
リザ自身は部屋の外に出て行って何やら話している。
「どうしてこうなったんだかな……」
「そ、そうですね」
抱きつき状態を解除したソフィアは、俺の隣で顔を赤くしたままお茶を飲んでいた。
解除は俺の『離れろ』という命令によって成功した。
その言葉が出た瞬間、彼女を縛っていた黒い鎖がゆるまったのだ。
その事実から、彼女は本当に俺の命令によって操られているのだと実感した。
……俺はそんな魔法の知識は無いんだけど、何が原因だ。
俺もお茶を飲みながら考えていた。
そうすること数分。
リザが出て行った扉から入れ替わるようにして、青ざめた顔のダンテ教授がやってきて、
「このたびは誠に申し訳ありませんでした――!」
いきなり、土下座された。
「あの……何してるんです?」
「今回、クロノ君とソフィア君の奴隷化――もとい支配契約はこちらの手違いというか、システムエラーによるものだったんだ。だからその謝罪をね……」
「システムエラーによる奴隷化ですって?」
ちょっと意味がわからないんだけど。この魔王城に来てから意味のわからない事は多々あったので、いつも通り説明を求めることにした。
「一から説明お願いします。俺も、ソフィアも納得できるように」
「お願いします!」
俺とソフィアはまっすぐダンテ教授を見据えた。すると彼はゆっくりと声を出し始めた。
「マザーコアは知っているね? あれは初代魔王様の発明で、己の魂と力の一部を預け、ダンジョンに変換するという機能を持っているんだ」
「へえ、そうなんですか」
ダンジョンを作る力試しの道具としか認識していなかったけれども、そんな仕組みで動いていたのか。
「ここで重要なのは、魂を預けているということなんだ。クロノ君。君がマザーコアに触れる前に、ソフィア君が触れた。その記憶があるだろう?」
「ええ、まあ。十階層のダンジョンを作っていたのは覚えていますよ」
「つまり、その時点でソフィア君の魂は、マザーコアに預けられていたんだ。そして――その直後に君が、あのマザーコア一つを全て丸ごと支配してしまった。ソフィア君の預けられていた魂ごと、ね」
あれ、ちょっと雲行きが怪しくなってきたぞ。
「魂の支配というのは、奴隷化魔法で行われる支配契約と同じだ。あれも魂の一部を主側の力で縛るのだからね。その結果が――今、君たちの関係性というわけだ」
「つまり……この奴隷状態は今に始まった事ではなく、ダンジョンを作った時点から確定していた、と。そういう事ですかね、ダンテ教授」
俺の質問に、ダンテは静かに頷いた。
「こちらのシステムの問題から始まっていたんだ。マザーコア一つが支配されつくすというのは前代未聞だったとはいえ、本当にすまない……。二人にお詫びする……!」
ダンテは机に頭をこすりつけんばかりに頭を下げてくる。
……まさか原因が俺関係だったとは……!
予想を超えていた。というか予想なんてしていなかった。
「あー……ソフィア。なんというか、スマン」
なんだか謝っておかなきゃいけない気がしたので、ダンテ教授に合わせて頭を下げておくことにした。
「い、良いんですよ。顔を上げてください! 事故みたいなものだったんですし。クロノさんもダンテ教授も一切悪くないですから!」
「そ、そうだ、クロノ君。君が謝る必要なんてないんだ! 君の力は素晴らしいもので、何一つ悪い事は無い。全てはこちらのシステムエラーが原因なのだから」
二人がフォローしてくるので、一応頭を上げることにしたけれど。
正直これからどうしよう、という気持ちの方が強い。
……ひとまず、現実を見よう。ソフィアの体には半透明の鎖がいまだに付きっぱなしなんだから。
過去を振り返るより、未来を見よう。
この支配契約とやらが手違いで付いたのならば、さっさと解除したいところなのだが、
「支配契約、解けろ。――とか言ったら、この鎖、消えてくれないかな……」
だが、数十秒待っても、鎖は残ったままだった。
「無理みたいだな……」
「そうですね……」
俺とソフィアが顔を見合わせていると、ダンテ教授が冷や汗をだらだら流しながら、隣の部屋に通じる扉を指さした。
「あちらで、魔王様がマザーコアを御調べになっているので、もう少し待ってほしい。……そろそろ戻ってこられるはずだから、それまでお茶とお茶菓子でくつろいでくれ。……頼む……!」
懇願するような教授の声に、俺とソフィアは大人しく頷いておくことにした。