ヤンデレ愛紗
赤壁の戦いで呉蜀連合軍は魏を破り、三国鼎立の状況が始まった。
その中で蜀に舞い降りた『天の御遣い』北郷一刀は、1年毎に各国を移動する。
天の知識を活かし、より良い国づくりを三国で行うためだ。
愛紗という護衛とともに彼はその任を終え、蜀に帰国した。
戦後処理で忙しかった蜀が何故政務の出来る愛紗を護衛につけたか。
それは本人の熱望に加え、愛紗の説教を避けられるとみた一部の武将たちの後押しと、曹操・張遼からの請願を鑑みた結果である。
後者については言わずもがなであるが。
やはりというかなんというか、一刀は両国においても持ち前のスキル『種馬』を発揮し、真名を貰って、中には閨をともにした人たちもいた。
黄忠:紫苑は嫉妬深い愛紗を護衛に連れていくことを危惧していたが、何か起こったという報告もなく、人知れず安堵していたというのは誰も知るところではない。
「ご主人様、遠乗りに行きませんか」
帰国の翌日、愛紗は一刀の私室を訪れていた。
2人とも当然仕事はなく、暫くは休暇なのである。
「遠乗りか…そうだな、久々に行くか」
―――愛紗は不慣れな他国で一貫して忠実に職務を全うしていたから、ストレスが溜まるのも仕方ないかな。それに平和を肌で感じることも悪くない。
そう考え、一刀は出掛けることを決めたのだった。
「では30分後に正門で。馬は私が連れてきますね」
「うん、よろしく」
心底楽しみといった様子で愛紗は部屋を出ていく。
一刀は身支度を始めるのだった。
のだが。身支度なんてほとんどやることもなく。
城門前で愛紗を15分ほど待っていた。
そこにはデートの際に男性は余裕をもって相手を待つという心理が働いていたこともあるだろう。
現代では女性との交際経験のなかった―――だからといって男性との恋愛感情における交際経験があったわけではないが―――一刀もこの世界にきて様々なことを学んだのである。
それはさておき。
愛紗が馬を引いてやってきた。
「すみませんご主人様、待たせてしまいましたか?」
「いや、ちょうど今きたところだよ」
やはり経験がものを言うか、いつの間にか彼は立派な紳士となっていた。
ただし、しばしば、たびたび………いや頻繁に変態という名の紳士にクラスチェンジするが。昼夜を問わず。
実は愛紗は一刀より先に着き、物陰から様子をうかがっていた。
一刀が着いたのを確認し厩へ向かっていたのである。
問いかけにテンプレながら男性として当然の返答をした一刀を、愛紗は嬉しく思った。
「ふふっ…」
思わず顔が綻んでしまう。
そんな愛紗の笑顔に見とれながらも一刀は疑問を口にする。
「ねえ、愛紗?」
「はい、どうしました?」
キョトン、とした顔をする愛紗。
「なんで馬が一頭だけ?」
「勿論2人で乗るためですが」
即答される。
「あー………? なるほど。うん、理解した」
「クスッ…へんなご主人様ですね。では、行きましょうか」
2人は馬に乗るが、愛紗は一刀の胸に頭をもたれかけさせる。
一刀は愛紗が手綱を握るのだとばかり思っていたため、背中に柔らかさを感じられないのかと残念がっていたが、一刀が手綱を握るということは後ろから愛紗を抱き締めるということであって両腕に柔らかな感触があるので、これもこれでいいな、などと思い直していた。
(うーむ。やはり柔らかい…)
一刀も健全な男子高校生である。現代ならばだが。
加えて彼は所謂『種馬』。2人が乗っている赤兎馬―――当然セキトがフォルムチェンジしたわけではなく、入手した汗血馬―――も顔負けの、である。
「………ご主人様、何やら硬いモノがあたっているのですが」
「健全な青年男子として愛紗みたいな可愛い子を後ろから抱き締めながら両腕に柔らかい感触があってさらに女性ってやっぱり良い匂いがするなーとか考えてないよ?」
台無しである。恐らくわざとではあるのだが。
「ふふ、ありがとうございます」
以前の愛紗ならば、「かっ、可愛いなどと軟弱な!」といっていただろうが、愛紗も成長したのである。
「それより愛紗、得物は良いとしてその大きな袋は何?」
「それは着いてからのお楽しみです」
―――そういや出てきたのは昼前だったな…ならお弁当とか? 最近愛紗は琉々の指導で大分料理の腕前が上達したみたいだし、楽しみだ。
歩くでもなく駆けるでもなく、心地好いスピードで馬を走らせる。
しばしの間無言が彼らを包むが、言葉の無い静かな時間もかえって2人が寄り添いあっていることを明確にし、2人の心を楽しませるのであった。
そこは左の道を。ここは真っ直ぐ。次は左………あ、間違えました真っ直ぐでした。そろそろですね………あっ。着きましたよ、ご主人様。
そんなやりとりを経てたどり着いた場所。
道中険しいところもあったがそれさえも忘れさせる光景が一刀の視界に入る。
「すげぇ…」
小高い丘のような、山の中腹のような場所から遠目ではあるが蜀の大部分を一望出来る。
「あれがオレたちの城だよね?」
「はい、そうです」
「よくこんな場所知ってたね、愛紗」
「ご主人様に喜んでいただきたくて…そっ、それよりも昼食にしましょう!」
顔を赤らめて照れる愛紗に和みながら一刀は食事を始めていく。
「ふぅ…お腹いっぱいだ。凄く美味しかったよ」
「ありがとうございます。ご主人様、これからどうしますか? このまま2人で駆け落ちして新たな生活を始めましょうか」
「…愛紗がそんな冗談を言うとは思わなかった。愛紗も変わったね」
「………ふふっ。ご主人様が私を変えたのですよ? ご主人様のことを考えるとこんなにも胸が高鳴るのです」
一刀の手をとり、自らの胸に押し当てる。
「あ、愛紗?」
「…いいですよ。こんなところには恐らく誰も来ませんから」
その言葉で一刀に火がついた。
「…愛紗っ!」
「あっん…んむっ………」
「愛紗とは久しぶりだよね…2年間他国に行ってたから最低でも2年以上ぶりだな」
「私はそうですがご主人様は3国に恋人がいらっしゃるのですから不自由はないでしょう?」
「う…その、ごめんな」
一刀は愛紗の鋭い眼差しに萎縮してしまう。
「ですがこれからはそのようなことが無くなりますから」
―――1〜3年間蜀に、他国へは1年ずつという規定だから…蜀にいる間は愛紗を目一杯愛そう。
最長となる3年間蜀にいたならば他国の情を交わした女性たちから(性的な意味を主に)不満が出るはずだが、魏呉両国には希望者の女性たちに真桜作の一刀人形が1人につき1つ配布されることが決定されている。
無論一刀はそのことを知らない。
「その、すごく…激しかったです」
愛紗は今一刀の腕枕に頭を乗せ横になっている。
「久々だったから張り切っちゃったよ。暑い…喉乾いたな、さっきの水残ってない?」
さっきの、とは昼食時のことである。
「ご主人様のために作ってきた飲み物がありますから、それでも良いでしょうか」
「オレのためって…愛されてるなぁ」
もし及川がこの場にいたならばリア充死ねと即座に叫んだことだろうが生憎彼は現代にいるのである。
「どうぞ」
「ん………甘っ」
「疲れた時には甘いものがよろしいかと思いまして」
「愛紗はオレと疲れるようなことをすると予想していたのか…なんという策士。孔明の罠(?)か!?」
――――――――――――
「はわわーっ!?」
「ど、どうしたの朱里ちゃん!」
「何か今変なモノを受信して…」
「きっと疲れてるんだね…よし、私が少し手伝うよ。頑張ろっ」
「雛里ちゃん…うん、そうだね♪」
――――――――――――
「ふぁ…ちょっと眠くなってきた。悪いけど愛紗、少し眠ってもいい?」
「ええ、時がきたら起こします」
「ほんとごめん…おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
意識の落ちる寸前、一刀は愛紗の笑みに何かを感じた気がしたが、気のせいだろうと結論付け、加えて強い眠気に逆らえずに思考を放棄したのだった。
―――その眠気が愛紗によってもたらされたものだとは知らずに。
「ご主人様と愛紗ちゃんが失踪してから3ヵ月、か…」
桃香は戸惑っていた。
魏から帰国した翌日、2人が遠乗りに行くと言って出掛けてからかなりの時間が経った。
―――得物は持っていっているし愛紗ちゃんほどの武人がそう簡単にやられはしない。
だが三国同盟の功労者は間違いなく一刀であり、また愛紗は蜀の大黒柱とも言える存在。
そのため政務に携わらない一部の武将たちは捜索を行っている。
政務に携わらない一部の武将たち、は推して知るべしであるが。
ちなみに蜀の国内事情を察知した魏が再び戦乱の世を開く可能性は限りなくゼロである。
呉が睨みを利かせているというのも理由の一端であるが、それ以前に魏呉の王は既に一刀と情を交わしている。
むしろ察知した両国が捜索の手伝いを申し出てきたくらいであった。
それはさておき。
桃香も本当は捜索に加わりたい。
一刀がいたのならば出来たかも知れないが一刀がいないため、王という立場上そのような軽率なことは出来ない。
桃香はただ祈るばかりであった。
「見つかんないなぁ…」
捜索を行っているのは―――当然なのかそうでないのかはさておき―――蒲公英・焔哉・翠・鈴々。
その中で蒲公英は村で聞いた噂を頼りに山中を歩き回っていた。
その噂とは、美しい黒髪を持つ女性が傭兵として活躍しているというもの。
今まで何故それが知られなかったか。
それは村のある場所に起因する。
その村は四方八方を深い森に囲まれ、羌との国境付近にあった。かつ国境を隔てた向こうにある羌の村とを繋ぐ道は一本のみで、その村も四方八方を深い森に囲まれている。
言わば外界から隔離された空間であり、他者の介入が全く無かった。
そんな場所を蒲公英が発見したのは全くの偶然で、道に迷い途方にくれていたが再び歩き出して5分後に見つけたのである。
その村は度々羌の村の襲撃を受けていたのだが、最近は詳しい場所はわからないが近くの山の方から来る女性の傭兵のお陰で被害は無くなったそうだ。
だからと言って襲撃が無くなったわけではなく懲りずに攻めてくるが。
反面そのお陰で傭兵は生活に必要なものを得ることが出来ているとも考えられる。
ともかく蒲公英はその話を頼りに―――熊が出るため村人は全く近寄らない―――山中をさ迷っているのである。
1晩泊めてもらい―――貨幣経済ではなく物々交換であるため小動物を捕らえて肉を渡して、になる―――朝早くから捜索していたのが功を奏したか、薄汚れた、しかし荒れてはいない小屋を見つけた。
「!」
―――よし、行こう。あの村の人たちは外のことなんて全然知らなかったし成都の方向もわからなかった。きっとご主人様と愛紗おねえさまは帰り方がわからなくてしかたなく傭兵なんかやってるんだ。
その結論は正しかったのか。
「ごめんくださーい。………………………。入りますよー?」
返事が無いため勝手に入ることにした蒲公英。
―――誰もいない? いや、小屋の周りには生活の痕跡があるし寝てたりするのかな。
からから、と。ボロ小屋には似合わぬ軽い音を響かせる戸をスライドさせていく。
―――奥に誰か、いる?
音を消し、そっと近づき。
―――寝てる…のかな。
たどり着いた。
「…ご主人様っ!」
寝台に横になっていたのはそう、紛れもなく、彼女たちが探し続けてきた一刀だった。
その声に反応したのだろうか、
「ん…」
一刀はうっすらと目を開けた。
「蒲公英、か?」
「そうだよ、ご主人様。私だよ、たんぽぽだよ! やっと見つけた…ね、愛紗さんも連れて一緒に帰ろっ、道はわかってるから」
実際は偶然たどり着いただけであったが、ある程度は道のりを覚えているのが蒲公英のすごいところだろう。
知力は平均以上…それが無駄な方向に使われているだけである。
「あ、蒲公英…」
「なに? ご主人様」
「1人で来たの? ここ山だし…危ないよ?」
「大丈夫だよ? 姉さまたちみたいな化け物には勝てないけど他には遅れはとらないもん♪ それに帰るなら愛紗姉さまがいるから大丈夫だよ」
「いや、そうじゃなくて………――――――殺しちゃだめだよ、愛紗」
ここは山中故に誰も訪れない場所。誰も助けにこないことを、一刀は危険と言ったのであった。
「え―――」
蒲公英ではない人物にかけられた声、それに蒲公英は振り向くも―――
「あっ…」
―――武神の一撃を防ぐには至らなかった。
(そ、んな…)
そこで蒲公英の視界は暗転した。
「…ふん」
「…お帰り、愛紗」
「ご主人様…只今帰りました。ああ、それと…私以外の女の真名を呼んでは…いけませんよ?」
「ごめんね愛紗、次からは気をつけるよ」
「いえ…わかってくだされば何よりです。所詮他の女どもなど、ご主人様をたぶらかす雌狐なのですから」
彼女の瞳は、濁りきっていた。
「ではご主人様、我らが愛を育みましょう…」
「…おいで、愛紗」
「ん………んむっ!?」
蒲公英は目を覚まし、一瞬にして事態を把握する。
身体は梁に縛り付けられ、口は猿轡を噛まされ、得物は取り上げられている。
さらに。
眼前では一刀と愛紗の濃密な交わりが続いていた。
「ああっ…ご主人様っ!」
「愛紗、オレ、もうっ…」
一刀は愛紗にのし掛かられ、なすがままにされている。
「んぅ…」
情事の余韻が蒲公英の鼻腔をくすぐる。目の前の光景とともに押し寄せてきたそれを嗅いでしまい、蒲公英は自分の秘所が疼くのを感じた。
(や、やだぁ…)
「起きたか、馬岱。…貴様はそのまま私とご主人様の営みを見ているがいい」
そして再び、一刀と愛紗の交わりが始まる。
目は閉じた。
だが、耳は塞げない。
その上猿轡のせいで口で呼吸することもままならず、鼻で呼吸するしかない。
視覚は無くとも聴覚・嗅覚ともに2人の情事を鮮明に伝えてくる。
それから2人は数回交わった後、馬岱をそのままにして、抱き合うように就寝した。
「では行ってまいります」
「ん、いってらっしゃい愛紗」
翌日、愛紗は仕事に出かけていく。
傭兵の仕事は大事な収入源であった。
「んー! んー!」
この猿轡を外せ、と主張する。
「今行くよ」
寝台から出て、覚束無い足取りで一刀は馬岱のもとに寄る。
(…?)
一刀は馬岱の頬に手を当て、確かめるようにゆっくり猿轡を外していく。
「ぷは…」
「水でも汲んでくるよ。ちょっと待っててね」
「あ…」
またもやふらふらと、何かを探るように歩いていく一刀。
馬岱の一刀への疑惑は、ほぼ確信に変わった。
「お待たせ。はい、どうぞ。………飲まないの?」
いつまでも受け取ろうとしない馬岱を一刀は疑問に思った。
「………ねぇ、ご主人様。――――――目が、見えないの?」
「…はは。バレちゃったか」
「なんで…?」
「栄養失調、かな」
愛紗は2人が何とか食べていける程度の稼ぎを得ていた。が、愛紗に妊娠の兆候あり、と感じた一刀は、
―――最近食欲が無くてね…残すのは勿体ないし、愛紗が食べて。
と言い、自分の食物を分け与えていたのである。
しかし、少ない食物で何とか生きていける栄養価を摂取していたのに加え、夜の営みが激しいのだ、栄養が不足するのも当然だった。
「それを、愛…関羽さんは知っているの?」
「いや。多分まだ、気付かれてないんじゃないかな」
「なんでっ…!」
―――なんでそこまでっ…!
「愛紗はさ、オレの護衛をしていただろ? オレは他国の女性とも関係を持った。2国を足せば蜀の武将・軍師を越えるくらいね」
―――だからかな。…いや、だからだよ。
そう呟き、一刀は話を続ける。
「愛紗は忠実に任務をこなしていたのにオレはそんなだった。不慣れな他国で精神的疲労もあったと思うんだ。そこにそれじゃあ…嫉妬深い愛紗がよく2年間も我慢できたと思うよ」
「ご主人様は、…ご主人様は自分のせいで関羽がああなったって思ったの?」
「うん」
「そんなこと…」
ない。とは断言出来なかった。
「愛紗は多分馬岱のことを帰すと思うよ。帰さなかったら不審に思われて馬岱の向かった方向の人員を増やすだろうからね」
「…」
「ただし、ここのことを口外したら愛紗はみんなとでも戦うだろうし…言わないでね? それと…まぁ、すぐ帰さずオレとの交わりを見せつけたのはオレが自分のものだと言いたかったのかな」
一刀は馬岱を縛る縄をほどく。
「さ。早く帰ってここのことを忘れてくれな」
「それで…いいの? ご主人様は」
「…ああ。愛紗がああなってしまったのはオレのせいなんだから」
「…わかった」
得物を持ち、諦めたように、馬岱は出ていく。
「―――さよなら。…蒲公英」
「っ…! …さよなら、ご主人様」
震える声を絞り出すように別れの言葉を告げ、馬岱は走り去って行く。
その両頬に、一筋の涙を流して。
「ただいま帰りました…おや?」
「おかえり。馬岱は帰したよ。どうせ帰すつもりだったよね」
「ええ…ですが、新たに人が来ても私が始末しましたけどね」
ふふっ、と愛紗は微笑む。だが、それは一刀には見えない。
「じゃ…おいで、愛紗」
「はい…ご主人様」
そして、2人の生活は続いていく――――――。