表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「無能な偽物」と追放された私、隣国の氷の王子に「失われた叡智を持つ至宝」と見抜かれ、全力で溺愛されています  作者: シェルフィールド
第2章:賢者の契約と古代の呪い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/32

第7話:『合理的な溺愛』

エリアナが足を踏み入れた「塔の最上階」は、彼女が知る「執務室」や「住まい」という概念を遥かに超越していた。


一面の巨大なガラス窓からは、ヴァイス国の首都が一望できる。王都のように無秩序に広がるのではなく、魔術的な幾何学に基づいて整然と配置された美しい街並みだ。 そして、残る三面は、床から天井まで、貴重な書物で埋め尽くされていた。


王都の地下書庫のような、カビと埃の匂いではない。 ここは、光の魔術によって温度と湿度が完璧に管理され、磨き上げられた木の床と、古いインクの知的な香りだけが満ちている。


「あ……」


エリアナは、息を呑んだ。


そこは、彼女が「番人」としてではなく、一人の「司書官」として夢にまで見た理想の書庫そのものだった。


「王都の地下書庫とは比較にならんな」


セオドアが、エリアナの内心を見透かしたように、冷静に事実を告げる。


「あそこは『記録』を『保管』しているだけだ。『叡智』は活用されてこそ価値がある」


彼は、部屋の中央に置かれた巨大な黒曜石の執務机を指し示す。 そこには、最新の魔導具(魔力筆や、触れるだけで文献を複写する転写盤)が、まるで外科医の手術道具のように整然と並べられていた。


「これらは全て、今日から貴女が自由に使っていい」


「こ、こんな高価なものを……!」


「合理的に考えて、当然の投資だ」


セオドアは、エリアナの戸惑いを一蹴する。


「最高の『叡智』には、最高の『環境』を提供しなければ、最大の効率は得られない。私は私の投資を最適化しているに過ぎん」


そこへ、音もなく一人の女性が室内に現れ、深々とお辞儀をした。 王都の侍女のような華美な服ではなく、機能的ながらも上質な、研究者のローブに近い制服を身につけている。


「賢者エリアナ様。わたくし、本日より貴女様のお世話をさせていただきます、助手のリタと申します。専門は古代言語学と魔力触媒です」


「じょ、助手……?」


「メイド兼研究員だ」とセオドアが補足する。「貴女が解読に集中できるよう、雑務と一次解析は彼女に任せるといい」


王都では、ジュリアン殿下から侍女の一人もつけられず、「責務」の名の下に無給で酷使されてきた。 だが、ここでは。 「賢者」として招聘された対価は、彼女の想像を遥かに超えるものだった。



◇◇◇



「……そして、これが貴女への『対価』だ」


セオドアが、一通の羊皮紙をエリアナに差し出した。 それは、ヴァイス国王の名が記された、正式な「契約書」だった。


「け、契約書……?」


エリアナは、恐る恐るそれを受け取る。 そこに記された内容に、彼女は再び目を見開いた。


『――賢者エリアナ・ノエルを、ヴァイス国「王宮魔導師長」と同等の「第一級賢者」の地位をもって招聘する』


『――それに伴い、賢者の塔の最上階の居住権、及び王立大書庫の全閲覧権限を与える』


『――対価として、国庫より最高位の給与、及び研究費を無制限に支給する』


「王宮魔導師長と、同等……? 給与……?」


エリアナの手が、震える。 王都では、「聖約」という名の「枷」によって、王太子の婚約者という立場だけが押し付けられていた。 彼女の「能力」が評価されることなど一度もなかった。 「番人」の仕事は、無償の「責務」であり、果たして当然、少しでも滞れば「怠慢」と罵られるものだった。


だが、この契約書は違う。


これは、彼女の能力――ジュリアン殿下が「幻聴」「呪い」と罵ったあの『声』の価値――に対して、この国が支払うと約束する、正当な「対価」だった。


「当然だ」


セオドアが、彼女の心の揺らぎを読み取ったかのように言った。


「貴女の能力は、国家の未来を左右する『至宝』だ。それに見合う対価を支払うのは、統治者として合理的な判断に過ぎない」


(……評価、された)


(私の『声』が、この国では……)


じわり、と目の奥が熱くなる。


王都で流した悔し涙とは違う、温かいものが込み上げてくる。 エリアナは、こぼれ落ちそうになる涙を隠すように、深く、深くお辞儀をした。


「……ありがとうございます。私、精一杯、務めさせていただきます」


「『責務』ではない」


セオドアの声が、静かに彼女の言葉を遮った。


「これは『契約』だ、エリアナ。貴女は一方的に尽くすのではない。貴女の『叡智』と、我が国の『資源』を交換する、対等なギブアンドテイクだ。……それをたがえるな」


「……はい」


エリアナは、顔を上げた。 目の前の「氷の王子」は、相変わらず無表情だったが、その金色の瞳は、王都の誰よりもまっすぐに、彼女の「価値」だけを見ていた。



◇◇◇



エリアナが契約書にサインするのを見届けると、セオドアは満足げに頷いた。


「では、助手のリタ。エリアナの私室の準備と、食事の手配を。彼女の体調管理も合理的に行うように」


「かしこまりました」


リタが恭しく一礼して下がっていく。 エリアナは、これで今日の謁見あっけんは終わりだろうか、と息をついた。 長旅と、あまりに濃密な歓迎に、精神は限界まで張り詰めていた。


だが、セオドアは、この塔を去る気配を見せなかった。


それどころか、彼はエリアナに向き直ると、初めてその表情に、わずかな(そして、極めて知的な)昂奮の色を浮かべた。 それは、王都でリリアナが見せていた「歓喜」とは全く違う、研究者が「未知の真理」を前にした時のような、純粋な輝きだった。


「さて、エリアナ」


セオドアは、エリアナを「賢者の塔」の、さらに奥へといざなう。 そこは、先ほどの執務室とは違う、彼自身の私的な研究室へと続く、重い扉の前だった。


「契約は成立した」


ゴゴゴ……と、セオドアが魔力を流すと、厳重な封印が施された扉がゆっくりと開いていく。 扉の向こうから、エリアナが知る「古書」の匂いとは比較にならない、濃密で、どこか苦しそうな「瘴気」の気配が漏れ出した。


セオドアは、その闇の奥を指し示しながら、エリアナに告げた。 その声は、まるで待ち望んだ玩具けんきゅうたいしょうを見つけた子供のようでもあった。


「―――本題だ。契約ギブアンドテイクといこう。君に解明してほしい、我が国の『病巣』を見せよう」



お読みいただき、ありがとうございます!


面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、 ぜひブックマークや、↓の【★★★★★】を押して評価ポイントをいただけますと、 執筆の励みになります!


(※明日の更新も20:00です)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ