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第2話 宇宙戦

ブラッディの「Enhancer(エンハンサ)」を入手した一行は宇宙へ……。

4.


 宇宙港は、上がりはじめた雨の合間から照らす日光で、鈍く輝いていた。

 その構造は、強いて言うならば松の木のようなものだ。

 中央に支柱が立ち、そこから水平に伸びた枝の部分に、いくつもの皿状の発着台が連なっている。

 台の大きさはまちまちで、大きな物は優に100mを超しているように見える。逆に、小さな物は10m足らずで、乗っている航宙船も一人乗りだろうか、コンパクトな機体がちょこんと乗っていた。


 スターリング達が向かった発着台は40mほどの大きさのごく標準的なもので、二隻の航宙船が停まっていた。

 片方の航宙船は、ごく一般的なタイプで、ハリアー戦闘機をもとに、宇宙人がデザインしたらこんな感じになるだろうといったおもむきの物だった。

 だが、もう一方はかなり独特なフォルムをしていた。大昔のSFにでも出てきそうなその船体は、偏平でやや四角い本体から、二本の推進用ナセルが生えてた格好で、とても当代の航宙船とは思えないデザインである。そして、これがスターリングの船だった。


「いつ見ても、大胆な格好の船体だな」

 幹の部分に有るエレベーターから降りてきたドモントーヴィッチは、あきれたような顔で偏平な船体を眺めた。

「そういう事を言うもんじゃないですよ、これでも、織田インダストリー時代に、サカイ教授が残した傑作中の傑作なんだから」

「今回は、特にそのご自慢の船体の性能に期待させていただくとするよ」

 タンクにドモントーヴィッチを乗せて、航宙船の傍らに近寄ると、どこから出したのか、スターリングはゴーグルを取り出し、装着した。回収したブラッディのものとは異なり、紫がかった小さな表示部に、やや大きめのアンテナの付いたデザインをしている。実際はアンテナ部分はどれも同じなので、彼のは明らかに趣味である。


 スターリングが見つめるだけで、船体は自動的に上昇し、タンクの上に来ると、その下面後部のハッチを開けて、トラクタービームで人間ごとタンクを収納した。

 遠隔操作は機体とペアリングした「Enhancer(エンハンサ)」が行える、基本中の基本だった。

 格納庫のハッチが閉じると、タンクのシャッターを開けて全員が中に降り立った。

 格納庫の前方にドアがあり、スターリングが見つめるとドアは自動的に開く。

「おまえが事故で死んだりしたら、この船体を動かせないな」

 ドモントーヴィッチの茶々に、スターリングは笑って答える。

「大丈夫、パスワードさえ知っていれば手動でも動かせるから。それにね、心配御無用ですよ、俺が死ぬときは、誰も生き残っちゃいないから」

 5mほどの通路の両脇にはドアがあり、それぞれ小さな個室になっているようだった。スターリングそれを無視して正面のドアまで進んで、中に入った。他の2人もそれに倣う。

 そこは、航宙船のブリッジだった。

 横幅4m、奥行き3mほどのこじんまりした横長の部屋に、四つの席が壁に向かう形で並んでいる。部屋全体を半透明ディスプレイのドームが覆っており、有視界でも、映像だけに頼っての操縦でも操作できるように配慮されていて、ディスプレイの透明度は、完全に透明から不透明まで、自在に変化させる事が出来た。


 スターリングは、入り口から向かって正面右側に有る操縦席に腰を下ろした。

 他の二人は両脇の席に腰を下ろす。スターリングが操縦桿に手を触れると、すべての計器に一斉に灯が入り、あちこちからシステム起動、チェックのメッセージが流れはじめた。

「十秒で発進します。シートベルトをお締め下さい」

「――慣れないとちょっと荒っぽいので注意してくださいよ」

 半ばふざけた口調でスターリングがアナウンスし、座席の二人はワンタッチで装着できるシートベルトのボタンを押す。ほぼ同時に、低音から徐々に響く不協和音の高音に変わるエンジン音が鳴り響き、船体はゆっくりと上昇を始めた。

 発着場のガイダンス・ラインが空中にホログラフで表示される。機体をゆっくりと旋回させ、ガイダンスラインへ持っていくと、ブリッジのドームディスプレイの一部に3Dホログラフで女性の管制官の顔が映る。

「それでは行ってらっしゃいませ。良い旅を」

 スターリングは、お定まりの文句を言って消えるホログラフになげキッスを飛ばすと、操縦幹を握りなおした、ガイダンスラインは目の前に直線を描いている。

「Engage!」

 どこで覚えたのか、大昔のSFの船長のお定まりの文句を言って、スターリングは操縦幹を倒した。


 前方の空間が虹色に歪み、中央に真っ白な領域が出来る。と、その領域に吸い込まれるように航宙船は一気に第二宇宙速度に達して飛び出した。

 航宙船の航行原理は至って簡単である。

 前方にある種の「空隙」を発生し、そこに落ち込みつつ、後ろから後押しする推力を発生する事で、中身の重力的、時間的な歪みを打ち消して、一気に望みの速度に到達するのだ。

 光速域に達する場合、これを「ワープシェル」と呼ばれる一種の亜空間で船体を包んで行う。

 空間で区切られた中身は移動しないし、空間そのものは、物理法則で言うならば移動しているわけではないので、光速を超える事が出来るのだ。

 ただ、この発進シーケンスのタイミングを完全に合わせる事は、現状ではある物理法則によって不可能なので、急発進をすると一瞬だが前後に対して猛烈な干潮力(引っ張る力)が働いてしまう。

 いみじくもスターリングが「荒っぽい」といったが、荒っぽいどころでは無く、訓練を受けていない人間が最高速度での発進にあったら、下手をするとショック死しかねない。第二宇宙速度での発進は、スターリングにしてみれば、精一杯「おとなしい」発進だったのだ。


 スターリングの航宙船は、離陸してなお加速を続け、一瞬にして大気圏を離脱した。

 直接の太陽光線を避ける為、瞬時に有視界の窓の部分が不透明になり、代わってドームに外部の様子が映し出される。未だ到底球体といは言えない、巨大な壁のような地球が右手にあり、左後方には太陽が輝いている。

 表示される軌道ガイダンスに従い加速すると、地球はあっという間に青い宝玉のような姿に変わって行く。

 「さて、ワープ可能位置まで到達。目的地は、第二中継ステーションでしたね」

 スターリングはそう言うと操縦幹を握り直し、航法ウインドウを開いて目でコースセットを済ませると、過光速(ワープスピード)航法を選択し、再び操縦幹を倒す。

 船体は一瞬で虹色の膜に覆われ、次の瞬間、その場から掻き消えるように居なくなった。

 航宙船は、一気に光速の16倍に達し、地球の軌道を後にした。


5.


 いくら光速の16倍で飛ぶ航宙船でも、一度軌道に乗ってしまうと、地球から見て太陽の反対側の土星軌道を周回している中継ステーションまでは直線距離で15AUだが、「恒星平面外を通る双曲線マニューバ標準手順」というややこしい軌道を通る必要があるため、70AUほどある。

 到着までの36分ほどは、戦闘でもない限りパイロットはする事がない。

 (作者註:

 恒星平面外を通る双曲線マニューバ標準手順=Hyperbola Maneuver Standard Procedure through outer stellar plane、略してHyMaStPro(ハイマストプロ)ThOStePステップ。他のワープ航行を邪魔しない様に定められた、太陽系平面から離れたところを通る双曲線軌道、直線軌道の4~5倍ほどのコースだが、緊急でない長距離ワープ航法を行う船にはこの軌道が義務付けられている。

 AU=天文単位・地球と太陽の距離:149,597,870,700m、光速度:299,792,458m/sで約499秒の距離)


 普通に光速になったのなら相対論的な時間の伸びで、船内時間は経過しないに等しいのだが、ワープシェルの中では通常空間とほぼ同じペースで時間が経過するので、ちょっとした速度を出していても時間を持て余してしまうのだ。

 スターリングはこの手の移動には慣れっこになっていて、さっさと仮眠を取りに寝室に引っ込んでしまった。

 スターリングの船には、珍しく人工重力ユニットが装備されている。高値で取引されている異星人技術だが、お蔭で余計な無重力での煩わしさを感じずに済む。

 スターリングが戻ってこないのを確認したドモントーヴィッチは、ゆっくりとバクスター大佐に視線を合わせた。

 バクスター大佐は視線を避けるようにくるりときびすを返すと、じわじわと移動する航宙船を示している航法図をじっと眺めた。ドモントーヴィッチは、なだめるような顔で立ち上がると、バクスター大佐の肩を強く掴んだ。

「やはり、ブラッディにあれを使う気か」

「ずっと前に決めた事です。彼も承知している。いまさら――」

「未だ間に合うかもしれない。シドニーに有る大型施設、あれが奪回できれば――」

「奪回にどれくらい時間が掛かるとお思いですか? 単純想定で2ヶ月? それでは間に合わない事は、閣下自身が誰よりもご存知のはずです」

 ドモントーヴィッチは頭を掻き掻き、狭い部屋をうろついた。

 そのガタイで歩き回ると、冬眠に入った直後の熊がたたき起こされて、不機嫌に巣の中をうろつき回っているようだ。

「それを今更何ですか? この話は、ブラッディが例の任務を引き受けるときに十分話し合った筈です。また蒸し返すんですか」

「わかっている。わかっているんだ。だが、アル。君は私にとっては、ブラッディに負けないくらいに大事な人材なんだ」

「別に私がいなくなる訳では無いじゃないですか」

 ぐっと言葉を詰まらせてうつむいたドモントーヴィッチは、上目遣いでバクスター大佐を見た。

「君はそれで満足なのか?」

 アル――アレックス・バクスター大佐は、先程までとは打って変わった明るい表情で笑うと、何も映っていない船舷の窓から、あたかも流れ行く星の海が見えるようにじっと見入った。

「今、この窓の向こうには、光の四倍の速度で流れる景色があるんです。一度見てみたいと思いませんか?」

 ドモントーヴィッチは黙っていた。

 バクスター大佐は、さして気にもしていないように、一呼吸置いてから、また話しはじめた。

「私とブラッディが大きく違うのは――。いや、本質は変らないのかもしれませんが、少なくとも違っているのはそこです。私は、この星の流れが見たい、そして、実際に肌で触って感じたい。だが奴にとって、宇宙空間は戦い以外何もない、地獄よりももっと厳しい場所にすぎません。彼がこの宇宙に見るのは戦いと虚無。それだけです」

 言葉を切って、じっと見えない外を凝視する。

「当然、このドームにしつらえたビュワーを使って外を擬似的に見る事は出来ます。だがそれは本物ではない、センサーが捕らえた情報を加工して作り出された擬似映像なんです」

 ドモントーヴィッチの方を向いた彼女の顔は、まるで輝いているかのようだった。

「今回の任務は、私にとっても夢をかなえるチャンスなんです。分かりますか?」

 ドモントーヴィッチは頭を振り振り答えるしかなかった。

「残念ながら、凡人の私には、到底理解する事は出来ないな。だが、君のその顔を見ていると、毒気を抜かれるよ。分かった、もうこの話は止そう。――喉が渇いたな。何かとってこよう」

 ドモントーヴィッチが去り、バクスター大佐は、静かに考えにふけりはじめた。

 スターリングが入っていった寝室と反対側に在る小部屋は、さまざまな補給物資の倉庫で、食料品はメニューから選んで音声入力するだけで、調理機から出来たてのままで出てくる。

 ドモントーヴィッチはそこに入り、コンソールの前に立って、注文を言った。

「氷を浮かべたアイスティ、ブランデーを一匙、砂糖無し」

『紅茶の銘柄を指定してください』

「アールグレイ以外なら何でもいい」

 とたんに、トレイの上にグラスに入ったアイスティが出てきた。チューブを使わずに飲み物が飲める。人工重力様様である。

 ふむ、スターリングの奴、紅茶党だけあって銘柄の指定まで出来るようにしているのか――。

 等と考えながら、ドモントーヴィッチはトレイからアイスティを取り上げると、一口飲んで、こりゃアッサムだな。と思いながら、倉庫を出た。

 そのとたん、船体を激しい衝撃が襲った。

 ドモントーヴィッチは持っていたグラスをひっくり返し、もろに被った。隣の部屋では、仮眠していたベッドから、スターリングが放り出されていた。船内は非常警告灯が赤く点滅している。

 濡れ鼠の哀れな格好であったが、ドモントーヴィッチは流石百戦錬磨の軍人らしく、慌てることなくブリッジへ向かう、スターリングもすぐに起き上がって後に続いた。

 既に船体はワープシェルを解除して、通常速度に戻っており、ブリッジの窓には有視界で敵の姿を見て取る事が出来た。

『敵襲。脅威グレード3――危機的損傷の可能性。Acceptors(アクセプターズ)の哨戒艇と思われます』

 艦内コンピュータの機械的な声が、既に敵の分析を終えて伝えてくる。

「やれやれ、最近このあたりも物騒になったねえ」

 戦闘が始まっているとは思えない口調で、スターリングが軽口をたたきながら戦闘態勢を整えていく。彼は船体を戦闘用に強化したフォースフィールドで覆い、火器管制を立ち上げた。

 ブリッジに残っていたバクスター大佐は、既に後方銃座で待機していて、スターリングが火器管制を立ち上げた直後には、敵に照準を定めた。

 敵の第二波の攻撃は、フォースフィールドの上をかすめていった。

「はははっ、奴さん下手糞じゃないか」

 スターリングが言ったが早いか、第三波が別の方角からやってきて、フォースフィールドに直撃した。重核子砲ビームは光線では無く有体弾であり、当たればフォースフィールドで防御していても、こんな小さな船体だと衝撃は免れない。

 中腰になっていたスターリングは、パネルにしこたま叩き付けられた。

「ちくしょう、おいEXEエグゼ。敵の総数は何機だ!」

 スターリングはパネルに叩きつけられたカエルのようにへばりついたまま指示を出す。

 EXEエグゼと呼ばれた艦内コンピュータは、すぐさま情報をまとめて報告を返す。

『4機です、周囲を囲むように展開しています』

 その直後、バクスター大佐の操作する銃座からの重核子砲で、斜め後方の一機が大破する。

「あと三機だ」

 パネルから起き上がったスターリングは、衝撃で出た鼻血を拭き、切れた唇をなめながら船の航法コンピュータに嵐のように何やらコードを入力している。

「よおし、OK。奴等に一泡吹かせてやる。全員シートベルト着用、衝撃に備え!」

 そういいつつ、自分のシートベルトもすばやく装着し、操縦桿を握り締める。

「行くぞ、スターリングスペシャルだ」

 次の瞬間、スターリングの航宙船はワープシェルに囲まれ、掻き消えるように消滅した。

 周囲の敵は、ワープの衝撃波で揺らぐ。

 が、さらに次の一瞬で、敵の横っ腹に、スターリングの航宙船が突っ込んでいた。

 ワープシェル包まれた物体は、通常の物体とは干渉せずに素通り出来る。

 だが、重なり合ったままワープシェルを解除すると、出現した物体が、周囲の物体を押しのけ、引き裂くのだ。

 相手もワープシェルに入ってしまうと出来ない戦法だが、ワープシェルが既にいる空間には、新たなワープシェルは展開できないので、いわば早い者勝ちの戦法である。


「さて、これで残りは2機」

 だが、さすがにこの攻撃にひるんだか、残った2機は全速力で撤退を開始した。

「ふう」

 額の汗をぬぐいながらスターリングはため息を漏らした。

「見事だな」

 ドモントーヴィッチもさすがにこれには目を丸くしていた。

「先を急ぎましょう、時間が無いんでしょう」

 スターリングは再び船のコースを設定すると、今度は操縦席で足を投げ出して目を閉じた。

「それより閣下。タオルでも取って来たら如何ですか」

 ドモントーヴィッチはやっと、自分がアイスティーを被ってびしょぬれだという事を思い出し、倉庫に向かっていった。

 バクスター大佐はふと、スターリングが何故、彼らに時間が無い事を知っているのか疑問に思ったが、恐らく物事の経過から彼なりに察知したのだろう。と推測し、その場は何も言わなかった。

 

6.


 襲撃は、その後はやって来ず、航宙船は無事に中継ステーションに到着した。

 中継ステーションは、円環状につなぎ合わされたブロックモジュールと、細長いハブを持った、古風な宇宙ステーションの格好をしていた。

 人工重力は、人類製のものは巨大で使い物にならないし、異星人性のものは稀少で高価だったから、こうやって円環状にして回転させて、疑似重力を得る方が低コストだった。

 スターリングの航宙船は、指示されたドッキング・ベイへと静かにドッキングし、三人はエアロックを抜けると、ステーション内部に降り立った。


 ステーションの内部は、通路にプランターが設けられていて、各種の観葉植物や蔦類が育てられており、機械的な硬いイメージにならない配慮が施されていた。また、閉鎖した重苦しさをなるべく避けるように、天井部分は刻々変化する青空の無限距離ホログラフで覆われ、下に行くにつれ、まるでぼかしが掛かったように壁面に徐々に溶けるように変っていた。その壁面も、暖色系の素材で覆われ、人を落ち着かせる雰囲気作りに一役買っていた。床は、この環境に合うように、人工芝、といっても二十世紀のそれではなく、ちゃんとした有機体で、踏みつけても萎れたりしない他、床に落ちた塵を分解したり、空気清浄などの効果を持つ特殊な合成体で作られており、ステーション内部を清潔に保っていた。


 だが、そんな中でもひときわ圧巻だったのは、大きく広場になった所に設けられている噴水だった。循環水ながら、本物の水を使い、さまざまに変化するパターンで、水の芸術を織り成していて、訪れた人が、宇宙に浮かぶ建造物の中にいる事を忘れさせるには十分な役割を果たしていた。ただ、コリオリの力のお蔭で斜めに落ちていく水が、この空間の重力感が疑似的なものであることを物語っていた。あと、噴水は乾燥したステーション内の空気への加湿の役目も果たしているため、見て楽しむだけの物では無く、実用にもなっていた。

 ドモントーヴィッチは、スターリングとバクスター大佐を噴水の前のベンチに待たせ、人を呼びに別の区画へと出掛けていった。中継ステーションは、このご時勢もあってか人影もまばらで、居たとしてもResurrectorsリサレクターズや、移動商人トレーダーだった。

 特に話す事もなくボーっとしているのに耐え兼ねたスターリングが、ベンチを立ってうろつき始めた。

 気の強そうな女トレーダーにちょっかいを出して、肘鉄をくらい、それでもめげずに噴水の周りをうろうろと物色してまわる。

 バクスター大佐は、そんなスターリングを片目で追いながら、気分はあらぬ方向を向いているようだった。スターリングの方は、逆にそんなバクスター大佐の方を、ちらちらと気にしていて、しばらくすると、遂に耐えかねたように歩み寄っていった。

「一つ聞いていいか?」

 大佐はスターリングに視線を移すでもなく、じっと前を見ていた。

「どうやってブラッディを元に戻すつもりだ?」

 大佐は視線だけを動かして、スターリングを見ると、値踏みをするように一呼吸置いて答えた。

「大将閣下がもうすぐ教えてくれる」

 スターリングは眉の間に思いっきり皺を寄せて、腕組みすると、更にバクスター大佐に詰め寄った。

「納得出来ないね。大体、姉弟だからって、なんでわざわざ航宙艦の艦長殿が一緒に付いて来るんだ」

「私は君に自分の仕事については何も言っていない。なんで艦長だと思うんだ?」

 ベンチの周りをまるで獲物を嗅ぎまわる犬のようにぐるぐると回り、スターリングは大袈裟に指を左目の上に付いたゴーグルに当てて言った。

「そんなもの、これがあればすぐに調べられるさ。アレックス・バクスター大佐、RESCONレスコン支援艦隊所属。航宙艦“スレイヤー”艦長、過去四回勲章を受賞している。両親と妹をレジスタンスとAcceptors(アクセプターズ)の地球攻防戦で亡くしている。現在家族は弟が一人。結婚歴は二度だが、二度とも協議離婚している、男運悪いねー。二度とも浮気が原因だと」

 最後の結婚歴の所で、バクスター大佐は思わず吹き出してしまった。

「そんな所まで調べられるのか? 驚いたな」

 スターリングはとたんに真っ赤になり、頭を掻きながらそっぽを向く。

「あ……。いや、これはブラッディに聞いた」

 バクスター大佐はいきなり、思いっきり笑い出した。

 今まで黙っていたのが嘘のような大笑いで、これには周囲に居た人々が思わず振り替えるほどだった。

 スターリングはきまり悪そうに突っ立って、周囲の人と、バクスター大佐を交互に見比べた。大佐は暫く笑いの発作で体を捩っていたが、やがて落ち着くと、笑いすぎて出た涙をぬぐって顔を上げた。

「ははは、はあ――。いや、すまん。まさかあの朴念仁のブラッディが、そういう事を話しているとは思わなかったので」

「ああ、あの朴念仁が、あなたの事だけは話してくれていた」

「そうか、やつがねえ」

 バクスター大佐はいきなり立ち上がると、広場の隅に設置してあるディスペンサーに歩み寄り、コーヒーを注文して受け取り、戻ってきた。

「『Enhancer(エンハンサ)』は、装着者本人しか装着出来ない。それは、異なる装着者の情報を書き込もうとすると、既に書き込んである情報との違いが有りすぎるためだ」

 スターリングら、Resurrectorsリサレクターズにとって、これはおなじみの情報である。怪訝な顔をしながら、スターリングはうなずいて後を続けた。

「ああ、おかげでこれは、装着した人間唯一のものになる。再利用したければ、内容を全て抹消して、初期状態に戻さなければならない。だが、そうすると、中に貯えられた情報は二度と手に入らなくなる。だが、これが今回の事に何の関係がある?」

 バクスター大佐は黙ってスターリングを見ていたが、決心したように口を開いた。

「装着者が死んでも、原理的には『ゴーグル』に記録された内容から、装着者を復元出来るといわれている。実際、設備がAcceptors(アクセプターズ)に奪われる前は、そうやって生き返ったResurrectorsリサレクターズが何人も居た。だがその設備は、今は使えない」

 持ってきたコーヒーを啜り、その表面の波紋をしばし見つめてから、後を続ける。

「そうだ。ゴーグルの情報から、記録された人間を再生する設備は、ソルでは、シドニーとガニメデにあった」

「だが今は全てAcceptors(アクセプターズ)に接収された」

「例えば――」

 バクスターは何か、奥歯に物が挟まったような表情をした。

「身体情報を再生する必要がないとしたらどうだ? 再生するのはいわばソフトウェアにあたる記憶だけに限定する。記憶だけの上書きなら、自動学習装置が既にやっている」

 スターリングはそこで考え込んだ。

「確かに。記録の中から記憶情報だけを抽出するのは、手間さえ惜しまなければ可能だろうし――。だが、体はどうする? 元の情報を再生するには、よほど近い体が無いと無理だ。例えば双子とか――」

 そこまで言ってまじまじとバクスター大佐を見る。

「まさか、体を提供する気か?」

 バクスターは苦笑いをした。

「それが出来れば苦労はしなかったがな。生憎と私と奴では、身体が違い過ぎてな。女と男の差もある」

「じゃどうやって?」

 バクスター大佐は再び立ち上がり、飲みおわったコーヒーカップをくずかごに入れると、振り返った。

「知っているか? 奴と私は二卵性の双子だった」

 スターリングは眉間にしわを寄せて困惑していた。

「だがそれは記録の嘘だ」

 そう言って、バクスター大佐。いや、アルはにこやかに笑った。

「多胎児という奴だ。奴と私は、二卵性の三つ子だったのさ」



次回、ついに主人公登場?!

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