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断罪劇の台本を書いたのは私です 〜ただし、あなたが泣く結末だけは書けませんでした〜  作者: 九葉(くずは)


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第4話 侍医の誓い

死者の願いと生者の事情は、たいてい折り合わない。


これは四十年の医師生活で学んだことの一つだ。患者の最期の言葉は美しい。だが、残された者はその言葉通りには生きられない。生きている人間には、生きている人間の都合がある。


私の名はヴィクトル。王宮の侍医を務めて二十年になる。


一年半前の冬、エレオノーラ嬢が私の診察室を訪ねてきた。


◇◇◇


嬢様の用件は明快だった。


「計画が失敗した場合の保険が必要です。夜会の当日、私が体調を崩したことにして退場する手段を用意してください」


つまり、偽の診断書を書けということだ。


医師としては、受け入れがたい依頼である。


診察室の椅子に腰かけて、私は嬢様の顔を見た。顔色は悪くない。脈は安定している。瞳孔の反応も正常。身体的には健康そのものだ。ただ、目の下に薄い隈がある。睡眠が足りていない。


「嬢様。まず、最近よく眠れていますか」


「質問に質問で返さないでください、ヴィクトル」


「医師の習慣です。お許しを」


嬢様は少し目を細めた。この方は苛立つと目を細める。笑うときも目を細めるので、慣れていない人間には区別がつかない。私は二十年この仕事をしているので、わかる。


「眠れてはいます。ただ、考え事が多くて」


「何時間ですか」


「……四時間ほど」


四時間。若い女性としては明らかに不足だ。だが、この話の本題はそこではない。


◇◇◇


私がこの計画に加担する理由は、一つしかない。


十年前。エレオノーラ嬢の母——シュヴァルツハイム夫人の最期を看取ったのは、私だ。


夫人は穏やかな人だった。病床でも文句を言わず、見舞いに来る侍女に「あなたこそ休みなさい」と言うような人だった。


最後の夜、夫人は私の手を握って言った。


「先生。この子を自由にしてあげてください」


隣の部屋で眠っている十一歳のエレオノーラのことだった。


「あの人——夫は、きっとこの子を道具にします。悪気はないんです。あの人なりの愛なんです。でも、この子には自分で選ぶ人生を歩いてほしい」


私は頷いた。医師として、患者の最期の願いを聞くのは義務だと思っている。


ただ、義務と実行は別の問題だ。十年間、私はこの約束を果たせずにいた。宰相に意見できる立場ではなかったし、嬢様自身がどう考えているのかもわからなかった。


一年半前、嬢様が計画を打ち明けてくれたとき、正直に言えばほっとした。


患者の最期の願いを叶える機会が、ようやく来た。


◇◇◇


偽装の診断書を用意する話は決まった。ただし、あくまでバックアッププランだ。本命の計画が成功すれば使わない。


それよりも、私が今日語りたいのは、別のことだ。


偽装恋人の話である。


エレオノーラ嬢とレオン殿——辺境伯の三男——が、社交界にデビューした日のことだ。私は夜会の救護係として同じ広間にいた。壁際で貴族たちの顔色を観察するのは、侍医の日常業務の一環だ。


二人が広間に入ってきた瞬間、空気が変わった。


嬢様は白い絹のドレスに母の形見のショール。肩にかかる白百合の刺繍が蝋燭の光に淡く浮かんでいた。レオン殿は借り物らしい正装。体格のいい若者に仕立ての合わない上着は少々気の毒だったが、姿勢は軍人のそれで、見栄えは悪くなかった。


周囲の貴族たちがひそひそ話を始めた。宰相令嬢の新しい恋人。辺境伯の三男。身分差のある組み合わせに好奇の目が集まる。嬢様は気にした様子もなく、広間を横切った。あの落ち着きは見事だ。十年前、病床の夫人が見せた穏やかさと同じ種類のものだと私は思った。


問題は、手だ。


二人が手を取り合って歩く場面があった。偽装の恋人同士として、当然の演出だ。


レオン殿がエレオノーラ嬢の手を取った。


力を入れすぎている。手袋越しでもわかった。嬢様の指が白くなっている。


「痛い」


嬢様が小さく言った。


レオン殿の耳が赤くなった。慌てて手を離し、自分の手をじっと見つめている。まるで自分の手が勝手に動いたかのような顔だ。


「……悪い」


「力加減は練習しましょう」


嬢様はそう言っただけだった。声は平静。表情も変わらない。


だが、私は見た。嬢様の頬に、ほんの一瞬だけ赤みが差したのを。蝋燭の光のせいかもしれない。だが、二十年の診察経験が言っている。あれは光の加減ではない。


そして、もう一つ。


脈だ。


二人とも、手を取り合った瞬間の脈拍が速すぎた。


偽装の恋人役なら、緊張はする。だが脈が上がるのは冷や汗と同じ種類の緊張——つまり恐怖やストレスのはずだ。あの二人の脈の上がり方は違った。速いが、規則的。心拍数は上がっているが、血圧は安定している。


これは恐怖の脈ではない。


私は医師だから、症状には名前をつけたくなる。


だが、この症状の名前は、医学書には載っていない。


◇◇◇


夜会が終わった後、嬢様を診察室まで送った。手の腫れを確認するためだ。レオン殿が握りすぎた左手は少し赤くなっていたが、骨に異常はない。


「湿布を出しておきます。明日には引くでしょう」


「ありがとうございます」


嬢様が手袋を外したとき、私は見た。


手袋の中に、小さな押し花が一輪挟まっていた。


青い鈴の形をした、見慣れない花。乾燥して薄くなっているが、色はまだ鮮やかだった。辺境の花だろう。レオン殿が入れたに違いない。


偽装の恋人に押し花を贈る理由が、私にはわからなかった。


嬢様は押し花に気づいているのか、いないのか。手袋をたたんでそのまま鞄にしまった。何も言わなかった。


私は何も言わなかった。


患者の私物について詮索するのは、医師の流儀ではない。


ただ、あの押し花のことは覚えておこうと思った。症状の経過は記録する。それが医師の仕事だ。


この症状が今後どう進行するか。処方箋があるのかないのか。


長年の勘が言っている。これは慢性疾患だ。自然治癒はしない。


そして——たぶん、当事者たちが一番気づいていない。


◇◇◇


診察室に一人残って、カルテを書いた。嬢様のカルテではない。自分自身の記録だ。


十年前の約束。夫人の最期の願い。偽の診断書。そして、偽装のはずの脈拍。


あの子の母親の最期の願いを叶える。それが私の医師としての最後の仕事だ。


ペンを置いた。インク壺の蓋を閉めた。窓の外は暗い。冬の夜は長い。診察室の暖炉では薪が小さく爆ぜていた。


まず、深呼吸を。


……これは自分に言い聞かせている。

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