第1話 RESCON(レスコン)
分かる人には分かるかもな作品です。
「まる」の世界の前史でもありますが、あの作品とは打って変わってハードボイルドです。
どれくらいの頻度で更新するか分かりませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
1・
カリストの空は暗い。
木星が昇っていないときは特にそうだ。
木星の太陽化プロジェクトが始まって40年。便宜上、木星の全ての衛星は「惑星」と呼ばれ始めていた。だが、実際のところは作業は遅々として進んでいない。
理由はあいつらだ。木星大気に住む原生生物。
その保護をめぐって、どの星に移住させるか? 移住の方法は? 等で未だに侃侃諤諤の議論が繰り返されている。そこに第三勢力だ。この星の氷は解けないかも知れない。
そういう訳で、今頃は緑の星になっていた筈のガリレオ衛星群は、未だに凍てつく星ばかり(溶岩だらけのイオは除く)となっている。
そのガリレオ衛星の一つがカリストだ。カリストにいくつかあるコロニーは、有害な宇宙線を通さないある種のフォースフィールドで覆われている。お蔭で可視光の一部も遮ってしまう為、ただでさえ遠い太陽の光は、ちょっと明るい月(我が母なる地球の。だ)程度になってしまう。木星さえ太陽化できていたら、その問題もクリアできたろうに。
メインストリートを歩いていた初老の老人はひとりごちて、ため息を吐いた。
緑なす星、我が母なる地球、か。今、地球はどうしているのやら。
例の食えないやつらが台頭して以来、わしはこの星に半ば幽閉されている。たまに見上げる夜空に閃くのは、戦いで散りゆく若い命知らず達か。わしの若い頃も、やっぱり命知らずだった。だが、今はどうだ。
「先生、困ります」
若い技術者が息を切らせて走ってきた。
「勝手に出歩いて、また彼らが知ったら――」
先生と呼ばれた初老の男は、指で鼻髭をいじり、ムスッとして見せた。が、若者が本気で心配そうな顔をしているのを見て、白い歯を見せてにっと笑った。
「なあに、心配要らんよ、奴等の見張りはどうせ木偶の坊の人形だ」
若者はやれやれという顔をして肩をすくめて見せる。
「自動兵器を木偶と言い切っちゃうところが流石ですけどね。でもサカイ先生、噂を知っているでしょう」
「噂? ――噂ねえ」
若い研究者に言われれる間でもなく、最近流れている噂にはサカイも気を配っていた。
噂は噂でしかない。
ガニメデに運ばれた設計図。あれは、バーナード星系で発見された出土品だというが――。
彼自身の研究が応用出来るかどうか、先日も例の奴等から研究依頼が来たばかりだ。
「遥か古代に設計された戦闘艇、か?」
「Acceptors(許容するもの:異星人肯定派)があれを手に入れたら、今戦っているResurrectors(反抗するもの:異星人排斥派)連中なんか、一たまりも無いでしょう」
サカイは渋い顔をして金属の固い床を見詰めた。Resurrectors、それは、10年前、人類社会全体を巻き込んで行われた「全圏大戦」を、あっという間に終結させたSuperiors――超越階梯の異星人たち――にあっさりと迎合し、人類社会の4圏分割などというろくでもない条件を飲んだ連中、Acceptorsと戦い続ける、人類独立の為の希望の光だった。
彼らはResurrectors Connection――RESCONという組織に統括され、各地の独立レジスタンスたちと強調しながら、独自の戦法でAcceptorsに対して善戦していた。その創立には、サカイ自身も関与しており、決して赤の他人事、と無視する事は出来ない相手ではあった。
「先生ご存知ですか? Resurrectorsの宇宙船。大半はハンドメイドだっていうじゃないですか」
「わかってる。だが今のわれわれに何が出来る」
渋い顔のまま、視線も上げずにサカイが台詞を絞り出す。
サカイとて、その事は重々承知している。若い技術者は、サカイの声、そして表情を見て、はっとした。先生も決して簡単な気持ちで捉えている訳ではないのだ――。
若い研究者は、自分の無神経さに腹が立って、そっぽを向いて、しばらく黙っていたが、やがてもと来た方向へ足を向けた。
「先生も、早く戻ってください。彼らが来る前にエンジンの出力テストが残ってるんですから」
顔を上げて、去っていく若い男の背中を眺めていたサカイは、目をつぶると柄にも無い苦笑いを浮かべ、やがて男の去っていった方向に足を向けた。
2.
アメリカ西海岸。かつては観光都市や、映画スタジオのあったレジャー都市であったロサンジェルス。
21世紀から過密化は始まっていたが、24世紀の現在、多数の高層建築と、密集する構造物のお蔭で、まるで一昔前のニューヨークかという有様になっていた。
その高層都市の一角、薄汚れて一見してスラムと分かる路地で、一人の男が倒れていた。左目に掛けているゴーグルとプロテクタースーツ、腰のレーザーガンベルトが、男の身分を雄弁に語っていた。男はResurrectorsの戦士だった。
男は右目から側頭部に向かって頭を撃ち抜かれている。恐らく即死だろう。
やがて、LAの気紛れな気候――実際は、タイムテーブルに従って気象制御装置が降らせているに過ぎない――が、雨を降らせ始め、男の死体を濡らしはじめた。
その雨の中を赤と青のライトを点滅させて、ごついビーグルがやってくる。
ビーグルのガルウィングを跳ね上げて、武装した警官が降りて来ると、辺りを伺い、男の死体の周辺に誰も居ないのを見定めてから、慎重に男の体を調べはじめた。
「スカイエース3号、現場に到着しました。被害者は俗称Resurrectorsの一員と思われます」
ヘッドセットの耳から、本部の司令が流れてくる。
『スカイエース3号了解。被害者のゴーグルと銃を回収して帰投してください』
警官は男の目からゴーグルを外し、腰のレーザーガンベルトごと銃を回収すると、ビーグルに乗り込んで去っていった。死体に名前はない。あるのは「Enhancer」と、その身を守るガンベルトだけだ。その二つを外された死体は、ただの路上のゴミと同じだ。パトロール・ビーグルが去っていってその光が見えなくなると同時に、路地から数人の浮浪者が飛び出し、男の体を漁りはじめた。少なくとも浮浪者の一人は、暖かい衣服を手に入れるだろう。
スカイエース3号と呼ばれたパトロール・ビーグルは、別のスラムを抜けて本部への道を急いでいた。と、路地を飛んでいくパトロール・ビーグルの前に、一人の少年が飛び出した。慌てた警官は、とっさにビーグルの高度を上げたが、運悪く、そこはスラムの洗濯物が釣り下げられたど真ん中だった。
洗濯物をしこたま吸気口に吸い込んだビーグルは、失速して路地の空中をめちゃくちゃに飛び、正面にあったビルの壁に突っ込んで、爆発した。
「そら、約束通り」
先ほど飛び出した少年が、パトカーを指差して言った。
「少々荒っぽくないか?」
受け答えた人物は、ブラウンのよく纏められた髪と碧眼の、端正な顔つきの女で、一昔前の兵士の野戦服のような格好をしている。
「なあに、「Enhancer」は、あれくらいじゃビクともしないさ。それより、約束の金をおくれよ」
「取り引きは現物を確認してからだ」
少年はこっくりうなずいて、燃えるパトロール・ビーグルに近づいていく。ビーグルの傍らでは、投げ出された警官が、まだ息があるらしく、弱々しくうめいていた。
少年は警官をちらっと見ると、面倒くさそうに懐から小さな箱を取り出すと、警官にねらいを定め、撃った。警官は瞬時にして、一握りの墨になった。ディスラプター銃か。子供がこんなものを持ち歩くとは、おっかない街だ。
「どうせ助からないし、楽にしてやった方がいい」
そう言いながら、燃えるビーグルの周辺を漁っていた少年は、「あった」といいながら、死んだ男のちぎれた死体から何かをもぎ取ると、手にした物を男の方に降って見せた。
男は、ちらちらと周辺に気を配りながら少年に近づくと、少年の手の中の物――片目に付けるゴーグルを確かめた。
「確かに、「Enhancer」だな」
「ちゃんと約束は果たしたぜ、金をおくれよ」
女は懐から紙袋を取り出すと、「二千クレジットだったな」といいながら少年に渡す。亜空間ワレットが主流の今の時代、現金なんて骨董品に近いと思っていた。だが、スラムではいまだにそれが主流なのだから仕方がない。何とか札を両替してくれる場所を見つけるのが、またひと苦労だった。
「まいどありっ!」
ひったくるように紙袋を受け取った少年は、袋の中から硬貨をだして数えると、そのままスラムの奥へと走り去っていった。雨の中に残された人物も、再び周りをぐるりと見回して、それから徐に路地の奥へと向かった。
路地の奥には、警官の乗っていたものより数段ごついビーグル、いや、既に戦車と呼んでもよさそうなもの……が止まっていた。シャッターになったドアを開け、中から金髪の、一見して軽そうな男が顔を出す。
「首尾は?」
女は手にしたゴーグルを金髪の男に黙って渡し、金髪の男の後ろの席に滑り込んだ。
「あの男もこれだけになっちまったかぁ」
「蘇生できると思うか?」
女が尋ねると、男はシャッターを閉め、タンクを始動させながら渋い顔でうなった。
「うーん、見たところ損傷はないけど。どうなんかねえ」
受け取ったゴーグルをダッシュボードにほうり上げると、操縦幹に手を当てる。
「十年来付き合った親友に対してその態度か。Resurrectorsって奴は――」
金髪の男はふふんと笑うと、振り返りざまに答えた。
「あのねえ、俺達Resurrectorsには親友とかそういった物は関係ないの。ブラッディがどうなろうと、本当は俺の知ったこっちゃ無いんだよ。あんたがブラッディを必要だっていうからこうやって助けに来てんるじゃないですか」
碧眼の女は傷ついた様子で、金髪の男を見つめながらため息を吐いた。
「スターリング、分かってもらえていると思っていたんだが、ブラッディも君も、今度の作戦には無くてはならない人間なんだ」
「へえへえ。ゴーグルのペタバイト・バックアップが壊れてなければね。だいたい、やつが死んだ理由は何だと思っているんですか。バクスター大佐? ドモントーヴィッチの親父さんから聞いた話だと……」
「言うな、私が悪いのは分かっているよ」
スターリングは憤慨した面持ちで操縦幹を握り直した。
「全く……。十年来の親友がどうのより、実の弟を平気でぶち殺す姉の方が知れないね」
スターリングの呟きが、バクスター大佐に聞こえたかどうかは分からなかった。
3.
男女を乗せたタンクは、雨のLA宇宙港に到着した。
バクスター大佐は目を細めて宇宙港を眺めていた。
ちら、と目をやったスターリングだったが、シャッターを開けて外に出て、雨の中で大きく伸びをすると、すたすたと歩いていった。
スターリングの歩いていく先には、割腹のいい、トレンチコートを纏った男が、まるでかつての禁酒法時代のマフィアのような帽子を被り、雨に濡れたまま佇んでいる。
スターリングは歩みを緩め、男が並んで歩き出すのを待った。
並んで歩き出した男は、雨の滴を避けるように、被っていた帽子をちょっとつついたが、スターリングが、何も言わずに黙々と歩き続けているので、仕方なさそうに口を開いた。
「うむ――。其の分だと首尾は果たしたようだな」
スターリングは振り向かず、歩みを速めた。
二人は、黙々と歩き続け、宇宙港のロビーの入り口近くまで来た。
スターリングはそこで一呼吸し。また一呼吸してからゆっくりと立ち止まった。
「ああ、やつは蘇生可能だ。ただし設備さえあればの話だ。だがどこにそんな設備がある? 有るのは全部Acceptorsの管理下じゃないか。やつは死んだも同じだ」
帽子の男は雨の滴を滴らせたまま立ち止まると、じっとスターリングを見た。
「蘇生設備は必要ない」
スターリングは男の台詞を聞き間違えたか、というように眉をひそめた。
「今なんて?」
「蘇生設備は必要ではないと言ったんだ。既に代替の設備が用意してある」
男はそれ以上言わずに、宇宙港のロビーに入っていった。スターリングも後を追い、ロビーの中に入ると、先回りして、男の前を遮るように立ち止まった。
「いったいどういう事か説明して欲しいですね、ドモントーヴィッチ閣下。蘇生設備が要らないだって?」
ドモントーヴィッチはさも迷惑そうな顔をしながら、滴が頭にかからないように用心して帽子を脱いだ。
スターリングは気を利かせて背中に回り、コートを脱がせながら説明を求めた。
「いつのまにそんな真似が出来るようになったんですか? RESCONに誰か天才が現れて、我々Resurrectorsの味方になってくれたとか」
コートを脱いだドモントーヴィッチは、一見するとまるでヒッチコックのような風体だった。
「そういう都合のいい話が転がっているなら大歓迎だがな。残念ながら違う、もっとありふれた、もっと古い方法だ。――バクスター大佐はどうした?」
「バクスター大佐なら未だタンクの中ですよ。古いやり方って何ですか」
「そう焦るな、今に分かる。嫌でもな」
すぐには教えてもらえないと分かり、スターリングはちょっとがっかりした。
「ああ、ところでスターリング。航宙船は?」
「あ、ええ。整備を済ませて有るから、タンクさえ回収すればいつでも発進できます」
「よし、じゃあ、一時間後に出発する。私はここでちょっと人に逢わなければならんのでな。時間になったら発着場で逢おう」
そう言いながら歩いて行こうとするドモントーヴィッチを、スターリングは慌てて呼び止めた。
「それは構わないですが、バクスター大佐はどうするんですか」
「ああ、バクスターは一緒に行くんだ。適当に時間を潰していてくれ」
後ろ手に右手を上げ去っていくドモントーヴィッチを、目を細めて眺めていたスターリングだったが、やがてカウンターに向かうと、一時間後の発着場の予約を取りにかかった。
一方、雨に打たれるタンクの中では、バクスター大佐が例のゴーグルを手にとり、じっと物思いにふけっていた。
ゴーグルは、良く見ると実に精巧な細工で出来ており、目に被さる部分は角を丸く処理した、横長の6角形の液晶版で、上部にフレームがあり、耳に被せる部分まで伸びていた。フレームにはいくつかの小さな突起があり、それぞれが何らかの機能を持つボタンになっていた。耳に被せる部分の上には数センチ程のアンテナが付いていて、このゴーグルが通信機としての役割をも果たす事を示しており、耳当てには小さなスピーカーと、マイクロフォンが内蔵されていた。長時間つけていても不快感の無いように、耳にかける部分は通気性を重視した特殊樹脂で覆われていたが、所々に小さな金属製の突起があった。この突起が、「Enhancer」の最大の機能の一つを果たすものだった。
「Enhancer」は、RESCONが、マイストとまで謳われたサカイ教授のもとに開発した、宿敵Acceptorsに対する切り札であった。
装着者がゴーグル身に付けると、例の突起からは非常に細い端子が延び、端子の先は脳に達する。そして、装着者の脳内活動を詳細に記録して、ゴーグルの基部にある百ペタバイトという膨大なメモリーに記録したり、装着者の意志によって瞬時に情報を呼び出したり、検索する事が出来るのだ。かつての人類には到底操縦不可能な高度な戦闘宇宙船の操作も、このゴーグルがあってはじめて実現されたものといっても過言ではない。
ゴーグルには常時脳に入る情報が記録されるばかりではなく、装着者の最新の身体情報も詳細にわたって記録される。万が一、装着者が絶命した場合でも、再生可能な設備さえあれば、装着者を生前の姿で復元する事すら可能といわれていた。当然、対抗するAcceptorsも類似のものを開発したが、性能は「ゴーグル」には到底及ばないものだった。
そんな「Enhancer」だが、装着者を厳しく選ぶという難点があった。誰でもResurrectorsになれるわけではないのだ。適性は千人に一人という厳しいもので、しかも、一旦装着してしまうと、他の人間は決して其のゴーグルを装着できない。身体情報の異なるものが装着しても、内蔵しているデータの更新が出来ないので、機能しないのだ。これは逆に、他の者に「Enhancer」を悪用されないという利点にもなっているのだが――。
ゴーグルはあくまで、其の装着者の能力を引き上げる装着品にすぎず、体を改造するものではない。
たとえば、いきなりゴーグルが引き千切られても、装着時に伸びた端子は非常に細い上に、端子それ自体がある種のナノマシンの集合体で出来ていて、一定時間放置すると、自ら体組織に溶けてなくなってしまう。ゴーグルをはずしたResurrectorsは、人並外れた強靭な肉体を持つという以外では、普通の人間と何ら変わるところはない。
また、ゴーグルそのものは非常に強靭に作られていて、外側のスピーカーや液晶こそ簡単に破壊されるかもしれないが、本体は特殊樹脂「ハイパーテクタイト」でコーティングされ、強力な酸やアルカリにも侵される事はなく、二十万ガウスの磁気、8千トンの衝撃と、絶対零度~百万度の熱変化に耐えうるように設計されていた。これは、たとえば乗っていた宇宙船が大破したとしても、ゴーグルさえサルベージすれば、Resurrectorsを回収できる事を意味する。もしゴーグルを破壊したければ、原子分解装置にでも掛けるしかないとさえ云われていた。
だが、この強力な装備を持つResurrectors達をもってしても、Acceptorsはなお、強大な敵であり、さらにサカイ教授が捕らえられ、幽閉されてからは、レジスタンRESCONの敗色は日に日に濃くなっていた。
ここロサンジェルスも、自由都市である事を宣言し、どちらの陣営にも組しないと宣言していたが、Acceptorsが新兵器を投入しつつあるという情報に、その宣言も揺らぎを見せ、最近では警察すら、Acceptors側への情報提供を行っていた。おかげで、Resurrectors達は公にゴーグルをつけて外出する事も出来なかった。まあ、それはそれでレジスタンスの本分でもあったのだが――。
物思いにふけるバクスター大佐だったが、窓からスターリングが手続きを済ませてタンクに帰って来るのを見つけ、ゴーグルをもとの場所に置くと、後部座席に長々と横になった。
シャッターをスライドさせて開け、雨滴を垂らしながら入ってきたスターリングを、初めて見つけたような顔で見返して、ゆっくりと起き上がると、まるで今までうたた寝をしていたかのように眉間を揉んで大きな欠伸をした。
「お休みのところ失礼しますよ、大佐」
「いや、構わん。それで大将閣下は?」
「別にどうも。何やら人と逢うとかで先に行っちまったみたいですがね。私らは先に発着場に向かえ、だそうで。今からタンクを出します」
タンクはスターリングの操縦で持ち上がると、雨の空港を滑り、発着場へと向かった。
いきなり死んで登場した主人公。
これからどうなるのか……。