第30話:『叡智』を捨てた国の末路
あれから、半年の月日が流れた。
かつて、大陸有数の豊かな国であった、王都アルビオン。 その地は、今や、地図の上からその名を消していた。 国は、崩壊したのだ。
エリアナ・ノエルが警告した『地下封印』の完全崩壊。
王都の直下から噴き出した、純度100パーセントの「瘴気」は、国土の大半を飲み込んだ。 太陽の光は、もはや、あの地には届かない。
分厚い瘴気の雲に覆われた大地は、ガーゴイルやレイス、その他のあらゆる高位の魔物がが跋扈する、死の世界。
大陸の国々は、今や、あの地をこう呼ぶ。 『瘴気汚染区域』
―――生きては戻れぬ、立入禁止の「旧・王都」、と。
国王は、崩壊の日に王宮と運命を共にした(という噂だ)。
王家は、事実上、崩壊。 かろうじて瘴気から逃れた国民は、国という庇護を失い、すべてが「難民」となった。
彼らは、生きる場所を求め、近隣諸国へと流れていった。 そして、皮肉にも、彼らが最も「豊かで」「安全だ」と噂に聞き、こぞって目指した先こそが、 あの、かつては瘴気に閉ざされていたはずの、 ―――「叡智の国」ヴァイス、だった。
◇◇◇
ヴァイス国、東部国境検疫所。
アルビオンからの難民を受け入れるため、臨時に設置されたその場所は、ヴァイス国の厳格な「合理性」によって、冷たいほどに整然と運営されていた。
清浄な魔術によって管理された区域で、難民たちは、一人ずつ、瘴気の汚染レベルをチェックされ、身元を洗われている。
その、長く、みすぼらしい難民の列の、最後尾。 まるで、この世のすべてを呪うかのように、うつむいたまま、ずるずると足を引きずる、二人組がいた。 埃と泥にまみれ、悪臭を放つ、ボロボロの布をまとった、一組の男女。
「……あ」
「……あ……えりあな……」
「……たすけ……」
男の方は、ガリガリに痩せこけ、その瞳には、かつて「王太子」として輝いていた光など、微塵も残っていなかった。
ただ、虚ろな目で、何かに怯えるように、 あの日の絶叫を、 「エリアナ」「助けてくれ」と、 意味のない言葉を、 廃人寸前の様子で、繰り返すだけ。
彼が、あのジュリアン・レイ・アルビオンであったと気づく者は、もう、誰一人として、いなかった。
「……ひっ……」
その隣で、女が、まるで小動物のように、ビクビクと震えている。
かつて王都の男たちを魅了した、輝くばかりの金髪は、泥にまみれて色を失い、 庇護欲をそそったはずの瞳は、ただ恐怖に濁っているだけ。
リリアナ。
あの日、ジュリアンに「盾」として突き飛ばされ、ガーゴイルに掴まれた彼女は、 奇跡的に命だけは助かった。
だが、心が折れ、魔力の源が枯れ果てた彼女は、 あの「歓喜の光」を、 ―――二度と、放つことは、できなかった。
もはや、彼女を「聖女」と呼ぶ者は、いない。
「―――次」
検疫所の、厳しい兵士の声が飛ぶ。
ジュリアンとリリアナは、まるで家畜のように追い立てられ、兵士の前に突き出された。
兵士は、二人の顔を、手元の「要注意人物リスト」 (――賢者エリアナ様を『偽物』と断罪した、アルビオン王族および、偽聖女――) と、無感情に見比べた。
「……ふむ」
だが、彼の仕事は、彼らを裁くことではない。 「合理的」に、処理することだ。
「……瘴気汚染、レベル1。魔力、枯渇。精神混濁の兆候アリ」
兵士は、ただ淡々と、魔術の診断結果を読み上げる。
「ヴァイス国の法に基づき、難民として、D級管理区域への収容を認める」
「あ……あ……」
ジュリアンが、何かを言おうと、かすれた声を出す。 兵士は、それを一瞥すると、まるで道端の石にでも言い渡すかのように、 彼らの「末路」を、告げた。
「貴様らに、特に『罰』を与えるつもりはない。賢者エリアナ様も、そのようなことは望んでおられない」
「……ただ」
兵士は、二人の、汚れた手に、 無慈悲な「現実」を、 (ヴァイス国の「慈悲」として)、 握らせた。
固く、パサパサに乾いた、 一切の味もそっけもない、 難民用の、「最低限の黒パン」と、 「水」の入った、汚れた水筒を。
「貴様らは、国を滅ぼした『元凶』として裁かれる『価値』さえない」
「ただ、『叡智』を見る目がなかった、『愚かな難民』として、」
「我が国の、厳格な管理の下、与えられた食糧だけを食らい、生きていけ」
「…………」
「…………」
ジュリアンも、リリアナも、 もはや、その言葉の「意味」さえ、理解できなかった。 英雄にも、罪人にもなれず、 ただ、歴史から「忘れ去られる」という、 彼ら二人にとって、 最も重く、 最も相応しい、 完璧な「自業自得」の「末路」だった。
◇◇◇
同じ、空の下。
難民キャンプの、淀んだ空気が嘘のように、 ヴァイス国の首都は、祝福の光に満ち溢れていた。
空は、どこまでも青く澄み渡り、 「古代の呪い」が解けた大地からは、清浄な魔力が吹き上げ、 エリアナの「声」によって緑化された「豊穣の大地」からは、今年も記録的な「古代種薬草」の収穫が見込まれ、 街は、大陸一の繁栄を謳歌していた。
人々の顔は、希望と活気に満ちている。 今日は、その「繁栄」の、 すべてをもたらしてくれた、 「二人」のための、祝日だったからだ。
街の中心。
「叡智」の象徴たる、「賢者の塔」は、 色とりどり(の、緑化された大地で咲いた)花々と、 ヴァイス国の王家の紋章が記された、 純白の旗で、 美しく、荘厳に、飾り付けられていた。
塔へと続く大通りには、 国中から集まった国民が、 今か、今かと、 その「式典」の始まりを、 熱狂的に、待ちわびていた。
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(※明日の更新も20:00です)




