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飛騨ヘ抜ケル道

歩兵第3師団 第11連隊隷下41大隊

小野 (たける)上等兵は列車の中にいた。


15両最大編成の軍用列車は、米原から田村・木ノ本・塩津を経由し敦賀へ到着した。


ここで電化区間は終わり、SL運転になる。


8両目に乗っていた小野は、敦賀の停車時間を利用して、下車しようとした。米原の駅員からここから先、海沿いを走ると聞いたからだ。


まだ福井まで距離がある。一応軍事作戦なので昼飯は支給されているが、他にも甘いものくらいは食べたいものだ。


その頃、軍用列車が入ると聞いて、敦賀の弁当屋や商店が商品をリヤカーに載せ、ホームに入ってきた。

本来なら禁止だが、陸軍も「勝手に兵が買うなら。」と黙認しているため、駅裏の貨物入口から次々とリヤカーや商品を抱えた店員が入っていく。


軍用列車入線時はホームを丸々1つ使っているため、他の客もおらずリヤカーと店員だけが居る。その数12。大体客車1両につきリヤカー1台の割合で待機している。


そして昼前。

軍用列車がゆっくりと入線。客車の両端のドアが先頭の兵の手によって開かれ、次々と人が吐き出されていく。


小野は10番目に8号車前ドアを出た。

一番近いのは8号車の中間辺りにいる「今庄菓子」

次に7号車の中間辺りの駅弁屋「正敦」になっている。

停車時間は約15分。ホームでゆっくり商品を見ても悠々間に合う。

そう判断した小野は、行列のできている人気店。

2号車中間の老舗菓子屋「神楽製菓」へと向かった。


北陸有数の人気店の力は大きく、行列の長さは勿論断トツ。その回転率も断トツだった。

  

そして、最初は2.30人程が並んでいたが、あっという間に小野まで回ってきた。


そして小野は最中と大福、お茶を購入。そのまま他の店を見たが、特に欲しいものが無かったため、さっさと車内に戻った。


「お前何買ったんだ?」

席に戻ってしばらくすると、隣に座っている同じ41大隊の太田原(おおだわら)上等兵が聞いてきた。

「そういうお前は何だ?………………何だこれゃ?竹包みだが……」 

「ああ、これはな…………」

そう言って竹の皮でできた包みを剥がしていく。

「ほれっ!」

「………………魚……鮎か!?」

「ご名答!鮎の盛り合わせっての見つけてな。天ぷらに塩焼きに飴炊きの3種2本ずつだよと。これで300円」

「結構するな……」

小野の呟きに、鮎の塩焼きをくわえながら太田原は答えた。

「まあ、近江の彦根から運んでるらしいし、それぐらいするもんじゃねえの?出張販売だし。で、お前は?」

「最中と大福と茶だ」

「まーた年寄りみたいなもん買って…………」

「うるせぇ。黙ってろ」

そう言って、太田原の頭を竹の水筒で叩く。

「イテッ!」


そんなこんなで時間が経ち、駅員によって扉が閉められると汽笛一声。

ゆっくりと動き出した。




列車は単線区間をひた走り獺河内(うそごうち)駅を通過。

続いてトンネル区間を走り抜け、50分程で杉津(すいづ)に到着。

ここで交換のため10分停車することになっている。


そして兵たちは、皆が立ち上がり窓の外に首を出す。

そう、ここまでがトンネルばかりで、窓を開けられなかったのもあいまり、杉津からの景色が素晴らしいこと!


進行方向左側に、バッと日本海が広がり、周りには緑の山々が聳え立ち、それがより一層海の碧を映えさせている。


窓から見れなかった兵らは勝手にドアを開けて、ホームへと降りていった。

ホームも左側にあるので、景色は良く見える。


未だ高価だが、カメラを持ち歩く兵は写真を撮り、敦賀で買った菓子や弁当を食う兵など、各自が思い思いの行動をとり、山間の小さな駅が騒がしくなる。


しばらくして、交換列車が通過すると士官の怒鳴り声が響き渡り、ホームに降りていた下士官や兵が急いで列車に飛び乗る。

ここではドアを閉める駅員はいないので、最後に乗った人間がドアを閉める。

そして、自席に戻った兵たちは休む間も無く窓を閉めに走る。

この先、列車は数分もしないうちにまたトンネルへ突っ込むからだ。


そのまま適当に会話したり、残った菓子や弁当を食べきろうとしたりと、のんびりとした時間が列車内を流れる。


1400時

列車は武生を通過。だんだんと福井へと近づいていく。

のんびりとしていた車内も、にわかに活気づき、荷物を用意したり予定を確認したりと騒がしい。

その後点呼を取り、各中隊長が大隊長に点呼確認表を手渡し、それを連隊長、師団長とどんどん上に回っていく。

結局、確認表が師団長に辿り着く頃には、列車は既に福井に到着していた。


1425時

福井到着。


「やっと到着か……」

「やっとだな。いやー腰が痛い」

小野も太田原もホームに降り、体を伸ばす。 

「小野よ。体がメチャクチャ「バキバキバキッ!!」つってんだが、大丈夫か?これ」

「ん?大丈夫だろ。どうせいつもの事だろ?」

「一体、俺のいつもは何なんだ…………」

そこに41大隊 大隊長  大場 栄 少佐が早足で駆け寄ってきた。


「本当に申し訳ないが、今日は野営になった。場所は近くの学校を借り受けられたのだが……移動は明日になる。すまないが野営で我慢してくれ」

なんでも、大野市の受け入れ能力がパンクしているらしく、41大隊を含む11連隊と10連隊は福井市内で野営になるらしい。







翌日

6月2日 0900時

機関車と客車3両の軍用列車は、普通列車の間を縫うようにして、福井を発車。その後数往復し、福井で待機している兵を輸送する。



「ここが一乗谷か。よくもまあ、こんな山の中に作ったな……」

誰とも無く呟くと、多くの兵が外を見る。

すると、山の間を割くように街並みが広がり、いかにも戦国風な櫓が見える。


ここ十数年で、遺跡の発掘が進み、古の一乗谷城下の姿が甦ったのだ。






第3自動化師団 師団長  大石 良金(よしかね)中将は先頭の車にいた。


朝方、大野を出た車は舗装道路を和泉村まで進み、東の国道158号線を飛騨高山へ向けて走り出した。


師団のトラック数は120台を越え、10台ずつ100m程間隔を開けて未舗装のガタガタ道を進んでいく。

そして、和泉村から九頭竜川を遡り、山をだんだん登っていき、峠に向かう。

トラックの速度は約13km。未舗装かつ傾斜がなかなか急で、平地を一般人が走るのと同じようなスピードしか出せない。

それでも進み続け、1時間30分程で美濃白鳥村に到着。

見る限り、反乱軍の支配下には無さそうだが、村長曰く「反乱軍は郡上八幡まで到達しており、ここに来るのも時間の問題だ」と。

それを聞いた大石は、和泉村で待機の第12連隊をさらに東進させ、美濃白鳥まで来るよう命じ、その通信を聞き取った帝国陸軍福井基地は、第22歩兵師団から87連隊を引き抜き、白鳥への派遣を決定。88連隊を送り、3師12連隊と入れ替わらせる予定だ。




「白鳥村の次は何処になるのかな?」

高鷲(たかす)村です」

「そうですか。

それにしても、高山の偵察隊には会わないですね。連絡は?」

大石の言葉に、この上級軍人専用車の通信兵は、首を横に振った。

「そうですか……後ろに、山に潜む敵に注意するようにと伝えて下さい。さすがに村長が嘘をつくことは無いでしょうが…………」



「師団長車より通信!

「敵ニ警戒セヨ」

以上!」

「了解と返せ。

左の山側に不審な点は?」

「ありません。右の川向こうの山にも、これといって不審な点は…………」

「わかった。引き続き警戒せよ!」



「全車より返信確認。異常は無い模様です」

「そうですか。それなら良かった。」

「閣下。この先、歩岐島(ほきじま)集落内、右に急カーブです」

「そうですか。では事故を起こさないように気を付けて運転してください」

「ご安心下さい。事故0記録は今日も更新ですよっと!」


「あっ、子供…………」


「停車ぁぁぁぁあああ!!!全車止めろ!」


急に子供が飛び出し、師団長車は急停車。続く車両も続々停車。


幸いにも、子供を轢くことも無く、衝突事故にも至らなかった。


これで、事故記録は0のままだ。

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