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三十六計逃ゲルニ如カズ

「主砲の射撃不可能!!」

「敵艦再度攻撃の可能性有り!!」


艦の左舷側を航行していた敵軽巡の砲撃だった。

軽巡の後部主砲2門から放たれた砲弾は、主砲塔・調理室付近を貫通。このときはまだ、爆発炎上していなかったが、その後、駆逐艦の八糎砲が砲塔に置かれていた弾薬に命中。爆発炎上という大きな被害を「豊原」に与えた。が、貫通時の衝撃で砲塔内に置かれていた一部の弾薬が外に落ちていっていたため、一撃轟沈という最悪の結果だけは避けることができた。


「救護室に収まりきらんぞ!多すぎる!!」

「空き部屋使ってええからなんとかせい!

消火班!現状は!?」

「…………………………」

「消火班!応答せよ!!」

消火班長との直無電に怒鳴るが、応答がない。

「消火班!?無事か!?応答せよ!」


「…………すまん!うるさくて聞こえんかった!

んで、こっちはどうにか火消した!弾薬が少なかったからギリギリ大丈夫っちゅう感じやったわ!せやけど、も1発受けたらさすがに沈みかねへんで!!」

消火班長は、戸が歪み、至近で爆発すれば一瞬で火の海になりそうな砲塔弾薬庫を見ながら言った。

「…………分かった。気を付けて動くんやぞ」

「元よりそのつもりじゃボケ!」

敵の砲撃は味方後続艦の砲撃でどうにか黙らせている。しかし、それもいつまで持つか分からない。

また、このまま直進してしまっては、輪形陣の反対側にいる敵艦にも狙われ、脱出は困難になる。

そして、その対策として………………


「東の艦隊は何処にいる!?」

「発砲炎?…………確認!確認した!!別動隊確認!現在、射撃中!」

「やっとか!」

西側から突入した小樽艦隊と、偶然にも函館付近を航行していた「北方艦隊根室・釧路駐留艦隊」から2隻。「根室」と「釧路」が小樽艦隊の反対側。東側から「別動隊」として攻撃し、挟撃する手筈になっていた。


「予定8分遅れやぞ!8分!!」

別動隊の攻撃時刻が8分遅れたことに対し、ぶちギレ気味の大室。

「しゃあないやんけ。遅れはあるもんや」

「んなもん分かっとる!ただの八つ当たりや!!」

「いや、せやったら………………まあ、ええか。大室!ええか!?」


なにか許可を求めるかのような感じで大室に声をかけた中田。

直後、大室が頷くと、同じように頷き返し、艦橋外まで聞こえるかのような大声で命じた。


「「三十六計逃げるに如かず」を通達!!機関最大!飛ばせや!!」


この直後、敵艦隊中央部を強行突破していた、小樽艦隊「豊原」以下2隻も機関出力を上げ、脱出を試みる。


しかし、敵艦隊との距離が10km近くあった別動隊は、取り舵を切り、旋回。さっきまで右舷側に砲を向け、反航戦だった状態を、左舷側に砲を向けた同航戦に移行。最大射程ギリギリからの射撃だが、小樽艦隊脱出の妨げになりうると判断された敵駆逐艦の撃破を狙う。




「最大射程では当たりません!!」

「当てろ!当たらないなど弱音吐くんじゃねえ!!」

2対1で戦いを優勢に進めていた「根室」と「釧路」だったが、敵輪形陣最後尾の駆逐艦が速度を上げ接近。今では2対2の単縦同航戦になっている。


「そもそも砲数が勝負になりません!」

「だから弱音吐くんじゃねえと何回言えば分かんだ?アァン?

どうせ敵も当たんねぇんだ。なら、今のうちに当てろ!分かったな!!」

「無茶苦茶ですぜ!」 

「無茶言われたく無かったら当てろ!当てりゃいいんだよ当てりゃ!!」


「根室」の田中艦長が怒鳴るが、その間にも、敵艦から伸びる探照灯の光に照らされ、一気に10発近くの砲弾に襲われる。


「だから先頭は嫌いなんだ!」 

航海長もなんだかんだ言いつつ、右に左にと舵を切り、どうにか砲弾をかわす。

「もう狭叉されてます!」

艦の左右両方から立つ水柱に、見張りが叫ぶ。

「巧く避けい!!」

「そんな無茶な!」

「我が艦の攻撃、だんちゃーく……今!!」


ピカッ


「命中!敵1番艦中央部に命中しました!!」

「ええぞ!このまま沈めろ!」

「その前に沈まんようにしなきゃならんのですが…………」

「だから避けろって…………」

「敵艦、脱出中の小樽艦隊へ攻撃を集中させています!」

「小樽を潰すわけにはいかん!今のうちに当て続けろ!!」

艦長の怒鳴り声に、装填手が大急ぎで弾を込める。


「装填よぉし!!」

「てぇい!」

砲撃音と共に飛び出した薬莢が甲板を転げ回る。

「次弾装填!」

この号令に従い、尾栓を開き、重さ約23kgの主砲弾を押し込む。

「尾栓閉じ!」

尾栓が閉められると、射撃準備は完了。

そのまま射撃に入る。


「命中!」

「よし!どんどん撃て!で、小樽艦隊は!?」

「……先頭の豊原が速力低下の模様!なれど20ノット以上の速度を維持!目立った損傷なし!」

それを聞くと、田中はそのまま攻撃を続けるよう指示をすると、艦橋を出た。


「艦長!?ここは危険で「なに、外を見にきただけだ。」はぁ…………」

ここは艦橋の上、見張り場だ。

戦闘中の今、味方の発砲炎や敵艦の発砲炎。小樽艦隊を照らす探照灯の細長い筋がよく見える。

「なるほど……確かに小樽艦隊が狙われてるな。しかし…………攻撃してるが敵は見向きもせんし……どうしたものか……」

まるでベランダから外を眺めるかの様に柵にもたれ、呟く。

「…………仕方ない。やるか……」

2・3分もたれてボーっとしていたが、最後にこう呟くと、また艦橋に戻っていった。


しかし、その頃には、もう小樽艦隊は輪形陣を突破していた。















「………………輸送艦は全艦中破。駆逐艦は2隻小破。軽巡はかすりか…………結局上陸は失敗、函館砲撃も失敗。そして敵のポンコツ護衛艦を1隻も沈められず…………」

「………………申し訳ございません…………」

「申し訳ないで済む話だと思うのか?」

「…………いえ」 

「松前に上陸・占領し帝国政府軍の挟撃を防ぐ。これが目的であったはずだ。そしてその作戦を立て、幕府軍上層部に提出したのは小山田。貴様だったよな?」

「…………はい。そうであります」

小山田と呼ばれた30過ぎ位の男は、顔を下に向けたまま答えた。

「「そうであります」?だから、今後どうするのかと聞いてんだ!」

怒鳴っているのは青森艦隊司令 花井 隆造(りゅうぞう)中将だ。

「これでは松前からの上陸も有り得る。今すぐに対抗策を練ろ!」

海軍仕官学校時代から短気で名高かった花井。東北の有力資本家 花井家という権力と少しの実力でここまで上がってきたが、年をとっても、その短気は落ち着かず、今回も瞬時に沸騰。どんどんヒートアップしている。


「そもそも!なぜ主力艦が攻撃されているのだ!どこかで情報が漏れ、待ち伏せされていたんだろう。そうなんだろ!!

まったくこれだから………………」

「…………………………」

「…………なんだその目は?俺をバカにしてんのか?」

「いえ、そういう訳では……」

「ならどういう訳だ!!俺に言えねえような内容か!!」

「………………………………」 

「もういい!とっとと対抗策を練ってこい!ほら!出てけ!!」

「…………はっ……」

ゆっくりと頭を下げ、司令室を出る小山田。その後ろでは、まだ佐々木がブツブツとなにかを呟いていた。



「あんのクソ司令め!!偉そうに言いやがって!上層部に言って、作戦にしてしまおうとか言ったのはテメエだろうが!!

それを、提出したのは俺だからって俺に全部責任擦り付けやがって…………作戦の確認もテメエの仕事だろうがよ……」

悪態をつきながら廊下を進む小山田。

また、彼はこの青森基地の中で、最も佐々木司令と仲が悪いことでも有名だ。

「作戦立てろって言うから作戦立てて。軍上層部に提出してくれつったからわざわざ書類つくって送って。で失敗したらおれのせいか……ざけんじゃねえ!」

そのまま、バン!と扉を殴るように開ける。

中に居た者がパッと振り返るが、すぐ何事も無かったかのように仕事に戻る。

もう、いつもの事だからだ。


「あのクソッタレめ…………」

「またか……ま、落ち着けや」

そう言って熱いお茶を渡してくる男。彼はこの部屋の主。「吉岡大佐」だ。

「あんまり気にすると気を病むぞ。気を付けるんじゃな……」

そう言って、お茶を机に置くと、どこかに去っていった。

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