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忍法異界転生  作者: カタリ


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第2話 ルルスという少年

 四郎です。


 魔人に転生(てんしょう)しようとしたら、見たこつも聞いたこつもなか国に生まれとったとです。


 しかも子どもに戻っとって、人生やり直す羽目になったとです。


 四郎です。四郎です。四郎です……。




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 迷宮都市アモルファスは、三重の城壁を備えた巨大な都市である。その一番外側の城壁を越えた先には、都市内部に住むことが出来ない労働者や流民(るみん)が住む集落が形成されている。


 それを越えて更に進むと、迷宮都市を取り囲むように点在する広大な農地が広がっている。それら農地の中心には村落があり、アモルファスの太守が治める荘園を形成していた。


 そうした荘園の一つ、森と小川に挟まれた村の外れに一軒の農家があった。とりたてて変わったところのない普通の家だが、周囲は綺麗に清掃され(ちり)や落ち葉の(たぐい)は見当たらず、煉瓦(れんが)で出来た壁や板で()いた屋根もよく手入れされており、住人の人柄が(うかが)える住まいであった。


 その家と付近の森の間には苦労して切り(ひら)いたのだろう空き地が広がっており、そこは一面の草地となっていた。森から切り出したであろう材木で出来た(さく)が空き地を広く囲っており、囲いの中では数十頭の羊がのんびりと草を()んでいる。


 その柵の上を、まるで羽毛か何かのように体重を感じさせず歩いている少年がいた。歳の頃は十二、三と見える。伸びやかな四肢は細く柔軟で、それでいて(たわ)められた際の(みなぎ)りは強靭(きょうじん)な弾力を感じさせる。肩までの(たけ)を越えて伸ばしている黒髪は無造作に(たば)ねてあるが、ほっそりとした面立(おもだ)ちと相まってまるで少女のようだ。


 柵の上を歩く少年の足取りは全く危なげがなく、時折跳び上がって宙で一回転し、再び柵の上に降りることさえ容易(たやす)い様子だった。その時にも、小鳥が舞い降りたかのように柵を(きし)ませもしない。


 やがて彼は斜め前、柵の外側に飛び降りると即跳び上がり、自分の胸元ほどもあろう柵を飛び越えて反対側、柵の内側に音もなく着地した。草地に着いた足でそのまま踏み切り、再度柵を飛び越えて外側へ。そうやって互い違いに飛び跳ねながら前へ進み、とうとう囲いを一周してしまった。そして柵の上に腰掛け一休みの風情(ふぜい)だが、全く息が切れていない。


 彼はそのまま柵の上から、世話をしている羊の群れを(いつく)しむように(なが)める。当の羊たちは少年の奇行に慣れているのか、騒ぎもせずにひたすら草を喰んでいた。


「ルルス!」


 農家の裏手から男の声が聞こえ、やがて壮年の男が柵に座る少年に近づいてきた。癖の強そうな黒髪を短く刈り込み、顎髭を綺麗に整えているその男は少年に向かって手を挙げると、ゆっくり歩み寄って声を掛ける。


「また羊の囲いで遊んでいたのか。よく飽きないな」


「父さんが森に入るなと言うからだよ。羊の番をしているだけじゃ暇だからね」


 ルルスと呼ばれた少年は柵の上で足をぶらつかせると、そのまま両足を振り上げてその勢いのまま跳び上がった。後方へ宙返りしながら体は前に飛び、彼が父と呼んだ男の前にふわりと降り立つ。その様を見て、父親は呆れたように腕組みをして言う。


「まるで栗鼠(リス)(いたち)だな。<クラス>の恩恵も授かっていないお前が、何でそんなに身軽なんだろうな」


「毎日飛んだり跳ねたりしていれば、誰だって出来るよ」


 ルルスはそう(うそぶ)くが、父親は黙って首を振るだけだった。


「まあいい、そろそろ家に戻りなさい。夕食にしよう」


「分かったよ、父さん」


 そうして二人は連れ立って、煉瓦(れんが)造りの家に戻っていく。傾きかけた春の夕陽が、二人の足元から長い影を地に伸ばしていた。




 軽く温め直した堅パンと大鍋に入ったスープという、定番の夕食を囲んで家族が食堂に揃った。家長である髭の壮年、ロルスが神々に対する祈りを(つぶや)くと、家族全員がそれに(なら)う。(しば)しの黙祷(もくとう)を挟んで、和気藹々(わきあいあい)とした食事が始まった。


「今年は羊の仔が七頭も産まれたし、麦もよく育っている。太守に収める税も心配あるまい」


 麦酒(ビール)の泡で口髭を濡らしながら、ロルスが機嫌よく呟く。その横では妻のエリヤが末娘のリーヤに「綺麗に食べなさい」と小言を言いながらも、亭主の機嫌が良いのを嬉しそうに眺めている。


「なあ、ルルス。お前、本当に街へ行くつもりなのか?」


 ルルスよりも三つ年長の兄、クラウスがパンを口に運ぶ途中で手を止めて問い掛けた。大柄な体格と不釣り合いに優しい目が、弟を心配そうに見つめている。


「うん。兄さんも成人したし、そろそろ嫁さんを貰わないといけないでしょう?僕が出ていけば家も広くなるし」


「その時は新婚用の離れを建てる。それくらいの蓄えは、(うち)にもあるぞ」


 ロルスも長男に同調して、次男坊を引き止めにかかった。それに対して、ルルスはゆっくりと首を振って答える。


「ありがたい話だけど、もう決めたんだ。成人したら街の神殿で託宣を受けて、冒険者になる」


 その瞳は陰りなく()んで、少年の決意が堅いことが家族にも明瞭に伝わった。


「でも、冒険者なんて危ないわ。迷宮では恐ろしい怪物や罠が待ち構えていて、命を落とす人も少なくないという話よ」


「ちい兄ちゃん、街へ行くの?私も行きたい!」


 母であるエリヤは心配そうにしているが、まだ七つの妹であるリーヤは話がよく分かっていないようだ。スープの(しずく)を口の端からこぼしながら勢いよく(しゃべ)り、横に座るエリヤから口元を(ぬぐ)われている。


「すぐに出かけるわけじゃないよ。リーヤがもう少し大きくなったら、一緒に街へ行こうね」


 ルルスは微笑んで、妹へ言い聞かせるように話す。その様を見ながら、ロルスが顎髭に手をやりながら唸るように言った。


「正直に言えば、お前が家に残ってくれると助かるんだが。羊達もお前の言うことを一番よく聞くし、畑仕事もそつがない。何も街へ行かずとも、この村や周囲の村でお前を婿(むこ)に貰いたいと考えている家は、片手じゃきかんぞ」


「仕方ないよ親父。ルルスはこんな田舎の村で終わる男じゃない。好きなようにさせてやろう」


 兄のクラウスは穏やかな笑みの中に、弟に対する誇らしさと僅かな羨望(せんぼう)(にじ)ませて言う。兄の目から見ても、この弟は荘園の農民達の間にあってはさしずめ鶏群(けいぐん)一鶴(いっかく)の如き存在であった。


 ルルスは五つ六つの頃までは普通の子どもと変わらなかったが、ある時を境に驚くような利発さを見せるようになった。教えてもいない畑仕事や畜産のことも深く理解しているようであったし、いつの間にか計算も出来るようになっていた。少し大きくなった頃には、森の獣もかくやと思わせる走力や跳躍力を発揮するようになる。


 加えて家族に対する愛情や思いやりも深く、容貌は言い伝えに聞く人を(まど)わす妖精のようだ。実際一度など、髪を(ほど)いて上着を脱いだ弟の後ろ姿が目に入った時、妖しい胸の高鳴りさえ覚えてしまったほどである。どう考えても特別な人間、というのがクラウスの弟に対する評価であった。


「ありがとう、兄さん」


 そう言って無邪気に笑うルルスを見て、クラウスは嬉しさと切なさの入り混じる複雑な笑みを返すことしか出来なかった。




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 農家の夜は早い。夕食後に兄妹で使っている一室に早々(はやばや)と引き上げた俺は、兄と妹に挟まれて麦わらの上にシーツを広げた寝床に横たわる。


 あの日、俺が天草四郎という人間であった記憶が(よみがえ)ってから七度目の春が巡ってきた。ルルスという名の俺は数えで十三歳、あと二年で成人となる。元服と言うには少し遅いが、これがこの国での習わしなのだ。


 極々平凡な少年であったルルスは、突如として異国の青年が生きて死んだ二十年に満たない人生を背負わされて混乱した。それはそうだろう。未だ若輩(じゃくはい)だったとは言え、数万という人間を率いる旗頭(はたがしら)となって戦い、無念の内に死んだその経験が六つの少年に宿ったのだ。正直に言って気が触れたかと自分でも思ったくらいだ。


 問題なのは、短い間ながらルルスがこの荘園で生まれて生活してきたその記憶も、そっくりそのまま残っていることだ。日の本の言葉とは似ても似つかないこの土地の言葉も、迷うことなく口にできた。そして今となってはこの地が、伴天連(バテレン)の話や書物から学んだ南蛮の地とも異なっていることが理解できる。


 ここが宗意の言っていた魔界なのか、確信が持てない。秘術「魔人転生(まじんてんしょう)」はあくまで仏法で言うところの六道(りくどう)、天・人間・修羅(しゅら)畜生(ちくしょう)餓鬼(がき)・地獄のような他界(たかい)である魔界へと()ち、そこで魔性の者、魔人となって日の本に戻って来る。そういう術であったはずだ。しかしここは魔界とも思えず、この身に魔性の力が宿ったとも思えない。


 この荘園、そして俺の新しい家族と暮らす日々は、故郷である天草の農民達の暮らしぶりと然程(さほど)違いは無かった。自分のものではない土地を耕し、重い税を耐え忍び、一家で支え合って地道に生きる。年に数度の祭りごとを(わず)かな楽しみとし、辛さや悲しさは愚痴(ぐち)として流し去る。日の本の至る所で見た、農民の姿がここにもあった。


 この家は羊という珍奇な生き物を飼いならし、その長い毛や肉を太守と呼ばれる領主に収めている。それらは重要な扱いを受けており、おかげで暮らしぶりは他の家に比べて格段に良い。それでも父母が懸命に育てている麦の殆どは年貢として取られ、一家が一年食いつなぐのがやっとという程度しか残らない。ここでもか、という思いが溜息(ためいき)として(こぼ)れてしまう。


 邪法に手を染めた俺が言うのも何だが、()()()は如何なる(おぼ)し召しで俺をこの地に導き(たも)うたのか。あるいはこれが、天の助けが来ぬことに絶望し、(よこしま)なる道に踏み入ったことへの(むく)いなのか。はたまた、俺が天草四郎であるという考えそのものが、ルルス少年の心に宿(やど)った迷妄(めいもう)なのか。分からぬことだらけだ。


「天に(ましま)す我らが父よ、願わくば御名(みな)(あが)めさせ給え」


 寝入る前に必ず唱えていた祈りの言葉が、自然と口から出てしまう。斯様(かよう)な異郷の地でも、この祈りは天に届いているのだろうか。そも、主の教えに背いた自分の言葉など聞き入れられるものだろうか。


 我らの罪をも許し給え。我らとは誰のことか。俺の家族か、それともあの日島原で炎に()かれた数万の人々か。分からぬまま、俺は今日も眠りにつくのだ。

山風先生、お許しください!な第二弾です。ぼちぼち更新していきます。

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