第8話:ヴァイス国の『古代の呪い』
「本題だ。君に解明してほしい、我が国の『病巣』を見せよう」
セオドアの私的研究室。
それは、エリアナに与えられた光溢れる執務室とは、まるで正反対の空間だった。 窓はなく、壁一面が黒曜石で覆われ、空気はひんやりと冷たい。だが、カビや埃の匂いは一切しない。完璧に管理された、機密の実験室。 その中央に、セオドアはエリアナを導いた。
「……これが」
エリアナは、目の前の光景に息を呑んだ。
部屋の奥、地下へと続く巨大な空間に、まるで城ほどもある巨大な機械が鎮座していた。 無数の歯車と、水晶のパイプが複雑に絡み合い、不気味な重低音を響かせている。
だが、美しい機械ではない。 その表面は、黒い瘴気と、おぞましい呪詛の術式によって、まるで病気のように侵食されていた。
「ヴァイス国『中央魔力循環炉』。我が国の豊かな魔力を生み出す心臓部だ」
セオドアが、冷静な声で説明する。
「そして同時に、我が国を数百年蝕み続ける、『古代の呪い』の正体でもある」
ゴポポ……と、循環炉のパイプの一部から、濃密な瘴気が泡を立てて漏れ出している。
豊かな魔力を生み出す「心臓」が、同時に国を殺す「病巣」でもある。 エリアナは、そのあまりに絶望的な矛盾に、言葉を失った。
◇◇◇
「この呪いは、見ての通り、我が国の魔力の源そのものと複雑に絡みついている」
セオドアは、瘴気を放つ循環炉を見上げながら、淡々と事実を告げた。 その金色の瞳には、研究者としての冷静さしか浮かんでいない。だが、その声の奥には、王族としてこの国を憂う、重い響きがあった。
「王家の魔導師が、それこそ何代もかけて、この術式の解読を試みてきた」
彼は、壁の一つに埋め込まれた、膨大な術式が刻まれた石版を指し示す。 それは、エリアナの『古書』とはまた違う、力ずくで魔力を制御しようとするような、禍々(まがまが)しくも難解な術式だった。
「だが、結果は見ての通りだ。解読は不可能。呪いは、今もなお国の大地をゆっくりと侵食し続けている」
エリアナは、セオドアの言葉の本当の重さを理解した。
「……もし、これを停止させたら?」
「国が滅びる」
セオドアは即答した。
「この循環炉は、我が国の魔術結界、農業、生活基盤の全てを支えている。これを止めれば、ヴァイス国は一月も持たずに機能不全に陥り、崩壊する」
「では、放置すれば……」
「同じく国が滅びる」
セオドアは、エリアナに向き直った。
「瘴気による大地の汚染は、限界に近い。放置すれば、数十年後、この国は瘴気に飲まれて滅びる」
無理に停止させれば即座に滅び、放置すれば緩やかに滅びる。 それは、まさに「詰んだ状況」だった。
「ジュリアン殿下が捨てた『叡智』の価値を、私は正しく理解しているつもりだ」
セオドアの視線が、エリアナの胸元――『古書』の破片を入れた麻袋――に向けられる。
「君の『声』ならば、この解読不能な術式を、読み解けるのではないか?」
王都では「幻聴」と罵られた力が、今、この国では国家の存亡を賭けた「唯一の希望」として見つめられていた。
◇◇◇
(……私に、できるの?)
エリアナは、ゴクリと息を呑んだ。 王都でやっていたのは、あくまで『古書』の「声」を聞き、報告書にまとめることだけ。
こんな、国そのものの「呪い」など、解けるはずが……
その、彼女が不安に震えた瞬間だった。 王都から持ってきた、あの麻袋。 ジュリアンによって無残に叩き割られた、『古書』の石版の破片が――
―――ジジジッ……!
まるで共鳴するように、熱く、激しく振動を始めたのだ。
「え……!?」
エリアナは、慌てて麻袋を押さえる。 熱い。石版が、まるで高熱を帯びたかのように、彼女の手を焼こうとする。 そして、瘴気に反応するように、今まで聞いたこともない「声」が、エリアナの脳内に直接響き渡った。
『…………ッ!』
『…………アア……』
それは、いつもの淡々とした「警告」ではない。
苦痛。悲鳴。そして、深い、深い「嘆き」。 王都では、一度たりとも聞いたことのない、あまりにも苦痛に満ちた「声」だった。
『同胞……!』
『我ラノ片割レ……!』
『ナゼ、ココデ……嘆イテイル……!?』
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(※明日の更新も20:00です)




