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人を癒すたび、私の灯りは短くなる  作者: そらのことのは


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第4話【結】照らさない選択

私がカウンセリング事務所を休むと決めてから、数日が過ぎた。


最初は、落ち着かなかった。

時計を見るたび、胸の奥がざわつく。

この時間なら、誰かが相談に来ているはずだ。

そう思うだけで、体が勝手に緊張する。


――何もしなくていい。


そう言い聞かせても、うまく眠れない夜が続いた。


「大丈夫ですか?」


冬馬は、いつも通りの声で聞いた。


「……分かりません」


私は、正直に答えた。


「誰かを助けていないと、

自分がここにいていい理由が、なくなる気がして」


冬馬は、何も言わなかった。

ただ、隣に座っていた。


それだけで、少し呼吸が楽になる。


数日後、私は事務所のドアの前に立った。

手に持った紙が、わずかに震える。


――しばらく、お休みします。


四隅を押さえて貼る。

剥がしたくなる衝動を抑えて、背を向けた。


理由は書かなかった。

説明もしなかった。


それでも、何人かは連絡をくれた。


「どうしてですか?」

「困っています」

「また、話を聞いてください」


メッセージを見るたび、胸が痛んだ。


でも、返信は短くした。


画面を見つめたまま、何度も文章を書き直す。


――今は、お休みしています。

――自分のことを、大切にする時間が必要です。


――ごめんなさい。


その一言を、何度も追加しそうになった。

でも、消した。そして、送信した。


送信ボタンを押すたび、指が震えた。


それでも、戻らなかった。


朝、駅のホームで立ち止まる。


以前なら、顔色の悪い人を見るたび、

声をかける理由を探していた。


今日は、違った。


ただ、通り過ぎる。


そのことに、罪悪感は残った。

でも、息は苦しくなかった。


少しずつ、体が戻っていく。


朝、目が覚める。

指先が冷えていない。


鏡に映る顔は、まだ万全じゃない。

でも、以前ほど、誰かのための顔じゃなかった。


ある日、冬馬と一緒に、また山に登った。


風の音。

木々のざわめき。


誰の灯りも、見えない。


「前より、楽そうですね」


冬馬が、ぽつりと言った。


「……はい」


そう答えてから、少し考える。


「楽、というより……

無理をしなくていい感じです」


冬馬は、頷いた。


頂上で、街を見下ろす。


小さな街。

古い建物と、新しい建物が混ざっている。


「これから、どうしますか?」


冬馬が聞いた。


私は、少しだけ考えた。


「すぐには、戻りません」


「そうですか」


「でも、やめるわけでもないです」


私は、そう言った。


「今度は、能力に頼らない。

ちゃんと、言葉で話す。

できる範囲でだけ、続けたいです」


冬馬は、何も評価しなかった。

ただ、静かに言った。


「それでいいと思います」


帰り道、私は気づいた。


灯りは、見えている。

でも、以前ほど、勝手に引き寄せられない。


使わない、と決めただけで、

灯りとの距離が変わっていた。


夜、部屋で一人になる。


私は、目を閉じて、胸に手を当てた。


自分の灯りは、見えない。

でも、分かる。


小さい。

でも、揺れていない。


以前みたいに、誰かを照らすための炎じゃない。

私が、ここにいるための灯り。


翌朝、一件だけ予約が入っていた。

でも、断った。


「今日、桜を見に行きませんか?」


冬馬の誘いに、迷わず頷いた。

仕事より、この人と過ごす時間を選ぶ。

それが、今の私にできる、いちばん誠実な選択だった。


花びらが、静かに舞っていた。


「灯里さん」


「はい」


「無理は、しないでください」


私は、少し笑った。


「はい。もう、燃えません」


風が吹いて、花びらが舞う。


私は、隣にいる冬馬の気配を感じながら、

ただ、そこに立っていた。


照らさなくても、

ここにいていい。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この物語は、

「人を大切にすること」と

「自分を削り続けること」を、

同じものだと思い込んでいた一人の女性が、

立ち止まる話です。


照らすことをやめる選択は、

冷たくなることではありません。

むしろ、長く灯り続けるための選択なのだと思っています。


誰かのために頑張りすぎてしまう人、

「自分がいなくなったら困る人がいる」と感じている人に、

この物語の静けさが、少しでも届いていたら嬉しいです。


もしよろしければ、

評価・ブックマーク・感想などいただけると励みになります。


ここまで読んでくださって、

本当にありがとうございました。

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