第二話 想われるということ
*
仏壇周りの小さな灯りしかついていない暗い和室に、線香の先が赤くじんわりと光って、青い闇に煙の一筋をたてている。
「なむあみだんぶつばんにちくどくみょうじょういっさいがとーよしへんじょーかいむじょうぶつどー」
そんなぐちゃぐちゃな呪文を唱え終え、ルナがお碗型のお鈴を打つと、夏虫の声ばかりが聞こえる静かな自宅の中に、甲高い金音が長い間空気を細かく震わせた。その間ルナは、仏壇に飾られているおじいちゃんとおばあちゃんの遺影に手を合わせていて、
「……お経。これで、あってたっけ?」
ぼくは自分の家にいるルナの姿が、なんだか古びた写真の中にありそうな雰囲気を醸し出しているような気がして、それにじっと見とれていた。戸を開けっ放しにした縁側の方で風鈴が涼しい音を出す。
「まあ、大丈夫なんじゃない? おじいちゃんもおばあちゃんも笑ってるよ」
「うそっ、」
慌てて顔を上げたルナはちょっと驚いたような様子で、遺影をじっと見つめると、
「……なんだ、いつも通りの怖い顔じゃない。もう……、怖がらせないでよ」
安堵のため息をついて、ルナは正座したままこちらを振り向いて眉をひそめた。真面目な顔をした二人の遺影は、ぼくからすればそんなルナを厳しくもあたたかい目線で見守ってくれているように見えるんだけども――「そういえば、」とぼくはふと思い出す。
「昔からこの和室苦手だったよなールナは。……えー、左手に見えますのはひいおばあちゃんとひいおじいちゃんの遺影、そしてその隣がひいおじいちゃんの兄貴で、戦死されました英霊のぉっ、」
「調子のんなっ」
素早く立ち上がったルナがふくらはぎを軽く蹴りつけてきた。その癖どうにかしろよな。なんかふくらはぎの溝みたいなところを的確についてくるから地味に痛い。ってぼくも親父によくするから、ぼくだってどうにかしなきゃなあとは思うんだけど。
とその時だった。天井の片隅からごとんと静寂の中に不気味な音がたって、「うわぁっ、」と――次の瞬間、ぼくはルナに抱きつかれていた。
誰もいない。静かな、ほの暗い空間。風鈴の音。それは一秒間ぐらいの短い間だったけど、その沈黙はやけにぼくをどきどきさせて、
「ちょっ、とっ……、ルナ、」
黙って、ルナはゆっくりとしがみついていた手を放す。そのあと少しのギャグも言えなかったのが、ぼくの心の動揺を表しているんだと自分でも分かったくらいだった。
もうこれ以上変な沈黙は嫌だったので、ぼくはトランクケースをどこに置くのかとかどこで寝るのかとか、晩飯はカレーだとか言っていろんなことをできるだけやかましく会話した。風呂を掃除して風呂の湯を沸かして、ご飯をレンジでチンして、食器を用意して、とにかくとにかく動き回って何も考えないようにそのあとの時間を過ごした。
*
自宅へ帰る途中で聞いたことなんだけど、「ちょっと早めの盆帰り」、ということらしい。それがホントかウソかは別として。
でもまあ、別段不思議なことではないのだろう。あの春の日を期に、親父と母さんの仲は別としてぼくたち元家族は気分的にも少しだけ会いやすくなったんだから、それがたとえ別居し始めて以来のことだったとしても、おかしいことじゃないしむしろ歓迎されるべきことだ。いぶかしがる理由はやっぱり特にない。
母さんが来なかったのだって、母さんはもう親父の親の顔なんか見たくもないだろうし、そこには母さんしか知らない複雑な感情が絡み合っていることだろう。ぼくにはなんとも上手く口を出せない領域だ。それが家族の問題だったとして。
いやむしろ家族の問題だからこそ迂闊に口が出せない。ぼくはおじいちゃんとおばあちゃん、母さんの汚い感情なんて見たくも聞きたくもないからだ。嫁姑問題があったとか、それが問題のひとつで離婚したのかもしれないし。だからそういうことを察しているふりをして、ルナの身体一つだけの「ちょっと早めの盆帰り」という事情を、ぼくは鵜呑みにしたのだった。
それでやっぱりぼくだって、ルナの突然の訪問を嬉しく思っているのだ。だからそこにどんな理由があったって、こうやって田舎に帰ってきてくれるだけで嬉しいから、なぜ田舎へ帰ってきたかなんてあまり気にならない。
それも、家族として当然の感情だろう。別におかしくない――はず。
*
この世にはレシピ本の過程通りに料理を作る人と、レシピ本の過程によく分からないアレンジを付け足す人の二種類がいて、親父はその後者の人物だ。
親父の作りおいていてくれていたカレーはトマトジュースの味と風味が濃厚にして、親父の出張一日目にしてぼくはその処分方法に困らされることになった。――と、朝これをパンに乗せて食したとき思っていたんだけれども、
「いただきまーす」
夕食。ぼくはためらいがちにこの――物質をスプーンの先でちょいとだけすくって、口に運ぶのはやっぱり勇気がいったので、ルナが何にも知らずにこの物質を食べてしまうのをとりあえず見ていた。
「……どうしたの?」
「いや、なんでも」思い知るがよい。これが男だけの生活によって生み出された暗黒物質だ。
とぼくの視線と意味深な言葉にいぶかしがりながらも、ルナはカレーではない何かの匂いを放っている見た目はカレーな謎の物質を乗せたスプーンを口の中に入れる、
「んぶっ、」
ルナは身体と表情を硬直させ、スプーンを口に頬張ったまま眼球だけをぼくの方へ動かした。ぼくはほくそ笑む。ああ、おふくろの味が恋しいなあと思いながら。思えばあの食事会は久々におふくろの味というものを楽しむという形式にしても良かったのではないか、
「おっ、おいしいっ。これっ、見た目カレーなんだけどハヤシライスなんだね!」
驚くべきことにルナの表情は、目が真ん丸になってほっぺたが落ちそうになっていて、本当に美味しそうな顔をしていたのだ。ぼくはルナの言葉に動かされジャガイモを乗せたスプーンを口に含んだんだけど、
「……ねえよ」
やっぱり、トマトジュースプラスカレーの謎物質だった。ぼくが心底まずそうな顔をしていたのか、ルナはそれに反論するように机に身を乗り出して、
「いやいやおいしいよっ、トマトの甘い風味とスパイスの辛味がうまくマッチしてて……これ誰が作ったの? もしかしてカイ?」
そこまで褒められると本当にそういう風な気がしてくるものだが、これに関しては絶対ゼッタイルナの味覚が崩壊しているだけだ。そういえば親父だってこの料理を「今までの最高傑作だああっ」と言っていたな。そうか、あの味覚を受け継いでしまったのかルナよ。
「いやいや、ぼくは料理あんまり作れないからね。……ウチのシェフが帰ってきたらそう伝えとくよ。実の娘に言ってもらえたらシェフ、感極まりすぎて泣いちゃうかもなぁ」
「うあっやっそれはっ……、言わないで」
そう、ルナはとつぜん慌てて肩を落とした。ぼくはようやく噛み潰したジャガイモを飲みこんで、わざわざ首はかしげないけどかしげたい気分になる。そんなぼくの視線を察したのか、ルナは意を決したような表情で続けた。
「あの……、お父さんに、わたしがここにいたこと、話さないでくれない?」
「なんで話しちゃいけないのかは、言ってくれないのか?」
ルナはカレーの上に視線を落としかけたけど、思いつめたようにぼくの目を見つめる。
「ごめん。やっぱ、秘密隠してるのばれてるよね……でも、いつかぜったい言うから。今はっ、ごめんだけど……」
ぼくは鼻で息をつきながら、自嘲気味に笑ってしまうのをどうにか抑えた。なんだか家族全員から疎外されてるような気分だけど、しょうがない。そんな頼りにならなさそうな兄なのかなあぼくって。まあいいけど――いや、よくない。悔しい。
「……隠し事ばっかしてたら、親父みたいにはげてくるぞ?」
なんてギャグだかなんだか分からないようなことを口にしながら、ぼくはルナの反応を見ずにカレーもどきへがっついた。でもはげるのは、どちらかというと自分の方かも知れない。
カレーもどきは辛さと甘さがまじりあってなんだか苦かった。これがポリバケツのような鍋に一杯分入っているというのだから困る。明日からはルナに押し付けて(ルナがいつまでこっちにいるか知らないけど)、ぼくは別のものを食べようかと思った。
そのとき、とつぜんインターホンが鳴り響いた。
ルナがわたっと慌てて動いて、ぼくのことを見つめると身体をすくませそのまま固まる。空襲警報を聞いた子どもみたいに怯えている。「大丈夫だよ、親父ならインターホン鳴らさないから、」と、とりあえずぼくだけが玄関へ出ることにした。というぼくも玄関の戸を開けてその姿を見るまでは心配だったのだが、
「あぁらっ、こんばんはカイくん、あらまぁすっかり日焼けしちゃってぇ、陸上部だっけ? ほらお腹減ってるでしょうからスイカスイカっ、冷やしたてだから今すぐ切ったら食べられるわよぉっ」
その丸いシルエットは親父に似ていたからホントに一瞬は驚いたんだけど、よく見たら隣に住むおばさんだったので、ぼくはほっとした。そして静かに近所づきあいモードへと頭を切り替える。
「おおっ、美っ味そーう、そういや今年まだ一個も食べてなかったんですよね。ありがとうございます、いやあ今親父が作ってたカレー食ってたところでしてねえ。……分かるでしょあとは」
「おっ、今度はなにカレーだったの? チョコレートカレー?」
「トマトジュースカレーです、あの味からしておそらく」
近所のおばさんは「……毎度のことながらコメントしづらいわね」と声をひそませてから、
「まあ、スイカなら切るだけだから大丈夫でしょ。……間違っても塩の代わりに塩コショウとかかけさせちゃだめよぉ?」
と十分にあり得る話をしたあと、おばさんは自分の言ったことに「ありそうだわねぇ、だっはははは」と上品さをかなぐり捨てたかのような爆笑をしはじめて、ぼくもそれに合わせて「ありえますよあとナツメグとかね」と添えるような笑いをした。
そのギャグがあまりに寒すぎて、おばさんの笑顔が凍りついたのかと最初は思った。笑い声をとつぜん止めたおばさんの顔は、ぼくの方じゃなくその後ろへ焦点を合わせているような気がして、ぼくが後ろを振り返ろうとした直前に、
「カイくんっ、あれって……えっ……、ル、ルナちゃんじゃないの?」
やけに真剣な顔をしたおばさんはぼくの腕を掴んで、ぼくのことを見ていたかと思ったらまたぼくの背後へ視点を移して、
「そうよね? ルナちゃんっ……よねっ?」
ぼくがようやく背後を見ると、居間からルナがぎこちない笑みを浮かべた顔を、ひょこっと廊下へ出しているのだった。
「……どっ、どうも」
照れくさそうに会釈するルナに、おばさんは今にも泣きそうな顔になっている。涙の代わりに口からどどどっと言葉が溢れ出し、
「あらっもうすっかりべっぴんさんになって、えーほんと何年ぶりかしらぁ、小学校のときに離れちゃってそれきりよねぇ、あら、もう私何だか泣いちゃいそう、あらもうほんと年取ると涙腺ゆるんじゃってねえ、でもほんと二人が一緒にいるのって久しぶり過ぎだからなんだかわたしもうっ、」
と語尾を甲高く跳ねあげて、けっきょく涙を流し始めるのだった。それでぼくはおばさんからスイカを受け取り、「ここで突っ立てるのもなんですし、せっかくなんで一緒に食べましょうよ」と提案しておばさんを家へ招き入れた。
*
まさかぼくら兄妹が二人そろっているところを見ただけで泣かれるとは思わなかったし、おばさんが記憶をたぐりよせてきて話すその声はやっぱり今にも泣きそうな感じで――ぼくは、嬉しくも空しい気分にさせられたのだった。
二、三十分の会話のあと、最後におばさんは満面の笑みを浮かべて帰っていった。
おばさんがだっこんだっこん切ってくれたスイカの残りカスを袋に入れて処理しながら、想われることの嬉しみと、重みをかみしめる。ルナはリビングで残った半分のスイカをラップで包みながら、
「おばさん、まさか泣いちゃうとは思わなかったね」
とちょっと苦い表情だけどほんとに嬉しそうな声で笑った。ぼくはそれを聞きながら「ああ」と袋の口をぎゅっと結ぶ。
「これから年に一回ぐらいは、二人そろった顔を見せてやらないとなあ。そろう度いちいち泣かれても、どうすればいいのか困っちゃうし」
「カイ、ものすごい慌てたもんね」
「……ルナもな」
おばさんは始終泣きながら会話しているようなものだった。ハンカチを顔にあてながら、ぼくが押入れの奥から引っ張り出してきたアルバムのページをめくって、まるでルナとぼくのお葬式でもやった後であるかのようにいろいろと懐かしむのだった。「最近のことよりむかしのことの方がよく憶えてるのよね私」と言ってまた泣いて、そういや赤ん坊のころからこのおばさんにはよく遊んでもらっていたのかと思い――でも、ぼくは赤ん坊のころの記憶なんて憶えているはずがないのだ。それは、さすがのルナでも同じことだった。
ルナの近況を訊ねて、さらに母さんの近況なんかも訊ねてきて、どうやらおばさんは母さんのことも心配しているようだった。
「でもあの人しっかりしてらしたから、今でもやっぱり立派にやってらっしゃるんでしょうねぇ」
ぼくはルナが母さんの話を避けているのを知っていたから、そんなおばさんの言葉にルナがどう反応してしまうのか気にしていたんだけど、ルナは自慢の先輩でも紹介するかのようにいろいろと母さんのことについて語っていた。それは偽りの態度なのか本当にそう思っているのか見分けがつかなかったけど、その語りは母さんの細かいところまでちゃんと見ているんだということがすぐ分かるようなもので――だからたぶん、ルナは母さんのことが嫌いにはなっていないんだと思う。
ルナの会話の中の母さんは、でも、なんだかとても忙しそうだった。食事会で会った時の母さんの服装を思い出す。「できる人」のオーラ。店員さんを相手にきびきびとした態度。そして、あの高級レストランを予約したのは親父じゃなくて母さんだ。親父は「看護婦やってる」と言ってたから今までずっとそう思っていたんだけど、本当は女医をやっているらしい。たぶんコンプレックスだったんだろうなあ親父。
ちなみに親父は農協職員兼野菜ソムリエ(自称)をやっている。今回の出張では、他県の農家の野菜を取材し研究するということらしい。なんてことは横に置いておいて――、
ルナはそんな女医という仕事のかっこいい部分をよく取り上げていた気がするけど、ぼくはその反面の忙しさばかり会話から読み取ってしまっていた。かっこいい仕事は、それ相応のしんどさもあるはずだ。そんなことを考えてしまうのはたぶん、中学校のころぼくが憧れのスポーツだったサッカー部に入部して、でも他のみんなについていけなくて挫折したことがあるからだろう。
相当量頑張らないと、周りからはカッコよくなんて思われない。母さんは離婚する前、たしかふつうの主婦をやっていたはずだ。そこからどうやって女医なんかになれたのか、たぶんそこにはぼくの知らないいろいろがある。
ぼくが生ごみを裏庭のコンポストに放り込んで居間に戻ってくると、ルナはおばさんと一緒に見ていたアルバムを、一人楽しそうに繰っていた。
家族のアルバムには、往々にして子どもの映る写真ばかりが集まるものだ。と七村の家でアルバムを発見した時ぼくはそんなことを思ったんだけど、ぼくの家のこのアルバムも例外ではなかった。ぼくは座っているルナの隣に立って、上からそれを覗き込む。ページを開くごとに子どものころのぼくら兄妹の、さまざまな表情がぼくの目の中に咲く。
「あっ、あった」
そう言ってルナが指差したのは、手をつないで、なのになぜか不安そうにぶっきらぼうな面持ちをしているぼくと、こちらは満面の笑みを浮かべているルナの写真だった。背景に浴衣を着た人々と、屋台の向こうから花火が大きく開いているのが見える。
「……祭り? 何歳ごろだろこれ」
「たぶん小二。……カイ、憶えてないの?」
「正直に言おう。憶えてるほうがすげえよ」
「ちがう。カイは記憶力がないから憶えてないの」
まあ、たしかに頭が良いほうではないけども。ルナはため息をついたあと、「まあいいや」とアルバムをパタンと閉じた。それから「ふーっ、」と疲れたように畳の上へ仰向けに倒れこんで、しばらく静かな時間が流れる。
そよ風が網戸からカーテンを揺らしてぼくらにやさしく吹きつけて、夏にしては比較的涼しい夜だった。縁側の方で、風鈴の音がまたした。どこかの蛇口がちょろちょろと水を出す音が聞こえてくる。
「……おばさんにわたしがいるのバレちゃったから、たぶん地区じゅうに広まっちゃうね」
そう言うルナの声は、さほど困ったようすでもない口調だった。まあいっか、とどちらかというとほっとしているような。
「ほんとだなっ、」とぼくは少し笑う。「あっ、という間だよ。おばさんラインはフレッツ光より速い」
「それ面白いと思ってる?」
「……うっせえ」
ルナはけらけらと笑ってから、そのついでのように付け足した。
「というわけだから、やっぱシェフが帰ってきたら伝えといてね。美味しかったって。今度はウチに来て作ってねー、って。……帰ってきたあと、わたしがいなくなってからっ。ね」
「顔は見せてやんないでいいの?」
ルナは少し考えてから言う。
「……泣かれたら、困る」
そのあと、また少し沈黙が続いた。でもそれは、いつまでもひたっていたいような心地の良い沈黙だった。いやいつまでもひたっているのは嫌だけど、だけどそれでも悪くないと思えるような、そんな静かな時間。
「実は、家族手作りの料理なんて、久しぶりだったんだよね。だから美味しかったのかも」
そう切り出したルナの表情は、ぼくからは恥ずかしいようにそっぽを向いて床にコロンと寝転がっていた。ぼくはそんなルナの心境をなんとなく察す。次の一言を口に出すのには、少しばかり勇気がいった。
「……母さん、忙しそうだもんな」
「うん……、だから、料理させるのも、なんか気が引けるし」
「じゃあルナが自分で作ってるの? 料理」
ルナはゆっくりとかぶりを振るように、頭を右往左往、畳の上で転がした。
「……外食とか、コンビニとか。サラダは毎日作るから、キャベツ切るのは上手いよ。野菜は摂れってうるさいからあの人。自分が一番不健康な生活送ってるくせに」
まあでも、言うことはちゃんと聞いてるんだなあ。ぼくは声に出さずちょっとだけ笑った。するとルナは頭を転がし仰向けになり、立っているぼくの顔を見る。それといっしょに、長いツインのきれいな束が気だるそうにうねった。
「ありがとね。ちょっとだけ、すっきりした」
ルナは微かな笑みを浮かべる。こんなもんですっきりするのかと思ったけど、お役に立てたんならそれでいいか。とぼくも嬉しい。でもたぶん、すっきりさせてくれたのはルナの方だ。これで少し、毛根の寿命も伸びたかもしれない。