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「無能な偽物」と追放された私、隣国の氷の王子に「失われた叡智を持つ至宝」と見抜かれ、全力で溺愛されています  作者: シェルフィールド
第2章:賢者の契約と古代の呪い

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第9話:『声』の共鳴

『同胞……!』


『我ラノ片割レ……!』


『ナゼ、ココデ……嘆イテイル……!?』


それは、もはや「声」と呼べるほど整然としたものではなかった。


王都の地下書庫で聞いていた、あの冷静沈着な「警告」とは似ても似つかない、引き裂かれた魂が上げるような、純粋な「悲鳴」と「嘆き」。


エリアナは、胸元の麻袋――ジュリアンによって叩き割られた『古書』の破片――が、焼けるように熱を発しているのを感じ、思わず呻いた。


「あっ……う……!」


「エリアナ!」


セオドアの鋭い声が飛ぶ。彼は、エリアナが瘴気にあてられたか、あるいは『古書』の力に振り回されて暴走しているのではないかと警戒し、即座に魔術的な防御姿勢を取った。 だが、エリアナは彼を制止するように、かろうじて片手を上げた。


「だ、大丈夫です……! それより、セオドア様……この『声』は……」


エリアナは、苦痛に顔を歪めながらも、必死に思考を集中させた。 熱い。苦しい。悲しい。 だが、それだけではない。胸元の『古書』は、この巨大な『中央魔力循環炉』の、さらに奥深く……その「真下」を指して、強く、強く脈動していた。 まるで、長い間離ればなれになっていた何かが、すぐそこにあると訴えるように。


「……何かを、呼んで、います。もっと、下……」


「下だと?」


セオドアは眉をひそめた。この私的研究室は、すでに「賢者の塔」の最下層。この下は、循環炉のメンテナンス用の通路しかないはずだ。


「エリアナ、それは幻聴や魔力的な干渉ではないと、説明できるか」


「できません!」


エリアナは、きっぱりと叫んだ。


「合理的には説明できません! ですが、『声』が、あそこが『本当の場所』だと叫んでいるんです……!」


彼女は、まるで夢遊病者のように、ふらふらと循環炉の脇にある、セオドアさえも普段は使わない古いメンテナンス用の階段へと歩み寄った。 セオドアは、一瞬ためらった。だが、彼の金色の瞳は、エリアナの行動を「狂乱」ではなく、「未知の法則に基づく行動」として冷静に観察していた。


(……この女の『声』こそが、我が国の『病巣』を解明する鍵だ。ならば、その『声』が示すものに賭ける)


「いいだろう」


セオドアは短く決断すると、魔術の光で即席の松明を作り出し、エリアナの先導を促した。


「行け。私も続く。その『声』が示すものを見極めよう」



◇◇◇



階段は、循環炉の巨大な歯車を避け、さらに地下深くへと続いていた。


瘴気の濃度が、上層とは比較にならないほど濃密になっていく。普通の人間なら、数分と呼吸もできないほどの汚染だ。


セオドアが張った「浄化の結界」がなければ、エリアナはとっくに意識を失っていただろう。 そして、どれほど下っただろうか。 循環炉の不気味な重低音が遠のき、代わりに、水が滴るような静寂の中で、エリアナは「それ」を発見した。


「……これは……」


行き止まり。 だが、ただの壁ではない。


循環炉という「機械」が作られる遥か以前から、この大地に存在していたであろう、巨大な、巨大な「石碑」。 それは、セオドアの私的研究室の壁に埋め込まれていた術式盤などとは比較にならない、圧倒的な存在感を放っていた。


だが、その表面は、循環炉から漏れ出した瘴気と呪詛によって、黒く、おぞましいタールのように汚染され、本来の姿を窺い知ることはできなかった。


『中央魔力循環炉』は、この巨大な石碑の「上」に、無理やり蓋をするようにして建造されていたのだ。この石碑こそが、ヴァイス国の魔力の源泉であり、同時に「呪い」の発生源そのものだった。


「……これか」


セオドアが、苦々しげに呟いた。


「ヴァイス国の建国神話にだけ記されている。『建国の王は、古代の "力の石版" を発見し、その上に国を築いた』と。……実物を見るのは、私も初めてだ」


「力の、石版……」


エリアナは、胸元の『古書』がさらに激しく脈動するのを感じながら、その「力の石版」――黒い瘴気に覆われた石碑――を見つめた。 その時、エリアナの脳裏で、二つの物語が、一つの真実として結びついた。


王都アルビオンの建国神話。


『初代国王は、 "叡智の書" を守る "番人" と共に国を築き、聖約を結んだ』


ヴァイス国の建国神話。


『建国の王は、 "力の石版" を発見し、その上に国を築いた』


違う。 どちらも、不完全な伝承だ。


「セオドア様……」


エリアナは、震える声で、目の前の「氷の王子」を見上げた。


「王都の『古書』も、この『石碑』も……元は、一つだったのではないでしょうか」


「……何?」


「私たちが王都で『建国の叡智の書』と呼んでいたものは、おそらく、世界の『未来』や『警告』を記した部分。そして、このヴァイス国にある『力の石版』は、世界の魔力を『制御』し、『術式』を司る部分……!」


エリアナの言葉に、セオドアの金色の瞳が、初めて驚愕に見開かれた。


「まさか……」


「どちらも、元は一つの『完全な叡智』。……いわば、世界の『設計図』だったのです。それが、何らかの理由で二つに引き裂かれ、片方は王都アルビオンに、もう片方はこのヴァイス国に……!」


セオドアの背筋を、天才的な彼だからこそ理解できる「答え」が、冷たく走り抜けた。


「……つまり」


セオドアの声が、かすかに震えた。


「我がヴァイス国は、『説明書』を持たないまま、魔力制御だけを数百年も無理やり動かし続けてきた、と……? それが、この『呪い』の正体だと、そう言うのか」


「はい」


エリアナは、静かに、だが強く頷いた。


「そして私の故郷(王都)は、『制御』の力を失ったまま、『警告』の"声"だけを聞き続けていた……。どちらの国も、ずっと不完全なままだったんです」



◇◇◇



『アア……』


『苦シイ……』


『助ケテ……』


目の前の「石碑」から、瘴気と共に、絶え間ない苦痛の「声」が漏れ出している。 それは、本来の力を無理やり捻じ曲げられ、汚染され続けた「叡智」の断末魔だった。


エリアナは、もう躊躇ちゅうちょしなかった。


王都では、この『声』を「幻聴」と罵られ、「呪い」だと断罪された。 だが、今、目の前には、自分と同じ「声」を持つ、「片割れ」が苦しんでいる。 そして、この「声」の価値を信じてくれた、セオドア・アークライトという唯一人の理解者が、隣に立っている。


(もう、あなたは一人じゃない)


エリアナは、王都から命がけで抱えてきた麻袋に手を入れ、ジュリアンが叩き割った『古書』の破片――その中で最も大きな石版――を、強く握りしめた。 そして、まるで何かに導かれるように、その手を、瘴気にまみれた巨大な「石碑」へと、そっと伸ばした。


「エリアナ、待て! 瘴気に直接触れるのは危険だ!」


セオドアの制止が飛ぶ。 だが、遅かった。


―――カチッ。


まるで、失われた鍵が、あるべき鍵穴にはまったかのように。 エリアナの手の中にある『古書』の破片が、黒い石碑の表面に触れた、その瞬間。


『――――――――ッ!!』


世界から、音が消えた。 エリアナの脳裏で、二つの「声」が衝突し、そして、一つに溶け合った。


王都の『古書』が発していた、冷静で無機質な「システムボイス」。 ヴァイス国の『石碑』が発していた、苦痛に満ちた「エラーログ」。


それらが、瞬時に統合され、一つの「完全な叡智」として再起動する。


『―――システム・リカバリ。 "叡智"ノ再結合ヲ確認』


『―――同期ヲ開始……完了』


『―――現時刻ニオケル、"中央魔力循環炉"ノ全設計図ヲ、"解読者エリアナ・ノエル"ニ開示シマス』


「あ、が……ッ!」


エリアナの頭の中に、人間が処理できる情報量を遥かに超えた、「設計図」が濁流となって流れ込んできた。 歯車の一つ一つの動き。 魔力パイプを流れる瘴気の経路。 数百年かけて複雑に絡み合い、「呪い」と化した術式の、その全ての構造。


セオドアが一生をかけても解読できなかったであろう「病巣」の全てが、鮮明な映像となって、彼女の脳内に叩き込まれる。


「エリアナッ!」


セオドアが、情報過多で白目を剥き、崩れ落ちそうになる彼女の体を支えようと手を伸ばす。 だが、その手が届くよりも早く、エリアナの意識は、膨大すぎる「叡智」の奔流に飲み込まれていった。


(……見えた)


(これが、呪いの……全部……!)


膝から崩れ落ち、セオドアの腕の中で意識を手放す寸前。 エリアナの唇は、彼女自身にも聞こえないほどの声で、確かにこう呟いていた。


「……治せる」



お読みいただき、ありがとうございます!


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(※明日の更新も20:00です)

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