勇者に選ばれるは老人と少年とそして私。
異世界転移なんて絵空事だと思ってた。
皆が都合よく創造した空想上の出来事で、異世界なんてありはしない。
そう、今の今まで信じて疑わなかったのに
「どうしてこうなっちゃったの?」
私は思わずため息をついてしまう。
でも仕方ないよね、いきなり「貴方は勇者だ!魔王を倒しこの世界を救ってくれ!」なんて言われてもさ。
私には世界を救う義理も責任もないよ。強いて言うなら生きる権利ぐらいしか持ち合わせていないよ。
だから早く家に帰りたい、ダメかな。ダメ、だよね
「…それに私以外の人たちがあれじゃあ私が頑張るしかないと言うか。」
私以外にも召喚された者がいる。
この国では万が一のために複数の召喚魔法により3人の異世界人が呼び寄せられた。
でも肝心の召喚に不具合が起こり、意図しない3人をここに招いた。
そのうちの一人が私であり、他の二人とは比べてまだまともな戦力になるだろうと期待されている。
いや、期待されても困るんだけどね。私まだ16歳の子供だよ?そういう戦うのとかは男の人に任せるよ。
「…でも他の異世界人が老人と子供じゃ、私に逃げ場がないんだよねぇ」
つまりはそこに返ってくる。
私の他に呼ばれた異世界人はむくじい(72)とゆうとくん(6)の二人です。
何ですかこれ何ですかこれ、見事に戦いから遠ざけるべき『女、子供、老人』が揃ってしまっているじゃないですか。
召喚条件のミスでしょう。男の人、ではありますが一人は年を食いすぎて一人は若すぎる。
こうなれば私に期待が傾くのも仕方ない。
女子とは言え一応武器や防具はまともに振るえますからね。
これで召喚魔法は替えが効かないらしいので、次に使うとなると100年以上は待つこととなるらしいですし。
全くとんだ災難だよ。私はただ他人を見つめているだけだった日々が愛おしい。
私は腰に掛けてある剣をマジマジと見つめます。
今は鞘に収まりその輝かしい刀身を拝むことは出来ませんが、戦場では否応なくこの剣を抜く日が来るのでしょうね。
そんな日が来ないことを切に願うのみです。争いなど誰の為となりましょう。
何も生みはしないし、何も得ることはない。
あるのは血で血を洗う狂喜だけです。そんなものに身を投じるなど正気の沙汰ですか。
私は御免こうむります。魔王?ですか貴方達が倒してきなさいよ。この世界に生きる者こそが打倒すべき存在でしょう。
私は疲れました、主に剣を振るう訓練で疲れました。
少し寝ようかと思います。起きたらこんな固いベッドではなくて、柔らかい自宅のベッドで起きたい。
私は目を瞑り、意識を遠くへと置き去りにしました。
視界は黒しか映りません。瞼の裏には何か書いているわけでも光が通すわけでもないのですから、当然ですよね。
さて朝になりました。
起きたら窓から太陽がおはようしてましたので朝に間違いないです。…本当ですよ?
遠くからゆうとくんの声が響きます。子供は元気です、こんな状況だと言うのにその体を押さえきれないが如く外を走り回る。
まあ単純に状況を理解できないのでしょうね。小さな子供には今の状況は少々酷なものですから。
私は起き上がります、これでも異世界転移で身体能力は微力ながら上がっていますから転ぶようなことはしません。
ですが朝が弱い私は頭を抱えます。うっいつまでたってもこれには慣れませんね。
低血圧の方は瞬時に起き上がることなどしない方が身のためです
「…少々いいかね。勇者カグメどの?」
私の位置から少し離れた扉の向こうからそんな声が聞こえてきました。
この声は国王様でしょう。3人同時に召喚された時に見た立派なお髭の偉そうな爺。
何の用でしょうか、勝手に近寄ってもらっては困るのですが。
仮とはいえここは乙女の住む神聖なる部屋、早々男を入れてしまうわけにもいきません。
私は何とか扉の前に行き、用件だけを尋ねました。
「何か、用ですか。王様?大した用事でなければこの場でお聞きしたいのですが」
国王様は少し迷ったご様子で言葉を出しあぐねますが、等々その言葉を私にかけること叶いました。
「じっ実はだな。そなた等に頼んでいた魔王討伐であるが、あれはもう必要となくなったのだ。先日正式に魔王が倒されたとお触れが出された、魔王はもう誰かの手によって倒されている。すまないカグメどの」
言いにくい事柄なのでしょう出てきた言葉は何とか口を出た程度の拙い音の重なり。
しかし私にとっては聞き捨てならない事ですよ。魔王討伐が中止、なんて。
「うっ嘘でしょう?なら、今までの私の苦労は一体なんだったのよ。魔王に勝つためにやってきたあの多くの訓練は一体何のた、め…」
今までの苦しい訓練が頭の中を駆け巡ります。
血反吐を吐いてでも立ち上がり、剣を握り、剣士たちと渡り合った日々を。
私は不本意ながらこんな場所で思い出してしまったのです。
こみ上げてくるのはただただ熱い感情。言い表せない感情が涙となり、頬を伝う。
声すらあげて泣きたくなるのを止めたのはまたもやこの髭だけ偉そうな爺の言葉で。
「それで、その言いにくいのだが。そなた達には魔王討伐ではなくこれから起きるであろう他国との戦争をだな…」
私の戦いは始まろうとしていたのだと気づいた。
それは魔王討伐なんて英雄らしい物ではなく、ただ同族同士の血を洗う争い。
沢山の首が並ぶ様を想い身震いしながらも時は一刻一刻と近づいている。
人間の汚い面を見ることになるだろう戦争へと私は身を投じることとなったのです。