第9話 同級生なお姫様
午前の講義のあと、俺は魔王城の食堂で昼飯を食べていた。
「昼飯が格安ってのも有難いよなあ」
量も多いし、メニューも豊富だ。
一年間はこの楽な環境で生活出来るんだから有難い話だ。
……席も広々と使えるしな。
食堂のテーブルは結構埋まっているが、俺の周囲だけエアポケットが出来ている。
同級生は一言二言は挨拶してくるものの、別の席に行ってしまう。
これは一種の放置プレイなのかな、と思いながら食事をし終えて、食後のお茶を飲んでいると、
「クロノさん、お隣、良いですか?」
ソフィアがやってきた。彼女も昼食のようで、サンドイッチを乗せたトレーを持っている。
「どうぞ。座ってくれ。俺のお隣一号だ」
「ふふ、それは嬉しいですね。それじゃ、おじゃまします」
言いながら、彼女は席に付いた。
その時、俺は彼女が来ている服が、先ほど見たモノとは違う事に気付いた。
講義中は露出が多めな服だったが、今着ているのはふわふわのフリルが付いた長袖だ。
「あれ、なんだか服を着替えているけど、どこか行くのか?」
「ええ、少し町のほうへ。こちらへ来て二日目ですし、寝具などの小物を買い足ししようかと思いまして」
「そうか。寝具か……」
俺も買い忘れていたんだよな、と昨日のことを考えていたら、思わずあくびが出てしまった。
「……ふああ……」
「お疲れのようですね、クロノさん。先ほど激戦をしたので無理もありませんが」
「ああ、いや、あれは別になんてことないんだけどな。昨日変な体勢で寝たせいで、眠りが浅かったみたいなんだよな」
「そ、そうでしたか。あれで、何てことないんですか……」
ソフィアは若干ひきつった顔をしているが、眠りが浅いというのは事実だから仕方がないだろう。
魔王のマットレスは、寝心地は良かった。良かったんだが、
……布を丸めただけの枕が合わなかったんだよなあ。
お陰で、首が疲れた。睡眠時の回復力が二倍になったとはいえ、眠りの浅さによる眠気はどうにもならないらしい。
「首から肩にかけてが重くてなあ」
喋りながら俺は机に突っ伏そうとすると、
「ふふ、ここで寝てしまっては首が余計に疲れてしまいますよ。こういうクッションがないと」
ゆったりとした動きで、頭と机の間にソフィアが手を差し入れて来た。
彼女の手首に俺の頭が乗っかる。
そんな事をすれば、必然的に彼女の体は俺に寄ってくるのだが、
「……えっと、何をしているんだ?」
「いえ、先ほどの講義で物凄いものを見せてくれたお礼です」
「特に何も見せた覚えはないんだけどな」
「ふふ、気にしないでください。自分が恩を受けた感じたなら返せ、というのが私の家系、一族のモットーですので。私がやりたくてやってるんですよ」
「そうかあ。それなら、いいんだけどさ」
この状態で寝ると、彼女の腕の部分の服が頬に当たって気持ちがいいし。
と、そこまで思って、そこで気付いた。
「……ソフィアのその服、物凄くふわふわで、ふかふかだな」
羽毛や綿よりも、弾力があって気持ちが良いぞ。
「あら、褒めて頂いてありがとうございます。ウチ専属の仕立て屋さんも喜ぶと思います」
「なんの素材で出来ているんだ、それ」
「ふふ、吸血鬼の企業秘密です。王侯貴族だけに渡される布で出来た普段着とだけ言っておきますが」
何気なく、衝撃的な事実を聞かされて、俺の動きが固まる。
そして無理やり首を動かし、
「王侯貴族……って、ソフィアってお姫様だったのか……!?」
ソフィアを見つめて尋ねると、当然のように頷いた。
「そうですよ? 特進クラスの人たちはそういう人ばかりですから、珍しいものではないですが」
普通に言われてしまった。
そうか、そういえば特進クラスの人たちは、王族とか貴族とか、能力的にも権力的にも強い人が多かったんだ。
「ただ、お気になさらないでください。私も気にしませんので」
ソフィアはにっこりをほほ笑みながら言ってきた。
その方が俺としても色々と助かる。
お姫様に腕枕されているというのは、対外的にみると不味いだろうが。もうされてしまったことは仕方ないので、このまま行くことにする。
「ともあれ話を戻しますと、この服には色々と吸血鬼の技術が詰まっているんですよ」
「そうなのか……でも、本当に気持ちいいな、これ。抱き枕にしたいくらいだよ」
この肌触りを抱き枕にして眠れたらもっと気持ち良いだろうな。と、そんなことを思いながら俺は言った。
「ふふ、そう言って貰えると光栄です。では、もうちょっとだけ触れてみますか――って、あらら?」
「うん?」
彼女は来ている衣服を俺の体のほうに寄りかかってきた。
というか抱きしめて来た。
「あの……流石に大胆すぎないか? いや、嬉しいけれどさ。抱き枕云々は冗談のつもりだったんだけど」
と、ソフィアの顔を見上げて言うと、彼女の顔も真っ赤に染まっていた。
「い、いえ、私もここまでするつもりは……。は、はしたないですし、す、すみません! いま退きます――」
ソフィアはそう言って力を込めるようなそぶりを見せる。
だが、一向に離れない。
「あ、あれ? なんだか離れられません……! 体が勝手に……ひゃあ!」
「ええ?」
何を言っているんだ、と、俺は立ち上がる。
しかし、それでも彼女は抱きついたままだった。
「えっと、ソフィア……?」
「す、すみませんー。ぜ、全然離れないんです!」
ソフィアは真っ赤な顔で首をフルフルと振っていた。
……本当にどうなっているんだ。
そう思って辺りを見回すと、ソフィアの体に半透明をした黒い鎖がまとわりついているのが分かった。
……なんらかの魔法的な攻撃を受けているのか。
だが、何のために俺たちを攻撃する。
訳が分からないぞ、と俺も戸惑っていると、
「あれ? クロノ、何しているの?」
「リザさん?」
魔王が通りがかった。ちょうど良かった。
魔法的な攻撃が加えられてないか、彼女に聞けば分かるはずだ。
そう考えて聞こうとした。だが、それよりも早く、
「クロノはその女の子と隷属契約を結んでいるっぽいけど、そんな関係だったの?」
リザは首をかしげながらそう言った。
「はい?」
「いや、だから、その子に付いている黒い鎖、『支配契約の鎖』でしょ? 相手の魂を支配し、隷属させて、命令を絶対順守させるってやつ。発動状態を見るにクロノが契約者っぽいんだけど、君がやったんじゃないの?」
リザはソフィアの鎖を指さしながら、尋ねて来た。
「あの、そんな事をした記憶、一切ないんですが」
「そうなの?」
「はい。ただ現状をまとめると、……ソフィアは俺の奴隷になってしまっているということですかね?」
その問いかけに、リザは軽い調子で答えた。
「やっぱりクロノは纏めるのが上手いね。その通りだよ。--魔法的に見るとその子は、クロノの奴隷になっているね」
魔王城に入って二日目。
なぜか俺は同級生の、それも吸血鬼の姫を奴隷にして、ゲットしてしまっていたようだ。
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