第4話 アリス
目覚めたブラッディの前には、見知らぬ少女が――。
連載第4回!
9.
彼は、ちょうど茹で玉子を縦に切ったようなベッドの上で、毛布を跳ね除け、全身から汗をどっと吹き出して顔を覆い、激しく息を付く。
「大丈夫ですかー?」
横合いから、えらく間の抜けた声が聞こえてくる。子供のような声だ。
ベッドの男は体を強張らせたまま、顔を覆った手の指の間から、恐る恐る薄目を開けて、回りを見る。
「死亡直前の記憶の、フラッシュバックを起こしたんですね」
男はまだ、顔を覆ったまま、腰をひねり、さらに目線だけを動かして声の主を見た。
少女がいた。
状況に似つかわしくないピンクのフリルドレスを着た、10~12歳くらいの子だ。
「誰……だ?」
男が顔を覆った手は、まるで顔に張り付いているように動かせず、声もやっとこれだけの台詞を絞り出せただけだった。すると、少女はまるで憤慨したとでも言わんばかりに、腰に手をやって、肩を怒らせて見せた。
「誰だ、とはご挨拶ですねー。私はこれでも最新型の汎用データ処理サポート・メイトなんです」
「ちっちゃい女の子にしか見えないがな」
「それはそうです。だって私ちっちゃい女の子ですし。あ、名前はアリスです」
アリスと名乗る女の子は、彼を小馬鹿にするような返答と共に、するっとベッドから離れた。そして、くるりと振り返ると、少し前かがみになって、興味津々という顔で彼を見た。
「ご気分は如何ですか、ブラッディ」
男は、ブラッディと呼ばれて、顔を顰めた。
「ぶらっでぃ……ブラッディ・バクスター、そうだ。それが俺の名前だ」
アリスは首をかしげるような動作をして、ブラッディの目を覗き込んだ。
アリスの瞳孔が動く。ブラッディはそれで初めて、少女が作りものであることに気が付いた。如何に人間そっくりに作ってあっても、人間の瞳孔は自由自在に開いたり縮小したりはしない。
「まだ、記憶の混乱があるようですね。一度死んだのですから無理も無いですが」
ブラッディは、死んだと言われて、顔に当てていた手をようやく引き剥がし、それからその手を目の前でひっくり返し、まじまじと見つめた。
「そうだ、俺は……ロサンジェルスで、RESCON側の情報を流していたスパイ摘発に参加して、撃たれたんだ」
「ええ、頭部直撃の至近弾でした。ゴーグルが無ければあなたはこの世の人では有りませんでしたね。Resurrectorsやっててよかったでしょ」
おかしな理屈をつけるアリスに、ブラッディは複雑な心境で視線を向けた。
ブラッディは喉からこぼれそうになる質問を押さえて、順々に聞く事にした。
「お前、ロボット――」
「まあ、失礼な。――そりゃボディは確かにハイポリマーで、骨格は軽量高硬度のカーボングラファイトですけど、私の頭脳は有機生命体の脳を基本に構成されています。だから、女の子なんです」
よく分からんが、サイボーグ、ってとこだろうか?
「俺は……、俺はどのくらい死んでいたんだ」
アリスはまるでステップでも踏むような歩調で、部屋の隅のディスペンサーに向かいながら答えた。
「死んでいた時間を計る方法があるなら教えてください」
しれっと、アリスはいう。
キツネにつままれたような顔をしているブラッディをよそに、部屋の隅のディスペンサーで何か操作をして、出てきた白い液体の入ったコップを持って、再び近寄って来る。
「まあ、あなたが死んでからどの程度時間が経過したかという意味でしたら、今日で丸三日目です。もう、体は何とも無い筈ですよ」
ブラッディはアリスが持ってきたコップを受け取ると、液体の匂いを嗅いだ。
「何だこれは」
「栄養流動食です。飲んで下さい、8時間ほどで出発ですから」
ちょっとまて。
「何だ、その出発って?」
アリスは肩をすくめて、両手のひらを上に向け、おやおやというゼスチャーをしながら、再び部屋の脇へと向かい、今度は部屋に備え付けてある3Dディスプレイ通話機の前に辿り着いた。
「Resurrectorsが出発するといったら、出撃でしょう。生き返ったらResurrectorsを廃業出来るとでも思ってましたか?」
アリスがディスペンサーの隣にあるコンソールを操作すると、壁面にある3Dプロジェクターが動作して、スターリングの胸像が浮かびあがった。
スターリングは、ベッドのブラッディを値踏みするように暫く見ていたが、すぐに口を開いた。
「よう、ブラッディ。調子はどうだ」
スターリングの見慣れたResurrectors姿を見て、ブラッディは少し安心したが、すぐに疑問が頭をもたげた。
「最悪だ。何だこの絵本から抜け出してきたようなお子さまは。それに、すぐに出撃だって?」
スターリングは爆笑した。
「そいつは最新式のサポート・メイトだ、可愛いだろ?」
アリスはうんうんと頷いている。なんだか妙に癪に障る。
「安心しろ、出撃前に時間圧縮シミュレーション室でたっぷりリハビリできるさ。死んでる間に任務が振られた事に文句がいいたいなら無駄だぜ。こいつは RESCON上層部から、おまえを特別に指名した任務だからな。断ればResurrectors強制廃業、『Enhancer』を没収の上、今回の治療費――目が飛び出るぞ――を請求される羽目になるぞ」
まあ、RESCONが貴重な戦力であるResurrectorsを遊ばせておくわけもないか。
「おまえが死ぬからいけないんだぞ、生き返るためにどれだけのクレジットが使われたか分かるか?」
ブラッディは、スターリングの言葉をむすっとして受け止めた。
ブラッディとスターリングが話している間に、アリスは部屋にあるクローゼットから、プロテクタースーツ一式を持ってきていた。スーツは、ブラッディが着慣れたものではなく、新調されていた。
「俺のスーツは?」
アリスは知らん振りを決め込んでいた。
ブラッディはやれやれと思いながら、病室用のパジャマを脱いだ。
アリスはわざと恥らったように後ろを向く。そういう感情があるようには思えないが。
ブラッディもアリスは無視して、スーツのアンダーウェアを身につけ、それから足から順にプロテクターを装着していった。部屋にある姿見で、スーツの具合を確かめる。スーツは体にしっくりくるサイズで、着心地も悪くなかったのだが、鏡に映るプロテクタースーツ姿の自分は、何故かひどく違和感のある物にみえた。ブラウンの適度に刈り込んだ髪の下から、淡いブルーの碧眼で睨み返す自分を見ているうちに、鏡の中の自分が他人であるような錯覚を覚えた。
そしてふと、自分の顔にあった筈の、目の下のほくろが無い事に気が付いた。
ブラッディがスーツを着おわるのを待って、アリスは「Enhancer」を持ってきた。
「ほくろが無い」
アリスは黙っていた。ブラッディにはそれが、まずい質問を受けて困っているように見えた。だがそれも一瞬で、次の瞬間、アリスは流暢な、しかし平板な声で答え始めた。
「ああ、最初に断っておけばよかったですね。あなたは完全に再生されたわけじゃないんです」
「どういう事だ」
「知っての通り、この〈ソル太陽系〉はほぼ七割をAcceptorsに掌握されてしまいました。そして、あなたのような、死んでしまったResurrectorsを再生する施設も、彼らの手に落ちてしまったのです」
やり取りを見ていたスターリングが助け船を出す。
「おまえは、借り物の体で、記憶だけ再生されたんだ」
ブラッディはスターリングの方を振り返り、顔をしかめた。
「なんだって? じゃこれは、誰の身体なんだ。第一、俺が気になったのは髪の毛だけだ。借り物の身体なら、何故他の点に気が付かない?」
「その点については私がご説明します」
アリスはするすると移動していき、正面の姿見の下のスイッチを入れた。とたんに姿見の鏡と思っていたパネルは、ディスプレイに代わり、映像が表示され始めた。
「ブラッディの体験しているのは、脳の反射による認識と、記憶による認識のギャップなのです」
画面に、人体の図が表示され、目から入る絵と、大脳の中に模式的に描かれた絵が映し出されている。
「普通、人間は記憶していない映像にたいしては、そのままの情報を受け取ります。ですが、一度認識してしまったものは、ある種の反射にすり替わるのです。たとえば、自分の姿はこういう物だ、と、脳がパターンで認識してしまうと、記憶がいくら異なっていても、それは自分の姿だと、思ってしまうわけです」
摸式図の、目から入る絵が、脳の中の絵で上書きされる。
「ですが、ある種の特徴――例えばほくろや痣などの特徴的な異常は、時として記憶の方が勝ります。ブラッディさんの記憶には、自分の顔にほくろがあるという情報があり、これが脳の反射的な認識に勝ったのです」
ブラッディはいらいらと、アリスに問い掛けた。
「理屈は分かった。だが、肝心な所が抜けている。俺が質問したいのは、この身体は誰のものかという事だ」
「それには、俺から答えさせてもらおう」
スターリングが話しに割ってはいる。
「それは、お前より少し前に死んだ、ある男の身体だ。男の遺言で、その体はお前の為に残されたんだ。遺言にこれ以上の事は明かすな。とあったから、細かい事は控えさせてもらう」
「なぜだ?」
「その男が何故おまえを助けて死んだのか、考えてみろ。おまえは必要とされているんだ」
ブラッディは答えに窮した。
「おまえのEnhancerをつけろ。調整してあるから、使える筈だ」
アリスが差し出しているゴーグルを、ブラッディは暫く見つめていたが、決心したように掴み取って、左耳に装着した。
痛みはなく、つん、と微かに撫でられるような感覚がして、ゴーグルと脳のリンクが行われる。とたんに、五感が一度に膨れ上がったような感じがして、様々な情報が一気に流れ込んで来る。ブラッディは一瞬、俗に「Resurrectorsの空白」と呼ばれる表情になり、ついで、世界規模のResurrectorsのネットワークに接続し、今なお各地で戦っているResurrectorsの息遣いを感じ取った。
「Enhancer」を装着する前と、装着した後では、世界の見えかたがまるで違うという。「Enhancer」は、人間の感覚を補強する。生身の目の情報に加え、そのスペクトル解析や、輪郭補強、未知のものにたいする瞬間的なデータベースの検索などが、意識を集中するだけ、慣れて来ると半ば無意識のうちに行われる。
なおかつ、Resurrectorsはゴーグルをつけるだけで、世界に広がるRESCONのネットワークにダイレクトに接続して、様々な情報を、意識するだけで自由に扱えるようになる。パーミッション情報さえあれば、例えば今この時間に、〈らせんの目太陽系〉に居るResurrectorsの目を通して、その二つの太陽を見る事も不可能ではない。加えて言うと、許可情報のあるハードウェアなら、たとえある程度離れていても、亜空間通信で信号さえ届く所にあれば、意識するだけで操作する事が出来る。例えば、ブラッディが航宙船を持っていたとしたら、今この場で「来い」と考えるだけで、呼び出す事が出来るのだ。
【ようこそ再びResurrectorsの世界へ、ブラッディ】
装着したゴーグルから、アリスの声が伝わってきた。
10.
元来、人間の意識というものは、とっさの行動については案外単純であり、例えば正面から突っ込んで来るものに対しては「危ない!」と思い、反射的に避けようとはするが、
「このままでは衝突して致命傷を負うから右へ避けよう」
等とは思わないものだ。
「Enhancer」の性能がいくら向上しても、それが提供する「ダイレクト・リンク」による機械操作は、あくまで「思考によって動く」範疇のもので、人間の反射的な反応を都合よく翻訳してくれるものではない。
それは、「ダイレクト・リンク」による操作が非常に汎用で、広範囲にわたっている事に対する代償でもあった。
だから戦闘時のような、とっさの行動が生死を分ける場合は、結局は条件反射として鍛えられた手足を動かす行動の方が格段に反応速度が良い。と、いう事もあって、Resurrectors達が航宙船や、地上のタンクを乗りこなす際は、今でもレバー操作が一番であった。慣れたResurrectorsだと、ダイレクト・リンクを使って敵と渡り合う事も出来るというが、リハビリ中の男にそれを求めるのは酷というものだろう。
「敵接近!」
アリスに言われなくとも、さっきから敵は続々と現れて、攻撃を仕掛けて来る。第一あのおしゃべりが俺のサポート・メイトだって?
「意識を戦闘に集中して下さい。敵のミサイル攻撃が来ます!」
熱源誘導ミサイルだ。レーダーで確認し、表示されるコース通り(いや、時々は無視して独自)の回避パターンで器用に避けていく。しかし、それでも接近戦となると、数発被弾して、その度にタンクはもう駄目だといわんばかりに震動した。
残る敵は一機。
だが、最後の一機になるだけあって、この集団のボスらしい。巨大なボディは、戦闘中に見ると、あたかも巨大な恐竜――。いや、無数の重核子砲やレーザー砲に覆われたそれは、小山ほどもある巨大なハリネズミに喩える事が出来るかもしれない。
タンクの中の非常警告が次々と点灯して、そろそろ限界に近づいている事を知らせていた。正面からの攻撃では、とてもじゃないが太刀打ち出来そうも無い、これ以上長引くとやばいな。そう思ったブラッディは、さらに数度の接触の後、側面から一気に勝負を掛けた。
ブラッディの撃った弾は見事、全弾命中し、敵はバラバラに大破する。
だが、ブラッディのタンクのダメージも限界を超え、最後の突入時に敵から食らった弾が、彼のタンクの命を奪い、大音響とともに、ブラッディの意識は真っ暗になっていった――。
「シミュレーションでこの成績か。まずまずだな」
気が付くと、シミュレーション訓練室にスターリングが入ってきて、ブラッディの戦闘結果を見ていた。
「よう、ブラッディ――ああ、擬似時間で三ヶ月ぶりになるんだったかな」
スターリングとの通信を切ったのは、たった四時間前の筈である。しかし、ブラッディも、サポートであるアリスも、その活動速度を極端に上げる、時間圧縮システムによるカリキュラムによって、擬似的に三ヶ月分に相当する訓練を行ってきたのである。先程の戦闘にしても、開始から、わずか数秒の出来事に過ぎなかった筈だ。
「スターリングさん、お久しぶりです」
アリスは、この奇妙な時間感覚を素直に伝えた。
彼女は、ブラッディと違って、肉体の体内時計が認識を混乱させることがない。一方、ブラッディは奇妙な時間感覚のずれに頭がくらくらした。
「『時間酔い』という奴だな。まあ、これでも飲んで休んでいろ」
ブラッディは、最近流行り始めたという、結構強烈な刺激臭のするアルカロイド飲料をもらい、一気にあおった。この飲料には、時間酔いを引き起こす人間の体内時計を誤魔化す作用があると言われている。
だが、普通の時に飲むと、時間感覚が麻痺していわゆるバッドトリップ状態になる所から、この飲料は別名「タイム・パラドックス」とも呼ばれている。遥か昔なら、とっくに製造中止か、販売者は麻薬業者として逮捕されているかもしれない。
(そしてこのドリンクを先祖として、200年後にアイスバー型に加工したプレイジーという合法嗜好品が誕生し、愛好者を増やすのだが、それはまた別の話)
今の荒れ果てた政治状況では、この手の商売は、ほとんどやり放題になっている。
第一、飲料などよりよっぽど悪質な麻薬的要素が、世の中には氾濫しているのだ。その最悪なものは麻薬ネットと呼ばれる世界規模のコンピュータネットワークで、一度ログインしたが最後、生きる意義を全て見失い、ネットワークの中の蜜月の世界に溺れるといわれている。残念な事に、まともな事を喋る生還者がほとんどいないため(それがたとえ人工知能であっても例外ではない!)その実態はあまり知られていない。ただ、そうなってしまったらそれはただの廃人で、世の中で悪さをするわけでもないのだが……。
それより、厄介なのは「ハードワイヤード」と呼ばれる連中である。
彼らは、自らの脳に「エクステンション」と呼ばれる一種の感覚増幅装置を埋め込み、快楽中枢への刺激とともに、視覚、聴覚、臭覚や記憶を、自由に作り替えながら、年がら年中トリップして生活している。このエクステンションには、直接埋め込まなくてもよい持ち歩き型のタイプも有り、大昔の小説か何かに載った類似の仕掛けの名前を取って「タスプ」と呼ばれている。が、脳内電極に比べ、大分性能が劣るため、主に入門者向けといわれている。
だが、彼らはトリップしているだけではない。麻薬ネット中毒と異なり、彼らはそのまま一般生活も行っているため、幻想と現実を混同させて、様々な奇行に走るという、非常にはた迷惑な存在なのである。なぜそれが禁止されないかというと、彼らの作り出す幻想的な芸術作品や、既成の理論を遥かに越える発想の工学製品は、桁外れの高値で取り引きされるからなのである。この時間圧縮シミュレーション技術にしても、そういったハードワイヤードのある天才が生み出したものであった。
話が脱線している間に、ブラッディも回復し、2人は(アリスを頭数に入れれば3人は)街へと出かけて行った。
スターリングが、ブリーフィングを設定している場所があるらしい。
次回、ついに出撃直前!
しかしそこで……。




